RISC-Vにとって最大の競合となるArm RISC-Vプロセッサー遍歴
ASCII.jp / 2024年1月29日 12時0分
過去9回ほどRISC-Vの話をしてきたが、意図的にあまり細かい対比をしてこなかったのが、RISC-Vの最大の競合であるArmである。
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半導体設計の大手Arm CPUコアのIPと命令セットが主力商品
Armの歴史は連載82回、83回、84回、85回でまとめて説明しているが、もともとは英国のAcornというマイコンベンダーが自社の製品用に開発していたものである。その後Acornから独立する形で、CPUの設計部門だけを切り出してArmが成立した。
ArmはAcorn RISC Machineの略で、独立してAcornと関係なくなったこともあって途中からAdvanced RISC Machineの略とされた。
そんなArmは、まずAppleのNewton向けにARM6コアを提供(製造はVLSI Technology)、その後Nokiaの携帯電話向けにARM7TDMIというコア(製造はTI)を提供。これが爆発的にヒット。現在のマーケットシェアにつながる第一歩はここから始まったわけだ。その背景にはNokiaのSymbian OSが携帯電話市場を席捲し、そのSymbian OSがARMベースを前提にしていたことが挙げられる。
その後、携帯電話の延長にある組み込み向けのアプリケーションプロセッサーやマイコン、リアルタイムコントローラーなどに向けてCortex-A/R/Mという3種類のコアファミリーを展開する。
このうちCortex-Aはまずスマートフォン向けに広く使われ、さらにサーバー向けにも性能を強化する形で展開。2018年にはサーバー向け製品をCortex-Aから切り離し、Neoverseというブランドで展開するに至っている。
余談だが、3種類のコアファミリーの名前について、以前「ARMの社名にむりやりこじつけたでしょ?」とArmの某偉い人に聞いたら「いやいや真面目にマーケティングした結果、これが一番妥当な名称という結論が出た」と言っていたが、目は笑っていたのを覚えている。
さてそんなArmにとって、命令セットの維持と独占は至上命題になっている。Armはいろいろなライセンスを出しており、大別すると以下の6つがある。
このうちArchitecture Licenseは自社で開発したArmコア(例えば昔のSnapdragonに搭載されていたScorpionやKrait:最近のKryoはArmの提供するCortex-Aをそのまま利用している)を製造できるが、逆にArchitecture Licenseを持っているからといって既存のCortex-Aコアを自分でカスタマイズすることはできない。そしてArchitecture License以外に関しては、自身で手を入れられない。もちろん例えば2次キャッシュの容量などは変更可能になっているが、その程度だ。
このCPUコアのIP、あるいはArmの命令セットこそがArmの生命線である。というのがArmの認識であり、これを侵害しようとする相手には容赦がない。連載230回で触れた話だが、2000年のMicroProcessor Forumに、picoTurboというベンチャーがArm互換プロセッサーを発表したことがある。
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この時説明に立った同社CEOのChip Stearns氏は、picoTurboはArmの持つ4つの特許(5,386,563、5,568,646、5,740,461、5,583,804に抵触しないから問題なく製造できるとした。
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そして当然のようにArmはpicoTurboを訴えた。Armがこの訴訟を起こした際のリリースがすでにない(WebArchiveにもなかった)のではっきりしないが、Armは少なくとも7つの特許を侵害したと訴えたらしい。最終的にこの裁判は2004年に和解に達しており、ArmはHerodion社に640万ポンドを支払うことに合意している。要するにArmが自分の非を認めた格好ではあるのだが、結果から言えばArmの勝ちである。
picoTurboは小さなベンチャー企業であり、Armとの3年あまりの訴訟に耐えられるほどの資金がなく、破綻したためだ。Armと合意したHerodionはそのpicoTurboの事業を継承した別の会社であり、訴訟はどうあれ最終的にpicoTurboの独自コアを潰せた時点でArmの勝ちなわけだ。
これは業界にいろいろ波紋を投じた出来事であり、以後Armの互換CPUを自身で開発したメーカーは(少なくとも表向きは)存在しない。その意味でもこの訴訟はArmにとって必要だったわけだ。
ライセンス料/ロイヤリティで利益を得るArmにとって 命令セットが自由に使えるRISC-Vは商売敵
そういうArmからすれば、RISC-Vというのは明確に敵である。なにしろ命令セットが自由に使えるので、Architecture Licenseに当たるものは存在しない。もちろんRISC-V IPベンダーからCPU IPを購入すると相応にライセンス料(そのIPを使って設計する権利のコスト)やロイヤリティ(実際にIPを実装した製品を出荷する際にかかるコスト)は掛かるので、その意味では同等と言えば同等だが、RISC-Vの方が圧倒的に安価である。というより、Armが高く設定しすぎていたというべきか。
下の画像は2014年第4四半期のRoadshowスライドからの抜粋だが、チップ内にArmコアをたくさん集積すればするほど、ロイヤリティが跳ね上がる仕組みになっているのがわかる。
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RISC-V陣営は、ここがArmの最大の弱点であることをよく理解しているし、機器メーカーがRISC-Vに全面移行はしないにしても、RISC-Vの検討を始めているのは、プランBとしてRISC-Vへの移行でコストが下げられる可能性があるし、「検討している」という事実がArmに対してのライセンス/ロイヤリティの交渉の際のカードに使えるからである。
Armも手をこまねいているわけではない。まず価格については、ライセンス料/ロイヤリティそのものを下げるのは難しいが、とりあえず敷居を下げる方策をとった。Armは以前からUniversity Programとして、大学や教育機関などにCortex-M0というMCUを無償で利用できる権利を提供、これを利用してASICの設計・製造などを行なえるようにしていた。
2019年にこれをDesignStart for Universityとして提供されるCPU IPを拡大、現在はRESEARCH Enablementとしてさらに広範なプログラムを提供している。
これをベースに、一般のユーザー(=企業)向けにもっと簡単にArmのIPを評価、設計してもらうための方法としてAFA(Arm Flexible Access)を2019年7月にスタートした。これは一定金額を支払うと1年間、ArmのさまざまなIPにアクセスし放題になるというものだ。
これはArmでなくRISC-Vなどでもよくある話だが、なにかしらSoCを作りたいと思ったときに、どんなCPU IPを使うのが良いかを検討する必要がある。ただその検討にあたり、シミュレーションを使って性能比較するにしても、そもそものCPU IPがないとどうにもならない。が、先のSingle/Multi Use Licenseの場合は、まずそのIPを買わないと利用できないことになる。
IPベンダーの中には「一定期間無料で使える」という提供をしているところもあるが、だいたい長くても1ヵ月くらいだったりするので、その間に比較ができないと終わりである。AFAに入ると、1年間「ほとんどのIP」を好きなように利用可能である。ちなみに、この「ほとんどのIP」にはCortex-A7XやA5XX、Neoverseなどは含まれていない。現状ではアプリケーションプロセッサーはCortex-A55まで。ただMCUのCortex-Mやコントローラー向けのCortex-Rはすべてラインナップされている。
もっともこれ、自由に使えるのはあくまでも設計が終わってテープアウトするところまでで、それを製造に回す時にはライセンスを契約する必要があり、量産に入って販売する際にはロイヤリティの支払いが必要になるので、実はトータルではそれほど安くなっていないのだが、少なくとも設計を始めるときに大金が必要なくなったのはそれなりに意味がある。
ちなみにMCUだけに限定し、初期費用を0にしたDesign Startや、スタートアップ企業向けに無料にしたAFA for Startupなども最近は追加されている。ただ例えば台湾Andes Technologiesも2019年にRISC-V FreeStart programを開始しており、他のベンダーもこれに似た取り組みを始めているので、ここではそれほど差が付かない。
ArmにあってRISC-Vにないものが 設計・製造を支援するソリューションの提供
もう1つのArmの策は、ソリューションの提供である。もともとArmは大昔にはHard IP(特定のプロセス向けの物理設計が終わった状態のIP)を提供していた時期もあるが、昨今はSoft IP(論理設計のみを提供し、物理設計は顧客が行なう)のみの提供である。
ただこれでは昨今の先端プロセスでは物理設計のコストが馬鹿にならない。そこで特定のプロセス向けに最適化した、限りなくHard IPに近いSoft IPをPOP(Processor Optimization Package) IPとして提供し、物理設計の時間を最小に抑える工夫がなされている。
ちなみにこのPOPはArmが各ファウンダリーと共同で開発している。このPOPを一歩進めて、周辺回路までまとめて提供するのがArm Total Solutionで、2021年にIoT向けの"Arm Total Solution for IoT"とスマートフォン向けのArm Total Compute Solution(TCS)を発表している。
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サーバー向けには、Neoverse Compute Subsystems(CSS)と呼ばれるIPソリューションと、このNeoverse CSSをベースに包括的な開発が可能なArm Total Designと呼ばれるシステム全体のソリューションを提供開始している。今のところこれに匹敵するようなソリューションを提供できているRISC-Vベンダーは存在しない。
このソリューションは単にハードウェアだけではない。NeoverseやCortex-AをベースにしたサーバーはEdgeからクラウドまで幅広い用途が想定される。これらに向けたソフトウェア環境としてArm SystemReadyと呼ばれるものを2020年から提供している。要するに、SystemReadyの要件に沿う形でハードウェアを構築すれば、OSなりアプリケーションがそのまま動くようになるというもの。こういう取り組みもRISC-Vベンダーは一歩遅れている。
加えて、これまで堅持してきたArm命令そのものにも若干の譲歩を見せた。2019年、ArmはCortex-Mシリーズの新製品については、最大16命令までながら顧客(つまりマイコンベンダー)が自分で新命令を追加できるArm Custom Instructionと呼ばれる機能を追加すると発表している。
現在の所この機能を持つのはCortex-M、つまりMCU向けのコアに限られる。将来的にはCortex-A/RでもCustom Instructionを提供する可能性はあるが、具体的に説明できるような話は、2019年の時点ではないとのことだった。その後も特にこれに関する新しい情報はない。つまり、譲れない部分はある(主にライセンス/ロイヤリティ)が、多少の柔軟性は見せているという感じだ。
昨今のArmの動向を見ていると、エンドユーザーのターゲットが、これまではMCUベンダー(NXP/ルネサスエレクトロニクス/STMicroelectronics/etc...)とスマートフォン用SoCのベンダー(Qualcomm/Samsung/MediaTek/etc...)だったのが、昨今はその先、例えば車載向けならボッシュやデンソーなどのTier 1ベンダーだったり、自動車メーカーそのものだったりするようになってきている。
こうしたメーカーは、MCUベンダー/SoCベンダーに比べると半導体の設計能力は正直高くない。そうした、技術力で一歩劣るメーカーのエンジニアでも確実に設計・製造ができるようにする、という方向に舵を切っているように思える。つまり直接RISC-Vと競合するのではなく、RISC-Vと競合しないブルーオーシャンを総取りしよう、という戦略を取っているように筆者には感じられる。
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