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「少しでも自由になるお金を」年金もらって“ホームレス”に

ASCII.jp / 2024年1月25日 7時0分

写真はイメージ UnsplashのNathan Dumlao

 『ルポ 路上生活』(國友公司 著、彩図社)は、2021年末に刊行された同名書籍を文庫化したもの。東京五輪の開会式が開かれた2021年7月23日から9月23日までの約2カ月間、「東京都庁下」「新宿駅西口地下」「上野駅前」「上野公園」「隅田川高架下」「荒川河川敷」の6エリアで、実際にホームレスとして生活した記録である。

 著者は大阪・西成での生活を綴った2018年のデビュー作『ルポ西成 ―七十八日間 ドヤ街生活―』(彩図社)の時点で大きなインパクトを投げかけ、以後も『ルポ路上生活』(KADOKAWA)、『ルポ歌舞伎町』(彩図社)と、文字どおり体を張ったルポルタージュを発表してきた。長年にわたってホームレスの生活に疑問を抱き続けてきたそうで、つまり本書ではその領域に踏み込んでいるわけである。

 とはいえ当然ながら、実際にホームレスになって生活してみようなどと考え、それを実行する人は少ない。だからこそ、ここには想像だけでは表現し切れないリアリティがあるのだ。

「ホームレス=気の毒な人たち」という先入観

 たとえばこれは、新宿駅西口の地下広場にしつらえた寝床での目覚めの光景だ。

 九時頃目を覚ますと、真横を無数の革靴やパンプスが行き来している。恐ろしいくらいの通勤ラッシュだ。しかし、私たちに視線を送る人はほとんどおらず、風景の一部分になっているようで人の目は意外にも気にならない。ただ、それは寝たふりをするなどして、じっとしていればの話である。荷物を整理するなり、水を飲むなり、何か動きを見せると、「動いた!」といった視線が一気に集まる。(42〜43ページより)

 もしも自分が地面に近い場所から視線を集める側だったとしたら、とてもじゃないが視線に耐えられないだろう。ましてや季節は、「練乳でも垂らされたかのように首筋がベットリ」するような7月下旬。精神的にも肉体的にも快適であるはずがない。そう考えると、そんな生活に甘んじるホームレスの気持ちに著者が興味を抱くことも不思議ではない気がする。

 だが、そうした思いの根底には、「ホームレス=気の毒な人たち」というような先入観があるのかもしれない。望んではいないけれど仕方なく路上で生きていて、日々の食べものを探すのにも苦労しているのであろうというような。

 もちろん、なかにはそういう人もいるはずだ。しかし、本書に登場するホームレスの多くはちょっと違う。諸事情があるのは事実だろうし、なかには「ああ、この人は人間としてだめだな」と感じさせるタイプもいる。だが、外からどう見えようとも、意外なくらい楽しそうに見える人も少なくないのだ。そもそも、食べるものがないどころか、充実した食生活を送っている人が多い。

ホームレスには年金をもらっている人もいる

 代々木公園でカレーを二杯食べる→十四時から都庁下で食料の配給→夜八時頃キリスト教系団体がパンを配りに来る→夜九時頃「スープの会」がスープを配りに来る。(74〜75ページより)

 このようにさまざまな団体が食料を配りに訪れたり、炊き出しを行ったりしているのである。そして時間を持て余したホームレスの多くは、各所を移動して食べものを確保する。本書では、墨田区・白鬚橋の炊き出しに始まり、都庁下、池袋、上野公園などを巡回する「一日七食炊き出しツアー」のことも描写されている。

 「世間の人たちはホームレスのことを悲惨だと捉えているでしょう。もちろんそういう人もいるんですよ。だけども、今となってはそういう人のほうが少ない。昔はそういう人ばっかりだったけど、辛い人は生活保護に行けるようになった(二〇〇八年の年越し派遣村を機に)んだから。今でもホームレスやっている人っていうのは、僕らみたいに年金をもらっている人が多いんですよ。  上野公園で暮らして十八年というホームレスの「コヒ」が公園内のベンチに座り、スーパーで買ったキムチをツマミに焼酎を飲みながら話す。(152ページより)

 この点については、わかりやすく解説されている。

 保険料の納付月数が短く受給額が少ない場合(3万円/月で貯蓄がないなど)、多くは生活保護を受けることになる。だが、厚生年金にも加入していて、月に14万円程度を受給できる人だとしたら、生活保護は受けられないし、そもそも部屋を借りられる。では、7万円〜9万円/月の人が生活保護を受けるとどうなるだろう?

 月に十二万七九二〇円(台東区在住65歳単身者の場合)の生活保護費のうち、少なくとも家賃(住宅扶助)として五万三七〇〇円が差し引かれ、生活扶助は七万四二二〇円となる。そこから「共益費・管理費・光熱費」もかかってくるため、自由に使える金がホームレス時よりも減ってしまうという現象が起きてくる。  「だったら路上でもいいから少しでも自由になる金を使えたほうが俺はいい」  そう考える人がホームレスになっているのだ。実際にホームレス生活をしていると分かるが、路上で暮らしながら月七万〜九万円の収入があれば相当リッチな生活ができる。だって、私は三千五百円/月でもなんとかなっているのだから。(153ページより)

日本はなんと恵まれた国なんだ

 働かずに生活保護を受けながら、炊き出しなどを利用して食べるものを食べ、路上で自由気ままに暮らすという日常は、たしかに気楽なのかもしれない。そこで、「月7万円で不自由なく暮らせるなら自分にもできるのではないか」と想像を膨らませてみたが、少なくとも私には無理そうだった(当然の話かもしれないけれど)。

 そもそも衛生面に耐え難いものがあるし、そうしたことを除いても、「地味でもいいからきちんと働いて、贅沢できなかったとしてもきちんとした家で暮らしたい」という欲求があるからだ。一般人としていたって普通の感覚だと思うが、長らくホームレスを続けていると(あるいはそれ以前からかもしれないが)、「これでいいや」というような感覚が大きくなっていくのかもしれない。

 ただし、それも私の考え方でしかなく、もちろん違った生き方があってもいい。

 「ホームレスはそこまで困っていないのだから助ける必要はない」と言う人がいれば、それは間違いだ。助けてくれる人がいるからこそ、この生活が成り立っているのだから。  ホームレスになったとしても、本人の気質によっては「健康的で文化的な最低限度の生活」を送ることができるこの日本はなんと恵まれた国なんだと私は路上で考えた。(「おわりに」より)

 つまりそんな状況下で、どのような生き方を選択するか、その点については違いが生じても当然なのだ。

 
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  • ルポ路上生活國友 公司彩図社

筆者紹介:印南敦史

作家、書評家。株式会社アンビエンス代表取締役。 1962年、東京都生まれ。 「ライフハッカー[日本版]」「ニューズウィーク日本版」「東洋経済オンライン」「サライ.jp」「マイナビニュース」などで書評欄を担当し、年間700冊以上の読書量を誇る。 著書に『遅読家のための読書術』(PHP文庫)、『いま自分に必要なビジネススキルが1テーマ3冊で身につく本』(日本実業出版社)、『書評の仕事』(ワニブックスPLUS新書)、『読書する家族のつくりかた 親子で本好きになる25のゲームメソッド』『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(以上、星海社新書)、『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)、『プロ書評家が教える 伝わる文章を書く技術』(KADOKAWA)、などのほか、音楽関連の書籍やエッセイなども多数。

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