RISC-Vの転機となった中立国への組織移転 RISC-Vプロセッサー遍歴
ASCII.jp / 2024年1月22日 12時0分
急激に参加企業が増え スタッフの増強に追われるRISC-V財団
前回まで紹介したように、米国よりも早くRISC-V市場の立ち上がりを見せていたのは中国であった。連載747回で示した下の画像でも、2020年後半から急速にメンバー企業が増えているのがわかる。
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こうしたエコシステムパートナーの急増に対応すべく、RISC-V財団も急速にその体制を整えていく。2019年3月には、IBMでIBM Zというメインフレームのエコシステム作りに携わっていたCalista Redmond氏をCEOとして招聘する。
実はRISC-V財団、取締役会こそ早期に結成された(2017年2月におけるメンバーはRISC-V財団の取締役会ページにあるとおり)ものの、その下で実際の処理を行なう事務局がなかなか立ち上がらなかった。そのため、財団のメンバーがボランティアでやっていたらしい。
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さすがにこのままではまずい、ということで事務局が立ち上がり、Rick O’Connor氏(Executive Director)とSue Leininger氏(Community Manager)が就任するものの、この時点でメンバー企業は100社を超えており、そろそろ手が回らなくなってきていた。
さらに、Connor氏はあくまでExecutive Director、日本で言えば常務のような位置づけで、ある程度自分の裁量で処理できるが、面倒な案件は上の判断を仰ぐしかない。ところが、この当時の「上」はいきなり取締役会である。メンバー企業が少ないうちはこれでも回るだろうが、大規模になってくるとこれでは不都合が多い。
そこで、2019年1月にはRISC-V財団のCEO探しが始まる。ただ見つかるまでなにもしないわけにもいかないので、WDのMartin Fink氏が暫定CEOに就任する。
余談だがFink氏はWDのCTOを2019年4月まで勤めており、その後1年あまりはCTOも辞してCEOの相談役を務めた末、2020年9月に引退されている。そんな引退寸前の人間に暫定CEOを押し付けていたわけで、早急に正式なCEOを探さないとまずいのは目に見えている。
2ヵ月ほどでRedmond氏が見つかったのは、RISC-V財団にとってもFink氏にとっても幸いであった。もっともCEOが決まったからといってすべてが動き出すわけではなく、その下で動いてくれる上級管理職が必要になる。まず最初に募集を掛けたのがCTO職であり、こちらは少し時間がかかったものの2020年6月にMark Himelstein氏が就任している。
これに続き随時スタッフが追加されており、直近ではRedmond氏とHimelstein氏、それと2022年11月に就任した Tiffany Sparks氏(VP, Marketing Director:前職はSynopsysのMarketing Sr.Directorだった)の3人が上級管理職としてフルタイムで勤務、その下に14人のスタッフが配されている。
非営利団体とはいえ、3000ほどの参加メンバーが居る組織を動かそうとしたらこのくらいのスタッフは最低でも必要だろう(まだ足りているとしてよいか微妙なくらいだ)。
RISC-V財団からRISC-Vインターナショナルへ
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スタッフの増強より大きな動きは、RISC-V財団からRISC-Vインターナショナルへの鞍替えである。2019年に入ってから、RISC-Vコミュニティ内で「RISC-V財団は今のままで存続が可能か?」という議論がかなり活発になってきた。きっかけは言うまでもなく、連載747回で説明した米国によるHuawei(中国)への締め付けである。最終的に撤回されたとはいえ、一時はArmのコアをHuaweiが利用することを禁止する騒ぎになった。
これを対岸の火事として見るのは正しくなく、いつ矛先が自分たちに向けられても不思議ではない、という認識を財団のメンバーは持つに至った結果である。なにせ時期が悪かった、というのはトランプ政権の時代なので、どんな難癖がつけられるかわかったものではない。
実はこれ、2019年のRISC-V Days Tokyoの折に直接Redmond氏に尋ねたことがあるのだが、「そもそもRISC-Vの命令セットはRISC-V財団に寄与されており、しかもRISC-V財団は非営利組織で、かつRISC-Vの命令セットを無償で公開している。そのため、仮に輸出制限がかかったとしても我々には影響ない」というのがその時の返事であった。
ただこれは建前であって、例えば「米国の非営利組織が、他国が不当な利益を得る手助けをしているのはまかりならん」など文句を付けられたあげく(これは後で実際にそうなった)、財団の活動が制限されたりするような事態に陥らない、という保証はどこにもない。
さらに言えば、他の国に拠点を置けば安心か? といえばそうとも限らない。今は安全でも、政権が交代したら言ってることがひっくり返った、なんてことは歴史を振り返ると枚挙にいとまがない。
ではどうするか? について財団の中でずいぶん議論したところ「相対的に一番妥当な選択」として、拠点をスイスに移動することを決定した。RISC-V財団の歴史ページに、"Future Transition"という項目がある。ここではRISC-V財団が今後目指す方向性をまとめたもので、まずメンバーシップのグレードと金額を変更するとともに、プログラミング環境に投資することを前提に、具体的に財団が用意するプログラミング環境向けの取り組みをまとめている。
さらに取締役会の構成を変更し、新たに技術常任委員会を設けてここが仕様の取りまとめなどを行なう方向性を示している。そして3つ目が"Switzerland incorporation alleviates geo-political uncertainty and reduces the likelihood of competing RISC‑V standards"(スイスに移転することにより、地政学的な不確実性とRISC-Vスタンダードへの介入の可能性を減じる)という項目が追加されている。
この話が最初に出たのは2018年12月に開催されたRISC-Vサミットの折だそうで、中立国に拠点を移さないといけないほどに命令セットが危機的なものになりつつあることを、すでに参加者は感じ取っていたのだろう。
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こうしたこともあり、2020年3月末にRISC-V財団はRISC-Vインターナショナルに鞍替えする。もちろんこれそのものは法人格の変更だけの話であって、これでなにか変わったわけではないが、前述のように法人格の変更に合わせてもろもろの仕組みを大幅に変更した。
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中立国に拠点を移すべく組織の体制を整える
下の画像は2020年11月におけるRISC-Vインターナショナルの技術検討グループの組織図であるが、取締役会の下にTSC(Technical Steering Committee)と呼ばれる技術検討を統括する組織(技術常任委員会)があり、この下にHorizontals/Software/Unprivileged/Privilegedという4つのSC(Standing Committee:常任委員会)が設けられ、さらにVerticals SC(垂直統合型常任委員会)が検討中である。
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この5つのSCの下に、さらに細かく分科会(Subcommittee)が設けられ、そこからさらにTG(Task Group)やSIG(Special Interest Group)が設けられ、それぞれのテーマについて検討するといった具合に、だいぶ組織的になった。
実のところ、ベアメタル(OSもなにも載せずに、直接アプリケーションをCPU上で動かすやり方)なMCU向けであればこんなにたくさんの分科会は必要ないのだろうが、アプリケーションプロセッサーやサーバー、あるいは昨今だと強く求められるセキュアなコントローラーを構築しようとした場合、検討しなければならない事柄は非常に多い。
x86の場合ではインテルなりAMDがソフトウェアパートナーと協力して標準化を行っていた。かつてはマイクロソフトがその代表例だったが、最近はそれ以外のケースも増えている。ArmならもちろんArmが主導を取ってさまざまな標準化をしていたが、RISC-Vではこうした役割をRISC-Vインターナショナルが担うことを期待されており、法人格の移動に合わせてそうした体制をきちんと整えた、というのが正確なところだろう。
米企業のRISC-Vへの取り組みを制限する動きを受け RISC-Vインターナショナルがスイスに移転
スイスへの移転を決めた際に懸念されていた事態は、2023年10月に実際に発生した。ロイターの記事の日本語版は翻訳が変なのでオリジナルを読んでもらった方が確実かと思うが、米の超党派議員らがバイデン政権に対し、米企業のRISC-Vへの取り組みを制限するように要求。これが受け入れられないなら法案を提出するとしている。
要するに「アメリカの技術」で開発されたRISC-Vを中国が自国の軍事用途に使うことをなんとしても阻止したい、という意図である。客観的に見れば荒唐無稽な意味のない言い分であって、命令セットと実装の違いをおそらく理解していないか、していて無視しているかのどちらかであろう。
とはいえ、RISC-V側にも若干突っ込まれるポイントがあるのも事実だ。これは公開されている話だが、RISC-V Historyのページにもはっきり、RISC-Vが当初DARPA(米国防高等研究計画局)の資金援助を受けていたことが明記されている。
連載743回でも書いたようにDoE(米エネルギー省)やDARPA、C-FAR(未来アーキテクチャー研究所)、LBNL(ローレンス・バークレー国立研究所)など軍関係からもいろいろな形で資金援助を得ていた。
もちろんこれはアメリカの大学ではごく一般的な話で、これらの資金援助の契約にはその結果として生み出されたRISC-V ISAをオープンにしてはならない、という制限は一切ついていなかったので、別にAsanović教授としてもRISC-Vインターナショナル(RISC-V財団)としてもやましい部分は1つもない。
しかし、政治家が「軍の資金を得て開発したRISC-Vを中国が使うのはけしからん」(確かに嘘は言っていない:正確でないのは政治家の常である)と声高に叫び、それに同調する人が増えたら、これに対抗するのは難しい。
対抗策は2つあり、1つはロビー活動に大金を投じて、そうした声を抑え込むことだ。もう1つが米国の管理外に逃げ出すことで、RISC-Vインターナショナルはその2番目の策を取った格好である。「2018年頃の見立ては正しかった」と喜ぶか、「やっぱりそうなったか」と落胆するか。RISC-Vインターナショナルのメンバーの大半がそう思っただっただろう、と想像される。
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