『思考の整理学』売れ続ける理由
ASCII.jp / 2024年3月14日 7時0分
いまさら強調するまでもなく、外山滋比古さんといえば“知の巨人”として知られる英文学者、文学博士、評論家、エッセイスト。専門の英文学を筆頭として、日本語、教育、意味論などさまざまな分野を横断する評論やエッセイは、2020年7月の逝去後も長く支持されている。
著作も多いが、なかでも圧倒的な支持を得ているのが、1983年に「ちくまセミナー」シリーズの1冊として刊行された『思考の整理学』だ。1986年には文庫化され、以後21年間で16万部を誇るロングセラーとなった。
さらに2007年には、岩手県盛岡市の書店の手描きPOPがきっかけとなって再評価を受けることに。その翌年には東大(本郷書籍部)・京大生協の書籍販売ランキングで1位を獲得したこともあり、「東大・京大で1番読まれた本」として以後も部数を伸ばした。
そこまで広く受け入れられることになったのは、豊富な知識をわかりやすく解説したアプローチが魅力的であるからにほかならない。難しいことを難しく書くのは簡単だが、誰にでもわかるよう簡潔に表現することは実のところ難しいものだ。しかし、それを見事に実現しているからこそ、287万部を突破した普遍的ベストセラーとなったのである。
『ワイド新版 思考の整理学』(筑摩書房)は、そんな同書の増補改訂版。手にとりやすい四六判で、既存の文庫版よりも活字のサイズが大きくなっているため、非常に読みやすいつくりになっている。「細かい文字を追うのが面倒で……」という方も、これなら無理なく読めるだろう。
もうひとつの魅力は、2009年に東京大学で実施された特別講義が「新しい頭の使い方――『思考の整理学』を読んだみなさんへ伝えたいこと」として新たに加えられている点だ。そのため、「『思考の整理学』なら何度も読んだよ」という方でも新鮮に読み進めることができる。
今回はそのなかから、「情報社会に溺れない方法」をクローズアップしてみたい。
情報社会に溺れない方法
外山さんはここで、テレビ、新聞、インターネットなどを通じておびただしい情報が流入してくる現代社会の問題点を指摘している。これだけ情報量が増えると、レム睡眠による自然の忘却だけでは、完全に頭が整理されないのではないかと。
また、そうなると朝にすっきり目覚められなくなっても当然かもしれない。
もともと“ものを考える”のは朝が最適である。朝、目を覚まして起き上がるまでの何分か。できれば十分から二十分ぐらいのあいだにものを考える。充分に目が覚めなくてもいい。ぼんやりした頭で天井を眺めているときがベストタイムである。中国では「枕の上」と書いて枕上(ちんじょう)の時間と呼ぶ。このとき、ふっと出てくる考えが前日の情報ではなく、何日か前のものが突然出てくるということがある。これこそが忘却がうまく進んだ頭で生まれるクリエイティブな思考である。(259ページより)
共感できる方も多いのではないだろうか? たしかに目が覚めたばかりの時間は、いろいろなことを考えられるものだ。前の晩に悩んでいたことに対する答えが、自然に頭に浮かぶことも少なくない。つまりはそれだけ、朝は重要なのだ。
夜の睡眠だけで充分な忘却ができなければ、散歩をすることを勧める。歩くことで血の巡りがよくなり、散歩のあいだは、ほかのことができないのでぼーっとすることができる。(259ページより)
当たり前だけれど、いつしか忘れかけていた大切なこと
なお、散歩しながら考えるという方もいらっしゃるだろうが、最初の30分間では、まだ頭が整理されないようだ。40分、50分と歩くうちに血の巡りがよくなっていき、ようやく頭のなかを覆う靄、すなわちリーセントメモリー(最近記憶)が取れてきて、頭の奥で眠っていたものが顔を出すというのだ。
ここまで来ると散歩の本領である。思いがけないことを考えついたり、思い出したり、連想したり、おもしろい。散歩をするのなら、少なくとも三十分は、ウォーミングアップとしてカウントしないでおく。そこから先の時間で、思いついたものが独自の思考といえる。(260ページより)
したがって短時間ではなく、最低でも1時間は散歩したいということ。1時間も散歩する時間をつくることは決して楽ではないし、それは外山さんも認めている。が、ものは考えようだ。
「長時間の散歩は無理」という情報が当然のこととして刷り込まれているかもしれないが、通勤時などを利用すれば意外と歩けるものだからだ。よくいわれるように、最寄りの駅のひとつ前で降りて歩くのもいいだろう。
たとえばこのように、「当たり前だけれど、いつしか忘れかけていた大切なこと」を本書は改めて思い出させてくれる。忙しい毎日が続くからこそ、ときどき意識的に立ち止まり、ページをめくってみるといいかもしれない。
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新版 思考の整理学 (ちくま文庫 と-1-11)外山 滋比古筑摩書房
筆者紹介:印南敦史
![](https://ascii.jp/img/2023/08/16/3587116/x/c9de6a18ea526b6f.jpg)
作家、書評家。株式会社アンビエンス代表取締役。 1962年、東京都生まれ。 「ライフハッカー[日本版]」「ニューズウィーク日本版」「東洋経済オンライン」「サライ.jp」「マイナビニュース」などで書評欄を担当し、年間700冊以上の読書量を誇る。 著書に『遅読家のための読書術』(PHP文庫)、『いま自分に必要なビジネススキルが1テーマ3冊で身につく本』(日本実業出版社)、『書評の仕事』(ワニブックスPLUS新書)、『読書する家族のつくりかた 親子で本好きになる25のゲームメソッド』『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(以上、星海社新書)、『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)、『プロ書評家が教える 伝わる文章を書く技術』(KADOKAWA)、などのほか、音楽関連の書籍やエッセイなども多数。
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