早期からRISC-Vの開発に着手した中国企業 RISC-Vプロセッサー遍歴
ASCII.jp / 2024年1月8日 12時0分
1ヵ月ほど間が空いてしまったが、連載748回の続きとなる。ただ、来週からはCESで発表された製品を取り上げるので、また少し間が空く。
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SiFiveがリリースしたRISC-VベースのIP「E31」を 複数のメーカーが採用する
米国ではRISC-Vを実装したIPと、そのIPを利用したシリコンが2017年頃から次第に登場し始めた。SiFiveは先行者利益をフルに享受したベンダーの一社であり、実際同社が最初にリリースしたE31はいろいろなメーカーに採用された。
1つの例は(2018年にMicrochipに買収された)Microsemiである。Microsemiはまず自社のFPGAにE31を移植、自社のFPGAファブリック上でE31が利用できるようにした。ほかにもE31はいくつものベンダーにライセンスされており、この成功もあってRISC-VのIPベンダーとしての地位を確立した格好だ。
そのほかのベンダー、例えばAndes TechnologyやCodasip、Cortusなどは、まず独自のコアをベースにしたCPU IPベンダーとしてある程度実績を積んだ後でRISC-Vに鞍替えしており、RISC-Vに参入する時点である程度の固定客を掴んでいたのと対照的である。
SiFiveと同種の、つまりRISC-Vに合わせて立ち上げられた会社としてはロシアのCloudBear(日本にも同じ社名の会社があるが、こちらはクラウドサービスの企業でRISC-V IPとは無縁)や、同じくロシアのSyntacoreが挙げられる。
しかし、SyntacoreはともかくCloudBearの方はもともとMilandrという電気電子機器製造メーカーがあり、この中のIC設計サービス部門のさらに一部がRISC-V IPの設計を専門に手掛ける形で独立した格好なので、元親会社のMilandrが固定客として存在しており、実際MilandrはCloudBereのRISC-V IPを組み込んだSoCなどを設計・製造して販売しているので、やや毛色が異なる。
余談ながらそういう意味では純粋にSiFiveと近いのはSyntacoreで、ここはもともとIntel Labsで科学研究員(その前はインテル本体でソフトウェア・エンジニアをしていた)だったAlexander Redkin氏が立ち上げた会社である。2021年12月にSyntacoreはRISC-V Internationalのプレミアメンバーに昇格、これにともないRedkin氏はRISC-V Board of Directorsに名前を連ねている。
なのだが、2021年12月の時点では“CEO and co-founder at Syntacore”と紹介されていたRedkin氏の現在の肩書は“Executive Director & Co-Founder, Syntacore”になっており、しかも現在のCEOあるいはExecutive Teamが不明、という状況になっている。
Syntacoreは2019年に同じロシアのYadroという会社に買収されて子会社化されているのでこのあたりが関係している可能性もあるが、どちらかというとウクライナ戦争が関係している可能性も否定できない。
早期からRISC-V開発に着手した中国
話を戻すと、まずSiFiveがIPを提供、これに続きさまざまな独立系IPベンダーがRISC-Vに傾倒し、また大手でも自社でRISC-V CPU IPの開発を始めるところも出てきたわけだが、同じくらい早期からRISC-V CPU IPの開発とこれを利用したSoCの開発に着手したのが中国である。
連載747回では、それこそ電子タバコの制御といった小さい規模の製品を紹介したが、そもそもRISC-V財団の財団メンバーにHuaweiが入っている。さらに、GAFAの中国版ともいわれるBATH(Baidu/Alibaba/Tensent/Huawei)は各社とも自前でサーバー向けチップをまかなえる技術や設計能力を持っているわけで、RISC-Vベースのチップに手を出さないと考える方がおかしい。
実際2020年6月に、Huaweiの傘下でLSIを設計しているHiSiliconは、Hi3861V100という製品を2020年6月に発表している。これはスマートホーム向けのコントローラーという位置づけで、Huaweiの提供するLiteOSというリアルタイムOSが稼働するMCUであるが、これがRISC-Vベースのものである。
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2021年にはHi3731V110というSmart TV用のSoCも発表されているが、こちらもRISC-Vベースのコアを搭載していることをRISC-V Internationalが公表している。
Hi3731V110の方は同じくLiteOSが動くとは言え、れっきとしたMPUであり、動画デコーダーやグラフィックエンジン、ディスプレーエンジン、USB 2.0 I/Fなどを含んだはるかに性能の高いチップである。そもそもスマートTV向けなので動作がもっさりしていたら商品として差支えがあるので、それなりのキビキビとした動作が求められる用途に、2021年にはRISC-Vコアを投入してきたわけだ。
これらは外部、つまりHuawei社内で使用する分ではなく、Huawei/HiSiliconの外部の顧客に販売する目的の製品であり、社内向けにはもっと高性能なチップ、それこそサーバー向けのチップを開発していたという話は出ていた。
ただ、最初からArmやインテルのチップを性能で凌駕できるものを作るのは難しいし、ソフトウェア側の対応も必要になる。したがって、ロードマップ的には何世代かにまたがるものであり、当初はソフトウェア開発のプラットフォーム向けに、そこそこの性能のもの(おそらくはArmのCortex-A51やA53程度だろう)をまずは開発。これでソフトウェアの移植や検証などを行ないつつ、その間により性能の高いRISC-V CPU IPを開発していくという話だったと聞いている。理に適った堅実な案である。
なぜRISC-Vコアを使うか? は簡単な話で、自前でシリコンからソフトウェアまで提供できるBATHクラスの企業の場合、Armやx86のエコシステムに頼る必要性がない。エコシステムに加わる最大の理由は、そこで提供されているソフトウェアを利用できることに尽きるわけだが、BATHクラスの企業になるとそもそもソフトウェアのインフラから自前で構築しているので、エコシステムに加わるメリットが非常に薄い。
おまけに、プロセッサーやそれを搭載するボードも自前で調達しているとなると、Armとx86を使うのは無駄にコストがかさむだけである。短期的には仕方ないにしても、長期的にはライセンス料もロイヤリティも不要なRISC-Vに移ろう、と考えるのは非常に合理的である。
ところで、なぜ少し上で「話は出ていた」と過去形で書いたのか? というと、事情が変わったからだ。HuaweiだけでなくそれこそAlibaba/Baidu/Tensentやこれに続くクラウドプロバイダーは、比較的穏当なスケジュールでRISC-Vへの移行を予定していた。これが全部ご破算になったのは、連載747回でも触れた米中貿易摩擦のせいだ。
先端チップが買えないどころの話ではなく、ArmのIPを使うことが禁じられかかるといった状況に陥った以上、今利用している分はともかくとして次世代以降のインフラにArm IPは使えないし、ハイエンドのXeonなども売ってもらえない。となるとRISC-Vをベースにより高性能なサーバー向けプロセッサーを前倒しで構築・導入するしかないわけだ。
米中貿易摩擦の影響でArmのIPが使えないため 高性能なサーバー向けプロセッサーを前倒しで開発中
かくして、米中貿易摩擦の影響で当初の穏当なスケジュールは破棄され、各社けっこう前倒しで開発が進められていると聞いている。
これらは外部に販売する目的のものではないし、米中の関係がこれだけ悪化している現状では各社とも自社の技術力アピールの目的で開発中のRISC-Vコアの情報を出す理由がないため、詳しい話は不明である。ただ以下の情報が耳に入ってきている。
- AlibabaはE(Embedded)/C(Compute)/R(Realtime)の3種類のRISC-Vコア群を開発中であり、CシリーズだけでもC906/908/910/920の4つが存在する。ハイエンドのC920は3命令デコード/8命令発行のアウト・オブ・オーダー構造(パイプラインは整数12段)、RVE(RISC-V Vector Extension)もサポートするという、そこそこの性能の製品を目指している。
- Baiduは2023年3月、StarFiveに戦略的な投資を行なったと複数の情報が伝えた(Baiduの例)。
- Tensentでは、子会社のT-Headが現在RISC-Vコアを開発している。
StarFiveというのは、元はSiFive Chinaという名称で2018年に設立されたSiFive子会社である。このSiFive Chinaがおもしろいのは単にSiFive子会社としてSiFiveのIPを販売するだけでなく、SiFive China独自のIPを開発してこれを販売するというミッションを持っており、実際に現在同社はDubhe-80/90という64bit RISC-V IPとStarLink-500というインターコネクトIPを提供しているが、これはSiFive Chinaで開発されたものだ。
2000年に社名がStarFiveに切り替わっており、このタイミングでStarFiveはSiFiveから独立した。2021年2月に台湾DigiTimesがJames Prior氏(Head of global communications:ちなみに前職はAMDでThreadripperのマーケティングなどをしていた)に行なったインタビューの中ではっきりと「StarFiveはSiFiveから完全に独立した企業だ。独自のCEOの元で投資を受け、セールスやマーケティング、エンジニアリングチームを持つ。SiFiveとの間にはライセンス契約があり、中国企業に向けて(SiFiveのIP)をルールに則って販売する」と説明しており、その意味ではもうSiFiveとは直接関係がない。
そんなStarFiveにBaiduが戦略的な投資(金額は不明だが、ロイターのレポートによれば総額で10億ドルの投資を受けたとしている)をしたというのは、要するにStarFiveのRISC-Vコアを使うことを前提に、より高性能なコアを開発しているということだ。
一方、Tensentは対応作業に余念がない。もちろん、ほかにもRISC-Vを手掛ける企業は多い。例えば2023年7月には、Beijing ESWIN Computing Technology(北京奕斯偉計算技術)が合計30億元(当時の換算レートで590億円ほど)の投資を受けたが、同社もRISC-Vプロセッサーをベースとしたさまざまな製品を現在開発中である。
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Beijing ESWIN Computing TechnologyはBeijing ESWIN Technology Group Co. Ltd(北京奕斯偉科技集団)というIC製造のメーカーであり、ここの子会社として2019年にRISC-Vプロセッサーの開発を目的としたのがBeijing ESWIN Computing Technologyである。
あるいはGigaDevice Semiconductor Inc.はもともとはNORフラッシュ製造の会社だったが、2013年にCortex-M3コアをベースにしたGD32というMCUをリリース、現在ではかなりの数の製品を出荷している。そのGigaDeviceは2019年にGD32VというRISC-VコアをベースとしたMCUをリリース、現在も多少品種を増やしながら販売中である。
もともと「ライセンスやロイヤリティが不要」といった理由でRISC-Vへの傾倒が起きていた中国であるが、外的要因(米中貿易摩擦)をきっかけに、日本はおろか欧米を上回るペースでRISC-Vへ雪崩をうってのシフトが起きている、というのが現在の状況である。
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