【自腹レポ】アップルVision Proの「歴史的価値」はなにかを考える(西田宗千佳)
ASCII.jp / 2024年2月13日 7時30分
Vision Proを購入して一週間ほどが経過した。その間筆者は毎日使っている。
SNS上ではVision Proを使った動画がバズる一方で、「結局できることはほかと同じではないか」「過去にも似たようなものはあった」という話が出てくる。
では、Vision Proは、コンピュータの歴史上どう位置付けられるべきなのか? マイクロソフトの「HoloLens」やMeta Quest、果ては初代MacintoshやWindowsのことまで考え、まとめてみよう。
Vision Proがしていることは 「空間にオブジェクトを並べることだけ」だが……
空間にアプリケーションのウィンドーを浮かべ、それらを並べて空間を活用して作業をする。
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極論すれば、Vision Proがやっているのはこれだけだ。
映画は「巨大なウィンドーを空中に配置して楽しむ」ことだし、複数の作業をするのも同様。巨大な恐竜を空中に表示するのだって、3Dオブジェクトを空間に配置していることにすぎない。視界を全部ディスプレイで覆うということは、視界にオブジェクトを配置できるということ。今のPCやスマートフォンの画面が平面でしていることを、立体上でするだけだ。
一方で、同じ「目の前をディスプレイで覆う」機器でも、オブジェクトの配置以上に「視界から見える世界を別のものに置き換える」ことを主軸にしたものもある。いわゆるVR機器はこちらだ。
そういう話をすると、VRとAR、空間コンピューティングが全く別のもののように思えるが、実際はそんなことはない。同じハードウェアから生まれる考え方をどう活用するのか……という用途提案の違いにすぎず、それぞれ結局は同じことができる。
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メタの「Quest 3」とは異なるビジネスモデルと狙い
「Vision ProもMeta Quest 3も似たことができるのでは」という話は、結局のところそういう話なのだ。だが、「どこにフォーカスしたのか」「どういう層に向けて作ったのか」が違うと、当然体験は変わってくる。
メタはMeta Questシリーズについて、「とにかく普及させること」を1つの軸に置いている。VRにおいて現状もっとも魅力的なものはゲームであり、そのビジネスモデルの根幹は「ゲーム専用機」に近い。ゲーム専用機のビジネスモデルとは、特化したハードウェアをできるだけ高いコストパフォーマンスで、でも安価に作り、できる限り長く売り、ソフトウェアの販売+ハードウェアの販売から収益を得ることだ。
Meta Questシリーズの場合、ゲーム専用機ほど長いサイクルになっていないが、VR自体の認知度を高めて「メタバース」としての商圏を拡大するため、本体価格を抑える戦略を採っている。ソフトウェアの進化で機能をどんどん進化させていて素晴らしいが、できることには限界がある。Quest 3でビデオシースルーに歪みがあるのは、それをすべて補正できるだけのカメラ画質もなければ、演算力もないからだ。「このコストで体験できる、最大限のところ」を引き出そうとしている。
そうなると、ゲームとしての体験は現状ベストな形になるが、空間にウィンドーなどを並べて仕事をする体験としては、現状ベストではない。今後のOS改善で変わってくる可能性もあるが。
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一方で、Vision Proは違う。高価格であまりにぜいたくなハードウェア構成であり、この構成だから、この画質が生まれるのだ。仕上げも非常にコストがかかっている。3500ドルからという販売価格だが、おそらくこれでも利益はほとんどない。
おそらくだが、アップルは「低価格にならないなら、利用者が落胆しない品質を目指そう」と決めたのだろう。まだ難点も多々あるが、空間にウィンドーを並べて活用するデバイスとしては、これ以上のものはない。ここからまずはOSを洗練させ、使い勝手を上げていくのだろう。
空間コンピューティングという要素が全く見向きもされないなら、この路線はこのまま消えてくだろう。だが、そうなるとは考えづらい。というより、アップルは「これが一定の支持を得るまで続ける」つもりでいるのではないか。低コスト版の噂も出てきているが、どこをどうカットしていくかは、ユーザーの利用状況から決まっていく。それを見るためにも、「とにかく全部乗せ」でやってきた感がある。資金も人材も、そして高価なハードウェアを売るブランド力もある、アップルにしかできないある種の力技だ。
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マイクロソフトの「HoloLens」から8年でここまで進化した
現実空間にウィンドーを配置して、情報を確認しつつ、広い世界を生かしてコンピュータの可能性を追求する……、そんなデバイスは、2016年にすでに生まれていた。マイクロソフトの「HoloLens」だ。
HoloLensは、空間にオブジェクトやウィンドーをガッチリ固定して表示できた。以下の画像は、筆者が私物として買ったHoloLensで撮影したものだ。驚くほどVision Proのそれに似ていないだろうか?
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空間を把握し、その形状を記録し、指定した場所にウィンドーやオブジェクトを配置するという研究は過去から実施されていた。それを8年前に製品として世に出したのはHoloLensであり、多くのAR機器開発者が影響を受けている。
一方、HoloLensとVision Proは明確に違うものだ。
HoloLensでは性能的に限定的なアプリケーションしか動かず、本格的な作業をするのは難しかった。なぜなら、一体型として作るために使えるプロセッサーの性能が低かったからだ。使えたのはAtom x5-Z8100。当時は数万円の低コストタブレット向けに使われていたもので、同時期のiPadに比べ、性能は3分の1にも満たない。
なにより大きかったのは、光学シースルー式であり、ディスプレイの視野角は中央に35度程度しかない。前述のビデオでは視界全体にCGが重なっているように見えるが、実際には「視界の中央の狭い部分」しか映像が重ならないのである。
8年前に使用可能なプロセッサーの性能は、今の6分の1から7分の1。Atom x5-Z8100は当時としても非力なものだったから、もっと差はあるだろう。当時の性能では、今のような高画質ビデオシースルーも、高精度・高解像度でのレンダリングも実現できない。コストと性能の板挟みの中、HoloLensは消費者が求めるであろう品質に達することができず、B2B向けの用途にとどまってしまった。
発想はあっても、コストと性能がともなわなければ理想は実現できない。
Vision Proは、今の技術を使い、アップルが高いコストをかけると決めたらできた製品だ。過去の色々な技術や製品に影響されているものであるのは間違いないが、アップルとしては、「技術要素が揃うギリギリ」まで待ったのだろう。そして、これ以上は待てないと判断したので、高い製品であっても「まずは出す」ことに決めたのだ。
Vision Proは「空間コンピューティング時代のLisa」である
逆に言えば、これほど高価な製品であるだけに、誰にでも勧められるものではない。
空間コンピューティングは便利だと思う。実際この原稿も、Vision Proに接続したMacから書いている。Vision Proで日本語が使えるようになれば、かなりの部分がVision Proだけで作業可能になってくるだろう。
だが、600gのものを頭につけて常に作業するか……と言われるともちろん疑問はある。どこでも大きな画面で作業するのは快適だが、画面の大きさや情報量よりも「楽さ」を選ぶ時はあるだろう。自分だってそうなのだ、まだ使ったことがない人には当然疑問が残るはずだ。
メガネが使えず、ソフトコンタクトレンズか専用インサートレンズが必要、という厳密さも、意見が分かれるところだろう。他のHMDはもっとラフだ。コンタクトレンズの有無だけで、見え方だけでなく視線認識の精度まで変わってしまうくらい、現在のVision Proはセンシティブな機器だ。そこまでして使いたいとは思わない……という人がいても不思議ではない。
だが、「本を目の前に大きく開いて読みつつ作業する」という体験をしてみると、「やはりここにはなにかがある」と感じざるを得ない。大変ではあるが「つけたまま作業したい」と思う魅力はある。それをどのくらい大きなものと感じるかは、人によってかなり異なるだろう。
別の言い方をすれば、Vision ProはMacintoshの前身として1983年に生まれた「Lisa」に近い。
Lisaも1万ドルと非常に高価な製品だったが、今のMacに通じる機能を備えていた。いわゆるGUIの始祖はXEROXパロアルト研究所にあるわけだが、製品として形を備え、のちにつながる流れとなったのは、やはりLisaとMacintoshが1つの起点であり、Windowsなども登場し、さらに一般化、改善していった。
当時のLisaも、そしてMacintoshが出た後でも、「わざわざこんなUIを使わずに、コマンドをタイプした方が速い」という声はあった。将来空間コンピューティングについて、同じような話が出てくるかもしれない。
もちろん、空間コンピューティングが「望まれなかった未来」で終わる可能性はある。
ただ、HoloLensが一部の人たちに見せた可能性を、Vision Proはさらに具体的で、幅広く役立つものとして目の前に示してくれているのは間違いなく、個人的な興味としても、否定する気になれない未来なのだ。
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筆者紹介――西田 宗千佳 1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。取材・解説記事を中心に、主要新聞・ウェブ媒体などに寄稿する他、書籍も多数執筆。テレビ番組の監修なども手がける。主な著書に「生成AIの核心:「新しい知」といかに向き合うか」(NHK出版)、「メタバース×ビジネス革命 物質と時間から解放された世界での生存戦略」(SBクリエイティブ)、「ネットフリックスの時代」(講談社)、「ソニー復興の劇薬」(KADOKAWA)などがある。
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