辞書から消えたことばたち「MD」「コギャル」など
ASCII.jp / 2024年2月8日 7時0分
版が重ねられるたび、時代の変遷に沿ったかたちで、国語辞典には新しいことばが加わることになる。だがそれは、消えていくことばが出てくるということでもある。ページ数に限りがある以上、増やせばそのぶん減らさなければならないし、そもそもことばには寿命があるのだ。
現代語を対象とする小型国語辞書には、今の社会に広まり、かつ定着したと判断されたことばや語義が採録されます。その「今」から外れれば、改訂時に削除される運命にあります。(「過ぎ去りし『今』を削除語から見渡す」より)
寿命を過ぎたことばは「死語」となるわけだが、死語化してしまったとしたら、そういった語を知らない人が出てくるのも当然だ。しかし他方にはそれらの語に慣れ親しんだ人たちもおり、そちら側からは「削除していいのか?」「削除して欲しくない」という意見も出てくることになるだろう。
そこで、そういった反響に応えるかたちで編まれたのが、その名も『三省堂国語辞典から 消えたことば辞典』(見坊行徳、三省堂編修所 著、編集 三省堂)。歴代の『三省堂国語辞典』(略称『三国』)とその前身『明解国語辞典』(『明国』)から削除された項目を集めた、“辞書から消えたことばのコレクション”である。
ただし「消えた」といっても、消えるに至った事情は多種多様だ。たとえば「幽霊語」と呼ばれている語には、使われている証拠が見つからず、存在を確認しづらいという側面がある。その一方には上述した「死語」のように、時の流れとともに忘れ去られた語も存在する。また、制度の変更などによって消滅した「廃語」、モノとして下火になったりして存在感の薄れていった語などもある。
そういう意味では、一概に「消えたことば」とくくるのは、ある意味でナンセンスなのかもしれない。
そのような中から、特に時代性のある語や、語釈の興味深い語など、ちょうど1000項目をピックアップし、旧版の紙面を掲載しました。そのうち一五項目は大項目として取り上げました。(「過ぎ去りし『今』を削除語から見渡す」より)
などと聞くと、いかにもマニアックな感じである。ことばが大好きな身としてはたまらないものがあるのだが、興味のない人は「なぜ、消えたことばにそこまで執着するのか?」と思いたくなるかもしれない。
だが、あえて反論しよう。「消えたことば」はとても興味深く、ときには笑ってしまいそうになるほど面白くもあるのである。
たとえば、こんな感じだ。
辞書から消えたことばたち
エムディー[MD](名)①〔←Mini Disc=商品名〕デジタル録音・再生のための、直径六・四センチのディスク。「プレーヤー」②〔←missile defense〕⇨ミサイル防衛。 第五版(2001)で採録。MDレコーダーの生産期間は1992年〜2020年で、家電量販店でも見かけなくなったことから知らない世代が増えつつあり、第八版(2022・令4で②(ミサイル防衛)もろとも廃項となる。他の記録媒体では「MO」、「磁気テープ」、「レーザーディスク」が一つ前の第七版(2014)で削除されている。(34ページより)
こギャル[コギャル](名)〔俗〕顔を黒く焼いたりする、ファッションがはでな女子高校生など。〔一九九〇年代からの言い方。もと、大人の女性のまねをして遊女子高校生をさした〕⇨:ギャル。 1990年代に世を席巻し、第五版(2011)で「流行のファッションやことばづかいをする女子高校生など」として採録されるに及んだ。しかし一時の風俗語であり、第八版(2022・令4)で削除。女子中学生の「マゴギャル」、顔を黒くした「ガングロ」、そして髪を銀色などにした「ヤマンバ」は掲載に至らず。また同版では「ルーズソックス」に〔一九九〇年代に流行〕という注記が加わった。 ただし第三版(1982)で再録された「ギャル」は令和でも健在で、第八版の項目でも「テニスギャル」の「ギャル①」と「ギャル系メイク」の「ギャル②」とは、意味を分けて記述する。また、「きゃぴきゃぴ」の用例が「きゃぴきゃぴのむすめ」から「きゃぴきゃぴしたギャル」に変わった。「キャンペンガール」の短縮形としては「キャンギャル」を揚げる。21世紀になって「黒ギャル」「白ギャル」という言い方も広まるなど、「ギャル」概念の底堅さがうかがえる。(82〜84ページより)
せきがいせんつうしん[赤外線通信](名)携帯(ケイタイ)電話どうしを近づけて、赤外線によってデータをやりとりする通信。 携帯電話の普及で「メールアドレス等を交換する機能」という限定的な意味が日常的に用いられるようになって第七版(2014)で掲載された。その後、赤外線通信機能を持たないスマホの広がりによって上記の意味は聞かれなくなり、第八版(2022・令4)ですぐに削除。刊行後、「赤外線による通信」自体はリモコンなど幅広く現役なのに廃項とした判断への疑問も見かけたが、上記のような事情だったためと考えられる。 携帯電話は1990年代以降、必需品への地位を駆け上り、2000年代前半には年間約4千万台以上が出荷された。第五版(2001)では「iモード」、「着メロ」、「Pメール」、「ピッチ」、第六版(2008)では「携帯メール」、「着うた」、第七版では「携番」が立項。しかし08年発売のiPhone 3Gを皮切りにスマートフォンへの代替が進み、世相の移ろいを反映して上記各項目は削除されている。「メル友」(第六版立項)、「写メ」(第七版で「写メール」から見出し語変更)はなお命脈を保つが、今後の動向を見守りたい。「ワン切り」は第六版で立項、第七版で削除、そして第八版で復活と忙しくしている。 なお、90年代によく使われた「ポケットベル」「ポケベル」は第三版(1982)で立項され、現在も消えていない。(121〜123ページより)
本書は純然たるエンタメ本である
このように、消えたことばが存在した意義、消えた理由や、その裏側に隠されたエピソードなどを知ることはとても楽しい。一度その楽しみを知ってしまうと、なかなか抜け出せなくなるかもしれない。つまりはそこに醍醐味があるのだ。
「辞典」にはなんだか堅そうなイメージがあるので敬遠したくなるかもしれないが、とんでもない。本書は純然たる「エンタメ本」である。
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三省堂国語辞典から 消えたことば辞典見坊 行徳、三省堂編修所、見坊 行徳、三省堂編修所三省堂
筆者紹介:印南敦史
![](https://ascii.jp/img/2023/08/16/3587116/x/c9de6a18ea526b6f.jpg)
作家、書評家。株式会社アンビエンス代表取締役。 1962年、東京都生まれ。 「ライフハッカー[日本版]」「ニューズウィーク日本版」「東洋経済オンライン」「サライ.jp」「マイナビニュース」などで書評欄を担当し、年間700冊以上の読書量を誇る。 著書に『遅読家のための読書術』(PHP文庫)、『いま自分に必要なビジネススキルが1テーマ3冊で身につく本』(日本実業出版社)、『書評の仕事』(ワニブックスPLUS新書)、『読書する家族のつくりかた 親子で本好きになる25のゲームメソッド』『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(以上、星海社新書)、『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)、『プロ書評家が教える 伝わる文章を書く技術』(KADOKAWA)、などのほか、音楽関連の書籍やエッセイなども多数。
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