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AI生成アニメに挑戦する名古屋発「AIアニメプロジェクト」とは?

ASCII.jp / 2024年8月10日 15時0分

AI生成技術とアニメ制作の実際をtaziku代表取締役の田中義弘さんにお聞きした

〈後編はこちら〉

ドラマ『トリリオンゲーム』8話に登場した生成AIアニメを制作 名古屋発「AIアニメプロジェクト」が進む先は?

 AI技術を用いたクリエイティブワークを手掛け、東京と名古屋を拠点に活動している株式会社taziku代表取締役の田中義弘さんに、現在展開中の「AIアニメプロジェクト」の概要、そして昨年放送されたドラマ『トリリオンゲーム』にて生成AIを利用したアニメ動画を作成した際の興味深いエピソードなどをおうかがいした。

タイトなスケジュールだが「AIを使えば……」

まつもと まず、2023年に放送されたTBSテレビ金曜ドラマ『トリリオンゲーム』に、アニメ制作などで美術協力することになった経緯を教えてください。そして業界や視聴者からの反応はどんな感じでしたか?

田中 実は、先方がさまざまなアニメ制作会社さんに問い合わせた末にお話が回ってきた、という案件なんです。K&Kさんとtazikuがファーストチョイスだったわけではありません。

まつもと 私はアニメ制作会社に勤務した経験もあるのですが、ほとんどのアニメ制作会社は飛び込みの案件に対応できるほどスタッフに余裕があるわけではありませんからね。

田中 そんなときに、K&Kさんが僕たちtazikuと一緒にAIアニメプロジェクトを始めたというプレスリリースを見て、『ここならやってくれるかも』とK&Kデザインさんに声が掛かったという経緯です。

 ドラマ制作チームさん側からはアイデアを色々いただいたのですけれど、納期と予算を踏まえて、「ここまでならできます!」という調整を済ませたうえでお受けしました。

田中義弘さん/株式会社taziku 代表取締役。大学を卒業後、グラフィックデザイン事務所を経て、株式会社アイデアクラウドを設立。デザイン、AR・VRなどのテック事業などを立ち上げ、その後、DMM.comへ株式譲渡し代表取締役を退任。tazikuを創業

まつもと 迫ってきている撮影日というリミットがある以上、リスクを取るわけにもいきませんし。

田中 間に合わなかった場合の信用低下を考えると迷いましたが、K&Kさんと話し合って最終的に(AIアニメプロジェクトの)宣伝になるからということでスタートしました。

 AI生成でアニメ制作云々はあくまでも“ドラマの中のお話”なので、ドラマ内に映るアニメの映像が本当にAIで制作されている必要はないわけです、本来ならば。

まつもと あっ、たしかに!

田中 だからこそ、最初はアニメ制作会社さんにお声掛けしていたというわけです。ただ、納期の関係でAIを使わないと間に合わないので、結果的にAIを利用したアニメとなりました。

今回のインタビュー取材用に生成AI技術を利用してイラストを作成いただいた。これは構図のラフで、ここから人物と背景をそれぞれ生成していく
背景部分のラフ。これをもとに一度生成したうえで、“プロンプト”と“強度”を変更しながらイメージに合うまで追い込んでいく
最終的に人物と背景を合成して完成。ドラマ内に登場するポスターはこのような手法で作成された

プロンプトだけの“ポン出し”では作れない

まつもと 実作業ではさまざまな困難があったかと思います。かなり濃密な制作期間だったのではと想像しますが。

田中 そうですね。ドラマではアニメの中割りに使うようなお話も出ていましたが、現実ではAI任せだと破綻することがわかっていました。そこで、動画は通常通り手作業にしたうえで、“AIが得意なところだけAIに任せる”と割り切りました。具体的にはキャラクターデザインや背景、そして劇中に映るポスターなどです。

まつもと ほかに判明した課題などはありましたか?

田中 これは生成AIを使った作業の良し悪しが出たかなと思いますが、当初はドラマ制作チーム側も納期優先という雰囲気だったところ、数分で絵がアウトプットされるさまをお見せしたら……なんでしょう、盛り上がっちゃいまして。「こんなに早く出るなら、もうちょっとこうしたい」みたいな。

まつもと 凝りたくなっちゃうのはわかります(笑)

田中 特に“イラストタッチではなく、アニメタッチの絵を出してほしい”という要求は難題で、リテイクが結構出ましたね。というのも、アニメタッチに寄せると、どこかで見たような美少女風の絵が出力されがちなんです。そこから“個性がある絵であってほしい”という要求に応えるべく、調整を続けました。

 単純に出力したら、「お洒落すぎる」と(ドラマ制作チームに)言われたんですよ。つまり、よくAI界隈で言われる「マスピ顔」だとダメなんです。プロンプトで「masterpiece(マスターピース)」と入力すると、一見キレイで整った顔が出力されるのですが、あまりに多用されているので、どこかで見たような印象が強くなってしまうんです。

 ほしいのは“実在するようなアニメのポスター絵”なので、もっと生活感というか、野暮ったくする必要があるというのがドラマ制作チームの意図だったのかなと。

プロンプト頼りだとアニメっぽくない、イラストタッチの絵が出力されてしまう

まつもと ちなみに、使ったエンジンは?

田中 Stable Diffusionです。

まつもと 特定の作風を避けるための具体的な解決策は、やはりプロンプト調整ですか?

田中 プロンプトのみだと学習データに寄るため、アニメタッチではなくイラストタッチの絵が出力されてしまいます。そこで、トリリオンゲームの際は手描きのラフを使って塗りを制御しました。

 まずラフを描いて生成します。しかし想定以上に瞳が大きいので、瞳を小さく描き直したラフと共にプロンプトで“ラフの瞳のサイズ・形を採用して”と再度指示を出します。すると、作風はズレないけれど瞳だけ小さい絵が生成されます。

 この方法でキャラデザをコントロールしました。結局、3種のポスターはすべて下描きを用意して「これに沿って出力して」と指示を出しています。このひと手間をかけないと、いかにもAIっぽいものになってしまうんです。

1. 最初に読み込ませたラフ
2. 生成された画像。瞳が大き過ぎると判断
3. 瞳を小さくしたラフを読み込ませる
4. 再度生成した画像。修正前よりも瞳が小さくなっている

まつもと よく見ると、背景はまた別のタッチになっていますね。

田中 背景はMidjourneyを使っています。理由としては、K&Kさん曰く、「アニメはキャラクターと背景でタッチが異なることが多いから」。つまり、背景は“ザ・AI"とでも言うような作風だったとしても、キャラクターがアニメタッチなら違和感も薄れるだろうと。

まつもと 実は合わせ技だった! 相当な下準備が必要なんですね。

田中 そうなんです。ポスターに使える絵がポンッと出力されたわけではありません。AIをツールとして使うには人間側の工夫が要ります。

まつもと しかもその試行錯誤を含めて10日間で結果を出さなければならないと。

背景は「横に長い絵を生成してスクロール」させる

まつもと ここまでお話いただいたのはポスター=静止画の制作過程ですよね。まだアニメ部分が丸々残っています。先ほど、中割りは結局手作業だったというお話でしたから、ポスター制作以上に大変な作業だったと予想します。

田中 そうですね。結論から言いますとキャラクターの動きは手描きするほうが早いという判断を下しました。逆に、キャラ以外は生成AIベースです。

まつもと なるほど。ピンク色の服を着た茶髪の女の子が手描きで、背景は生成AIなのですね。

田中 実は背景にも動きがあるのですが、1枚1枚描いていると間に合わないので、横に長い絵を生成したうえでレイヤー分けして動かしました。このレベルの背景を(10日間で)手描きで動かすのは現実的ではないので。

まつもと カメラをPANするイメージですね。

田中 はい。スクロールさせてあげれば静止画でも自然に見えます。そこに撮影を加えていけば何とかなるんじゃないかと。

 そこで、最終的に出来上がる映像は1920×1080なのですが、そのサイズをはるかに上回る解像度の高いイラストをAIで生成しました。もちろん下描きもあります。花と風車を動かしたいという希望もあったので、風車、手前の花、草原はそれぞれ別個に生成しています。

 そのうえで、“花を黄色に”“茎にも影を付けたい”といった微調整は手描きで対処するわけです。

 また、風車のだいたいの形はラフを描いているのですが、そのラフをもとにどの程度までAI任せにするか、要は“強度”の指定が重要になります。このあたりはドラマ制作チームにお見せしながら詰めていくという作業になりました。

 強度を上げ過ぎると一枚絵として破綻する一方、描き込み量は増えていくので、ちょうどいい強度を見つける必要があります。そして強度や微調整を経たイラストをざっくり重ねるとこんな感じになります。カメラワークも描き込んでありますね。

 このように、AIと人間それぞれの得意分野をうまくミックスさせて作ったかたちです。

まつもと すでにNetflixが背景に生成AIを使用したアニメを公開していますが、こうして見ると背景のクオリティーは実用レベルと言ってよさそうですね。

田中 そこはK&Kさんも驚いていました。現在、アニメ業界は制作する作品数が大幅に増えて高精細な背景が求められる部分も増えたのですが、人材が不足気味です。

まつもと 今回、その負担を減らせることを実証されたわけで、後から振り返ったときに『あの辺りから背景にAIが使われ始めたよね』というマイルストーンになっていくのではと思います。

 一方、従来通りの作り方だったキャラクターは今後の研究課題でしょうか?

田中 そうですね。現状は、たとえば服に装飾が付いていると、「コマごとに装飾の位置がズレてる……」みたいなことが起きてしまいます。商業アニメの場合、たぶんそれは許容できないと思うんです。

「SNSでAIアニメをつぶやいたら抗議DMが届く」ほどの逆風

まつもと 次に、AIアニメプロジェクトを立ち上げられたきっかけや、本格始動させた頃のお話をうかがいたいと思います。

田中 AIアニメプロジェクトは2023年春にスタートしました。6月1日にはプレスリリースも出しています。

 そもそものきっかけはK&Kデザインさんでした。本当はアニメ制作をしたいのだけれど人材も資本も足りないし、何より(所在地の)名古屋にはアニメ制作の仕事がめったにありません。そんななか、同社の悩みを知った中京テレビのプロデューサーさんが、「tazikuの田中氏が活路になるかもしれない。話を聞いてみたら」と同社取締役の川上さんに提案したんです。

 一方、当時の僕はAIを使ったアニメ制作を考えてはいましたが、2023年の春頃ってAIへの風当たりが今よりもっと強かったんです。ちょっとSNSで話題を出したら(抗議の)DMが届く、みたいな空気感でした。

 だから僕は『まず大義名分が要るな』と思ったんです。つまり、“楽に作れます”とでも言おうものなら、同業者さんたちから『なんだお前!?』という目で見られかねませんから。

 ちょうどそんなタイミングで、アニメ制作に伴う自社の課題を打破する“何か”が欲しいK&Kデザインさんと知り合ったんです。

 プレスリリースを読んでいただくと、プロジェクトを始めた背景として、「名古屋という地域は、アニメーターが極めて少なく、アニメ制作に必要な予算も確保しにくいという地域特性があります。名古屋でアニメ事業を手掛けるK&Kデザインを中心に、そんな現状に諦めることなく、まったく新しい手法でのアニメ制作にチャレンジすることを決意しました」とあります。

まつもと なるほど、K&Kデザインさんの課題が“大義名分”になったわけですね。しかし名古屋がそこまでアニメ制作の空白地帯だとは存じ上げませんでした。それこそ中京テレビさんは昔から製作委員会の幹事になったりしていますから、てっきりアニメ業界の厚い層があるのだろうなと思っていたので意外でした。

田中 テレビシリーズに関する仕事は孫や曽孫請けが中心と聞きました。

『アニメを作りたいけれど悩みがある』2社が持ち味を活かす

田中 とは言え、僕たちも最初は「キャラクターは自社で作った動物のキャラクターが自由に使える。背景だけAIで作ろう……」ぐらいの軽いノリでスタートしています。

 それが一変したきっかけは中日新聞さんです。えらく詳細に取材されたので『なぜあんな長時間取材だったんだろう?』と思っていたら、ある日、朝刊の一面に載っていまして。

まつもと おお!

田中 そこからさまざまなお話が進みまして、『じゃあ、もうちょっと本格的にやっていこうか』となったタイミングでトリリオンゲームのお話をいただきました。

まつもと 2社で動くことによって、どのようなシナジーが見られるのでしょう?

田中 AIで作られたものは、今のところ“絵”なんですよ。“キャラクター”になっていないと感じています。“見てくれ”が良くて誰が作っても一定のクオリティーを越えてきますが、キャラクターじゃなくて絵なので、“好き”になってもらえないんです。

まつもと 代替可能なイラストだと。

田中 バックグラウンドをちゃんと作っていかないと、「AIアニメです!」とうたったところで、たぶん誰からも共感されないし、「綺麗な映像だね」で終わってしまうでしょう。その弱点をアニメスタジオのK&Kと、AI技術を持つtazikuの2社が共同することで乗り越えていけるのではと。

〈後編はこちら〉

筆者紹介:まつもとあつし

まつもとあつし(ジャーナリスト・コンテンツプロデューサー・研究者)

 IT・出版・広告代理店、映画会社などを経て、ジャーナリスト・プロデューサー・研究者。NPO法人アニメ産業イノベーション会議理事長。情報メディア・コンテンツ産業に関する教育と研究を行ないながら、各種プロジェクトを通じたプロデューサー人材の育成を進めている。デジタルハリウッド大学院DCM修士(専門職)・東京大学大学院社会情報学修士(社会情報学)。経産省コンテンツ産業長期ビジョン検討委員(2015)など。著書に「コンテンツビジネス・デジタルシフト」(NTT出版)、「地域創生DX」(同文舘出版)など。

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