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赤ちゃんポストは「子どもの権利」という視点で考えるべきだ

ASCII.jp / 2024年1月11日 7時0分

写真はイメージ Aditya Romansa |  Unsplash

 熊本市西区の閑静な住宅街にある慈恵病院は、産婦人科主体の病院だ。ほかに小児科、内科などがある。ベッド数は98床。  正面玄関とは別に、車がやっと1台通れる細い道に面して、門がひっそりと立っている。中に入り、周囲に木が植えられた狭い通路を30メートルほど歩くと、建物の壁に小さな扉がある。  淡いピンク色を背景に、コウノトリが赤ちゃんを運ぶ愛らしい絵が描かれた扉の奥に、全国から注目を集める新生児用ベッドがある。 「こうのとりのゆりかご」  そう名付けられたベッドが設置されたのは2007年5月。その前年に熊本県荒尾市で発覚した赤ちゃん遺棄事件の反省をもとに、「虐待され、遺棄される赤ちゃんを救う」ことを目的とした。親が育てられない子どもを匿名で預かる。(23〜24ページより)

 少し長くなってしまったが、熊本日日新聞の記者による『赤ちゃんポストの真実』(森本修代 著、中公文庫)はこのように始まる。

 当然ながら、このくだりを読んで思い出したのは、賛否両論を生んだ当時の「赤ちゃんポスト」報道だ。あれから15年以上の歳月が過ぎたとは驚きだが、だからといって時間がなにかを変えてくれたわけでもない。そういう意味でも、その「真実」に改めて目を向けてみるべきかもしれないと個人的には感じた。

赤ちゃんポストに行き着いた子どもはどうなるのか

 ところで、そもそもそこに行き着いた赤ちゃんはどうなるのだろうか? まず、その大まかな流れは把握しておいたほうがいいかもしれない。

 赤ちゃんが置かれると自動的に扉がロックされ、ナースステーションのブザーの音に駆けつけた看護師が赤ちゃんを保護する。そして警察と児童相談所(児相)に連絡し、置かれた子どもは戸籍法上「棄児」(捨て子)として扱われる。警察は置かれていたときの状況を熊本市に報告し、児相が子どもを一時的に保護するのだ。

 08年3月までの間に置かれた子どもは17人。ほぼ毎月のように預け入れがあったというので、それだけの命が救われたと解釈することもできるだろう。しかし、現場で赤ちゃんを保護するスタッフは少なからず、出産を「なかったことにしたい」という気持ちを感じ取っていたようだ。事実、傷ついて精神的な不調をきたす者も現れたという。

 「救われたと思わなければ精神的に続かない。でも、実際は親に捨てられていると感じていました。捨てられる子どもたちを見て、救ったと喜べるでしょうか」(44ページより)

赤ちゃんポストに預けられた子どものその後

 とはいえもちろん、悲しいことばかりではない。赤ちゃんポストに預けられたあと里親に引き取られ、幸せに暮らしている子どもだっている。

 春男(筆者注:里親の仮名)と話していると、廊下を翔太が通り掛かった。 「ゆりかごのこと、聞きたいって」 「はい」と素直に部屋に来てくれた。翔太は、10代の活発な少年に成長していた。スポーツが得意で、がっちりしていた。  赤ちゃんポストについて話すとき、腫れ物に触るような雰囲気は全く感じられない。 「ゆりかごがあったから、ここの家に来ることができて、今の生活があります。ゆりかごに入れられたことは、自分の運命だった。よかったと思っています。今の生活は楽しいです。満足しています。今のお父さんとお母さんに会えてよかったです」  翔太はそう言ってはにかんだ。(108ページより)

 その一方、会ったことのない実親の情報は、子どもが自らの人生を肯定するために必要なものでもあるようだ。里親に育てられ、現在では2児の母になっているという女性はこう述べている。

 「子供の立場から言いたいのは、養子縁組で幸せな家庭に入り、愛されればそれで幸せじゃないか、というのは違うということです。それは全然違うんです。どんなに養親に愛されても、実親が分からないことで子どもはどれほどの苦しみを味わわなければならないのか。生まれてきてよかったのか、生まれてきたらいけなかったんじゃないかと悩むんです。親が分かっている人には理解してもらえないかもしれませんが、深く悩み、不安を抱え続けます。養親に愛されればオッケーじゃない。全然オッケーじゃない。ずっとずっと苦しみ続けるんです」(123〜124ページより)

 補足しておくと、この女性は養父母から愛情たっぷりに育てられたと実感しているそうだ。だが、「だからハッピーエンド」だとまとめられるほど簡単な問題ではないのだろう。それは当然のことである。

 別な表現を用いるなら、赤ちゃんポストが是か非かという根本的な部分も含め、これは絶対的な答えの出ない問題なのだ。そのせいか読み進めながら、著者自身が答えにたどり着けず、苦悩しているようにも思えた。

子どもの権利という視点で考えるべきテーマ

 しかし、だからこそ、関西大の山縣文治教授による以下の発言には強い説得力を感じた。氏はポストへの賛否はさておき、本来、「子どもの権利という視点で考えるべきテーマ」であると指摘しているのだ。

 「出自を知る権利だけでなく、母子のトータルな人権という観点から考える必要があります。人権がからむ重要な問題なのに、国も議員も逃げています。誤解されているようですが、私は赤ちゃんポストに反対しているわけではありません。設置を認めるなら、法律を整備してルールを作るべきです。社会の中で、赤ちゃんポストを議論していくことが必要です」(345ページより)

 赤ちゃんポストの背景にある社会的な問題こそ、避けて通らずに議論すべきだということである。「それは、私にも向けられた言葉だと思った」と著者は記しているが、同じことは私たちにもあてはまるのではないだろうか?

 
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  • 赤ちゃんポストの真実 (中公文庫)森本修代中央公論新社

筆者紹介:印南敦史

作家、書評家。株式会社アンビエンス代表取締役。 1962年、東京都生まれ。 「ライフハッカー[日本版]」「ニューズウィーク日本版」「東洋経済オンライン」「サライ.jp」「マイナビニュース」などで書評欄を担当し、年間700冊以上の読書量を誇る。 著書に『遅読家のための読書術』(PHP文庫)、『いま自分に必要なビジネススキルが1テーマ3冊で身につく本』(日本実業出版社)、『書評の仕事』(ワニブックスPLUS新書)、『読書する家族のつくりかた 親子で本好きになる25のゲームメソッド』『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(以上、星海社新書)、『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)、『プロ書評家が教える 伝わる文章を書く技術』(KADOKAWA)、などのほか、音楽関連の書籍やエッセイなども多数。

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