1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. IT
  4. IT総合

樹木希林さんが亡くなった後、内田也哉子さんが考えたこと

ASCII.jp / 2024年3月7日 7時0分

樹木希林さん 撮影:Andriy Makukha

うわのそら。この言葉が今、最も自分の心の有り様を表している。9月に母が他界してからというもの、不思議なくらい、哀しみも、歓びも、焦りも、怒りも、あらゆる感情が靄に包まれ、どこか意識から離れたところで浮遊している感覚なのだ。厄介なのは、それらの感情が消えたわけではなく、確かに浮遊しているということ。そこに在るのに、手触りがない。得体の知れないものが渦巻いているのに、無意識のうちに知らんぷりしている自分がいる。(8ページより)

 『BLANK PAGE 空っぽを満たす旅』(内田也哉子 著、文藝春秋)の冒頭に出てくるこの文章は、私のなかにふたつの相反する感情を生み出すことになった。

 まずひとつは、揺るぎない肯定感である。著者の母親である樹木希林さんは、まったく面識のなかった私にとっても、女優という以前にひとりの人間として共感できることの多い存在だった。価値観や考え方――たとえば本の読み方や自家用車の選び方など――を知るにつけ、「素敵な人だったんだな」と感じずにはいられなかったからだ。

 そしてもうひとつ拭えないのは、自分自身の問題である。きわめて個人的な話なので多くを語る必要もないが、最後まで母との間に“一般的な親子のような関係性”を築くことができなかった私の場合、母が亡くなってそろそろ1年になろうとしている現在も「うわのそら」になること自体ができないのだ。

 だから、ここまで純粋に母親のことを思える人のことを素敵だなと感じるし、自分にはなにか大切なものが欠けているのではないかというような、モヤモヤとした中途半端な思いを拭えないのである。

死をきっかけにいろいろな人たちと対話をする

 とはいえ当然のことながら、著者の親子関係も決して順風満帆だったわけではない。なにしろ両親はふたりとも、強烈すぎる個性の持ち主だったのだから。

 物心ついた頃から自分はいびつな家庭環境に生まれたのだと、どこか俯瞰する癖がついていた。人が私を見るときに、あの変わった両親の娘という色のセロファン紙を通して見られていることも、早くから自覚していた。父はささいなことから、大きなことまで様々な事件を起こし、母がそれを包み隠さぬものだから、基本的にいつも初対面の相手には、親の話を伏せ、何ならちょっとした嘘もついて匿名性を必死に守ろうとしてきた。(「あとがき」より)

 そういう意味では、「素敵な関係性」などという軽いことばを使うべきではないのかもしれない。程度の差こそあれ、親子関係というものはさまざまな意味において「いびつ」になりがちなものであるのだし。

 ともあれ著者は、いろいろな意味で圧倒的な存在であった母親の死をきっかけとしてさまざまなことを思い、いろいろな人たち――谷川俊太郎、小泉今日子、中野信子、養老孟司、鏡リュウジ、坂本龍一、桐島かれん、石内 都、ヤマザキマリ、是枝裕和、窪島誠一郎、伊藤比呂美、横尾忠則、マツコ・デラックス、シャルロット・ゲンズブール――と対話をする。

 そのやりとりをまとめたのが本書である。

 各人の思いやことばはそれぞれが魅力的で、しかも対話が基本になっていることもあり、読んでいると話の輪に加わらせてもらっているような気分にもなれる。だから、ちょっとしたひとことが、ときにビシッと心を射る。

「死というものがないと、生きることは完結しない」

 そんななか、とくに響いたのは「死」や「人生」についてのフレーズだ。

 たとえば詩人の谷川俊太郎さんのことばは、いまさらながら人生の残り時間を意識するようになってきた鈍感な私にとっても意味をもつものであった。

 「死というものがないと、生きることは完結しないんです。僕は死んだあとが楽しみ」(40ページより)

 また、解剖学者としての立場から人の生死と向き合ってこられた養老孟司さんについての著者の文章、そして最後に登場するご本人のことばにも強く納得させられた。

 今回、しばらくぶりに養老先生のバリトンヴォイスを電話越しに堪能しながら、身内との別れ、死ぬということ、戦争、コロナウィルス、社会、友達、子育て、家族などについて語らい、気づけば、なんだか、ずしりと柔らかい「まる」を抱いているような心地よい錯覚をおぼえた。言ってしまえば、今、こうして私が感じていることはすべて錯覚にすぎないのかもしれない。けれども、82年(筆者注:執筆時。現在は86歳)もの歳月、この世の理不尽と素晴らしさに付き合ってきたオモシロイオトナは、確かに言った。  「マイナスの出来事をプラスに変えることはできるはずで、人生も同じことです」(100ページより)

 なるほど、たしかにそのとおりかもしれない。

■Amazon.co.jpで購入
  • BLANK PAGE 空っぽを満たす旅内田 也哉子文藝春秋

 

筆者紹介:印南敦史

作家、書評家。株式会社アンビエンス代表取締役。 1962年、東京都生まれ。 「ライフハッカー[日本版]」「ニューズウィーク日本版」「東洋経済オンライン」「サライ.jp」「マイナビニュース」などで書評欄を担当し、年間700冊以上の読書量を誇る。 著書に『遅読家のための読書術』(PHP文庫)、『いま自分に必要なビジネススキルが1テーマ3冊で身につく本』(日本実業出版社)、『書評の仕事』(ワニブックスPLUS新書)、『読書する家族のつくりかた 親子で本好きになる25のゲームメソッド』『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(以上、星海社新書)、『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)、『プロ書評家が教える 伝わる文章を書く技術』(KADOKAWA)、などのほか、音楽関連の書籍やエッセイなども多数。

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください