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マイクロソフトが「Copilot+ PC」を出したワケ AIはPC市場の“カンフル剤“だ

ASCII.jp / 2024年5月23日 11時45分

今年のBuild 2024はシアトルで開催

 グーグルがGemini推しでマイクロソフトがCopilot推し、というと「それはまあ当然だろう」と思う人も多そうだ。だが、5月20日からシアトルで「Build 2024」に関わる取材をしてみると、マイクロソフトは当然ながら、マイクロソフトらしい生成AIへの取り組みをしていた。

 中核となるのは、Windows 11でのオンデバイスAIへの取り組みを強化する「Copilot+ PC」だ。

「Copilot+ PC」を発表する、マイクロソフトのサティア・ナデラCEO

オンデバイスAIでPCを刷新

 個人が使う機器にオンデバイスAIを搭載していくという流れは特別なものではない。AIをUIの一部として使っていくなら、プライバシーの保護と即応性は必須だ。クラウドベースでなくオンデバイスAIを使うのは必然であり、その価値の開拓は始まったばかりだ。

 スマートフォンでは、オンデバイスAIの推論を効率化する「NPU」の搭載が進んでいる。iPhone向けの「A11 Bionic」(2017年)から搭載が始まり、ハイエンドスマホ向けプロセッサーならば必ず備えているものだ。

 一方でPCは、NPU搭載がまだまだ広がっていない。AIの処理はGPUでも可能であり、単純に性能だけなら、高性能なGPUを搭載したPCを用意すれば良い……という話もある。

 だが、性能の高いdGPUと高速なメモリーをふんだんに搭載したPCを使っているのは一握りの人々だ。大半の人々が使うような「一般的なノートPC」のコストと消費電力の中でオンデバイスAIを使うのであれば、スマホと同じように「十分に強力なNPU」を搭載していくのが近道……という話になってくる。

 そこでマイクロソフトが定義したのが「Copilot+ PC」だ。

条件は ・メインメモリー:16GB以上 ・ストレージ:SSD 256GB以上 に加え、 ・40TOPS以上のNPUを内蔵 となっている。

NPUで「スーパーチャージ」したのが「Copilot+ PC」とマイクロソフトは主張

 40TOPS以上のNPU、という条件はかなり高めだ。

 先日発売されたiPad Proに搭載されている「M4」のNPU(Neural Engine)が38TOPSであり、iPhone 15 Proシリーズに搭載されている「A17 Pro」のNPUが35TOPSとなっている。

 一方で、インテルのCore Ultraの場合、NPU単体では11TOPSとなっている。GPUやCPUまで回せばもちろんもっと性能は上がるのだが、「AIの処理をNPUに任せて負荷を効率化する」にはNPU単体の性能が重要になってくる。

 インテルやAMDもNPUを強化し、Copilot+ PCに準拠したPC向けのプロセッサーを準備中だ。だが、出荷は2024年後半であり、今日の段階では手に入らない。

 そこで存在感を高めてくるのがQualcommだ。

 今回の発表会では8社+マイクロソフトがCopilot+ PC対応製品を並べたが、どの製品も採用しているのはQualcommの「Snapdragon X」シリーズだった。

Copilot+ PCはまずQualcommの「Snapdragon X」シリーズからスタート

 Snapdragon Xは45TOPSのNPUを搭載していて、Copilot+ PCの条件を満たす。製品化のタイミングの問題ではあるが、Windows PCにおいてARM系を採用した製品が同時に多数出る、というのは過去になかったことだ。

 マイクロソフトは「Surface Pro」「Surface Laptop」の新モデルを発表した。もちろんどちらもSnapdragon X搭載だ。

Snapdragon X搭載の「Surface Pro」

 ご存知のように、ARM向けのWindows 11(Windows on ARM、WoA)はx86向けアプリをエミュレーションで動作させる。プロセッサーの性能は上がったし、エミュレータの性能も向上している。そして確かにARMネイティブなアプリも増えた。とはいえ、ARM搭載PCを選ぶことにリスクを感じる人もいるはずだ。

 一方でマイクロソフトは、今回非常に強気だ。そう言わざるを得ない面もあるだろうが、だとしても「Snapdragon Xシリーズ搭載のCopilot+ PC」の完成度にはかなり自信があるように見受けられる。

 特に今回は、Appleシリコン搭載のMacBook Airと比較するデモが非常に目立った。それもそのはず。マイクロソフトはAppleシリコン登場の時期から、QualcommとともにARM版Windows 11搭載PCの完成度を上げるべく「シフトアップ」していたからだ。Appleシリコン移行後のMacの性能と消費電力のバランスを超えるものをWindows PCに求めていたのは明白であり、そこでQualcommに大きく期待した……ということだと理解している。

新Surfaceでは明確にMacBook Airをライバル視

 今回のCopilot+ PCがどのくらいの実用性を備えているのか、実際に色々と試してみるまで実力の程はわからない。

 だがマイクロソフトが「インテルかAMDか」ではなく、「インテルかAMDかQualcommか」の三つ巴を期待しているのは間違いない。インテルやAMDのCopilot+ PC向けプロセッサーも、単にNPUが搭載されるだけでなく、パフォーマンスと消費電力、発熱のバランスなどが大きく変わる可能性が高い。

 そう考えると、「Copilot+ PCのラインナップが揃うまでPCの買い替えは待て」と言いたくなってくる。

Copilot+ PCの目玉機能は「Recall」

「物忘れのカバー」もAIに アプリからAIを活用する基盤を再整備

 マイクロソフトはCopilot+ PCで、Windowsにさまざまな機能を搭載する。もっとも価値がわかりやすいのは「Recall(回顧)」と呼ばれる機能だ。

 PCが定期的にスクリーンショットを撮り、その内容をオンデバイスAIが解析してインデックスを作ることで、PCを使っている時の「物忘れ」対策をする。

 要は「この前見た青い服、正確にはどんなのだった?」「この前見た資料で出てきたフレーズ、どんなのだっけ?」といった感じで、人間の脳内にある曖昧な記憶をカバーするような機能だ。PCに表示される画面はプライバシーや機密の塊なので、当然クラウドは使わず、情報もAIの学習に使われることはない。

赤い車を描いた作業があれば、その様子を「赤い車」という文章から見つけ出すこともできる

 重要なのは、こうした機能が「Windows Copilot Runtime」というフレームワークでカバーされることだ。

Windows Copilot Runtimeにより、Windows 11上でのアプリからのAI活用を加速

 Windows Copilot Runtimeからはクラウド上のCopilot(GPT-4o)を呼び出すこともできるし、オンデバイスAIを使うこともできる。マイクロソフトは自社で開発していた「Small Language Model(SLM)」である「Phi-3」をベースにした「Phi-Silica」を組み込んでおり、画像認識を含め40以上のモデルをWindows Copilot Runtimeから使えるようにしている。

オンデバイスAIの1つとして、Small Language Model(SLM)」である「Phi-Silica」を搭載

 Windows Copilot Runtimeによって「Windows 11上のアプリケーションからAIを活用する枠組み」を強化することが、Copilot+ PCの狙いでもあるのだ。

ナデラCEOは、クラウドも含め「Copilot」全体の価値向上を説く

クラウドのAIもさらに強化が続く

 PCにおいてオンデバイスAIが使われるようになっても、結局のところクラウド「も」重要であることに変わりはない。

 オンデバイスAIにできることは限られており、最新のChatGPTで実現しているような解析や要約をするには、今後も当面クラウドで動くAIを使うことになる。

 Microsoft TeamsやMicrosoft365でのCopilotはクラウドベースであり、着実な進化を遂げていく。

 今回Buildで発表された機能の中でも興味深いのは、「Team Copilot」と呼ばれるものだ。これは生成AIを使って日々の作業を自動化するもの。例えばTeamsでの会議について、裏で自動的に書き起こしをしつつ、必要なファイルやスケジュールの共有、外部へのメールの送信など、「会議の際にアシスタントスタッフがやってくれそうなこと」の一部を自動化し、1つのツールで実現する。

「Team Copilot」。会議の書き起こしなどだけでなく、メモ作成や関連情報の手配など、チームの一員としてAIが仕事をサポートする

 そもそも、オンデバイスAIで使われる生成AIの言語モデルも、学習と開発には高性能なクラウドインフラが必要とされている。

 数年前まで、クラウドでの「AI向けの演算資産」はそこまで大きくなかったが、生成AIの活用が進むにつれて拡大ペースは進んでいる。

AIに関するワークロードは2019年以降急速に拡大

 GPT-4に代表されるLLMも、賢さが強化されつつ効率の向上も進んでいるわけだが、LLM自身、世代が変わるごとに必要とする演算力が大きくなっていくわけで、この傾向は当面変わりそうにない。マイクロソフトなどのビッグテックはGPUを中心とした計算資源への投資を続けており、BuildでもNVIDIAとの関係を強調している。こうした動きに正面から対抗できるのは、世界でもごく限られた企業だ。

 一方で、AI自体を活用するアプリケーション開発ではいろいろな可能性がある。参入障壁が低いので競争も苛烈となるが、ビジネスのパイも大きい。

 マイクロソフトがBuildに合わせてCopilot+ PCを発表したのも、結局のところ、ソフトやサービスを開発する基盤として利用して欲しいからだ。

 オンデバイスAIで実現されるものは「Windows 11に搭載される機能」で測るのではなく、「Windows 11+Copilot+ PCで実現するアプリやサービス」という観点で考えなくてはならない。

 PCの買い替えサイクルは長くなっていて、出荷ペースも落ちている。ある意味マイクロソフトは、現状を変えるカンフル剤としてCopilot+ PCを発表したのである。

 

筆者紹介――西田 宗千佳  1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。取材・解説記事を中心に、主要新聞・ウェブ媒体などに寄稿する他、書籍も多数執筆。テレビ番組の監修なども手がける。主な著書に「生成AIの核心:「新しい知」といかに向き合うか」(NHK出版)、「メタバース×ビジネス革命 物質と時間から解放された世界での生存戦略」(SBクリエイティブ)、「ネットフリックスの時代」(講談社)、「ソニー復興の劇薬」(KADOKAWA)などがある。

 

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