『陰実』のDiscordが熱い理由は、公式ではなく「公認」だから!?
ASCII.jp / 2024年11月24日 15時0分
〈前編はこちら〉
『陰実』人気の秘密はDiscordにあり!?
劇場版も控える人気作品『陰の実力者になりたくて!』。今回注目したのは、『陰実』ファンが集う公認Discordサーバー。さまざまなメディア展開を越えてファンが語り合う熱量の高い場所で、まさにファンコミュニティーの最前線と言える。
前編に引き続き、ゲーム「陰の実力者になりたくて!マスターオブガーデン」のマーケティングディレクター・小川文也さんに、Discordサーバー管理の実際、ゲームオンリーではなく『陰実』全体のコミュニティーとして立ち上げた理由など幅広くお話をうかがった。
『陰の実力者になりたくて!』introduction
「陰の実力者」
それは、主人公でも、ラスボスでもない。普段は実力を隠してモブに徹し、物語に陰ながら介入して密かに実力を示す存在。この「陰の実力者」に憧れ、日々モブとして目立たず生活しながら、力を求めて修業していた少年は、事故で命を失い、異世界に転生した。
シド・カゲノーとして生まれ変わった少年は、これを幸いと異世界で「陰の実力者」設定を楽しむことにする。「妄想」で作り上げた「闇の教団」を倒すべく(おふざけで)暗躍していたところ、どうやら本当に、その「闇の教団」が存在していて……?
ノリで配下にした少女たちは勘違いからシドをシャドウとして崇拝し、シドは本人も知らぬところで本物の「陰の実力者」になっていき、そしてシドが率いる陰の組織「シャドウガーデン」は、やがて世界の闇を滅ぼしていく――。
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『陰実』のDiscordが公式ではなく「公認」である理由
小川 『陰実』のDiscordの立ち位置は「公認」なんです。公式でもなければプレイヤー派生でもなく、公認としてメディア運営に長けたナイル株式会社さんに運営してもらっています。
まつもと それは結構重要ですね。
小川 公認にしたのは、公式のコミュニティーとしてゲーム運営が管理人になった場合、『公式が常に見ているという意識が生まれ、自由な発言の抑制や話題の方向性に制限がかかり、活発な場になりにくいのではないか』と考えたからです。また、公式が見ていることは、お問い合わせやご意見に関する投稿が増加するとも考え、ファンコミュニティーではなく、ご意見どころという側面が強くなってしまうと考えました。
まつもと わかります。なんというか、“お客様とお店”以上の関係になっちゃうんですよね。それに、お問い合わせって、早期回答を当然希望されますが、想像以上にさまざまな関係部署との打ち合わせと合意を経ないと公式見解を答えられないものですから、期待された早さを提供するのは難しいですよね。
小川 お問い合わせやご意見に関する投稿が主のコミュニティーになった場合、そこは不満の吐き場所となります。こうなると、空間の方向がネガティブに向かい、参加者の居心地が悪くなると考えました。とは言え、プレイヤーの自主的な動きに任せる“自発”も難しいと考えています。
距離感が近い同好の士がそれぞれ集まって……という、要するにギルドコミュニティーが個々に作られることはあっても、自分たちで『陰実』のデカい総合コミュニティー作ろうぜ!」とはならないと考えました。
一方、私たちとしては“ファンみんなが集まり自由に話し合える場所”を作りたいという思いがありますので、ギルドではなく公式でもない、中間の立ち位置として「公認」というかたちにした、というのが背景としてあります。
まつもと なるほど。コミュニティーが公認だということはアナウンスされているわけですか?
小川 ゲームから参加を促すときも「公認Discord」と言っています。
まつもと サーバールールの最初の投稿を見ていますが、確かに「公認コミュニティへようこそ」と宣言されていますね。
公認だから生まれる「共助」の雰囲気
小川 はい。公認ならば、プレイヤーさんからゲームに対しての意見も言えますし、管理側のナイルさんも、「では(ゲームの)運営さんにお伝えしますね」とお返しできます。そして公認は文字通り公式に認められているので、その意見はきちんとゲーム開発に届いてるという安心感にもつながります。実際、さまざまな意見を伝えてもらっています。
そして、もう1つ重要なのが、そうしたプレイヤーさんの質問に対してほかのプレイヤーさんが返答する可能性もあることです。
まつもと 共助的なコミュニティーが誕生している。
小川 そうですね。ナイルさん含め私たちが常に即答するのは難しいんです。適当にお返しすることはできないので、プレイヤーさんにIDなどをうかがって、状況を調べて……と、1つのご意見・ご質問も回答するまでに時間がかかってしまいます。
そんなときにほかのプレイヤーさんが、「こういうことをしてみたら?」という回答をしてくれることがあります。
ここが重要で、ゲームに限らず、あらゆるお客様対応において、企業側が「1度こういう操作をしてみてください」と返して、解決しなかったら、お客様にはストレスと不信感が溜まります。なので、公式側はできるだけ正確に回答する様にさまざまなヒアリングや検証を実施します。そうすると、プレイヤーさんの負荷も解決までの時間も増えてしまいます。
でも、同好の士に言われてやってみる解決策は、お問い合わせ対応よりも迅速ですし、これで解決しなくても、「うーん、これじゃなかった!」という程度のやり取りになります。この温度感の違いってすごくあると思っているんです。
まつもと もしほかのプレイヤーさんからの助言で解決するなら、困っている方もわざわざ“お問い合わせ”をせずに解決できますし、御社としてはそのぶん、それでも解決しないような問題の調査に集中できて問題解決速度が上がりやすくなる。結果的にみんな得するわけですね。
Discordの仕組みが心地よさを生む
まつもと チャンネルを順番に見ていくと、自己紹介チャンネルまであって、みんなで運営する空気感もあるし、お知らせでゲームやアニメの公式Twitter投稿と連携させたりはするものの、あくまでここは公認の場だから、“公式からの情報をここにも流している”くらいの位置づけになっているのですね。
一方、たとえば私が面白いなと思ったのが「シチュエーション募集」とか「拡散チャレンジ」ですね(編註:現在は終了済)。公認コミュニティとは言えど、このあたりはそこはかとなく公式色が見える仕掛けだなあと思ったりしました。
小川 公式との連携は強めにやっています。たとえば「グッズ情報」チャンネルでは、情報を適宜ナイルさんにお伝えして投稿してもらっています。
そして「シチュエーション募集」や「拡散チャレンジ」は連動キャンペーンですね。前者は周年記念の生放送との連動で、後者は“達成したらゲーム内アイテムがもらえる”という内容の連動です。
まつもと 公認という立て付けなので、公式色の強い情報を提供することもできるし、ちょっと一歩引いて「ファン同士で楽しんでください。私たちはその場所を確保します」という立ち位置でもあると。
小川 そうなんです。私たちにとってもちょうど良い距離感でプレイヤーさんとつながれる場所だと思っています。
まつもと 全体的にすごくポジティブなのは、公認という立て付けならではの雰囲気が関係しているかもしれませんね。
小川 クローズドな空間だから人目を気にせず話せる、つながれる相手がいる、というところがDiscordでコミュニティーを作る最大の利点だと思っています。対してX(Twitter)やインスタは、すでに立場や趣味によって複数アカウントを使い分けて発信することが日常茶飯事になっています。
まつもと サブアカ、裏アカと呼ばれるものですね。
小川 はい。社会人としてのプライベートアカウントと、趣味人としてのアニメアカウントを使い分ける、みたいな。となると、常に“自分を見ている相手”のことも考えて発信しなければならないので、(ほかのSNSは)好き勝手に喋れる場所ではなくなっているのですね。
逆にDiscordは『もうここには同好の士しかいないから、余計な心配は要らない。アカウントを分けなくてもサーバーを分ければOK!』と割り切ってすみ分けられるのがすごく良いところだと思っています。だからこそ、深いつながりを得やすいんじゃないかなと。
オピニオンリーダーの意見と「実際の数字」が乖離していることも
小川 ただ一方で、クローズドな空間だからこそ、発信回数の多い人がオピニオンリーダーになりがちで、“その人の言うことはコミュニティー内の多数派の意見だ”という誤解が生まれやすいとも思っています。
そしてオピニオンリーダーの意見に反対することは、場の空気としてすごく難しい。それでもオピニオンリーダーがポジティブなときは良いのですが、たとえば過去に実施した、あるイベントではコミュニティー全体がネガティブな雰囲気になってしまいました。
これが難しいのは、(ゲーム運営側が確認できる)数字はすべてにおいてポジティブな結果が返ってきていても、Discordでは『あのイベントは引退者も続出して効果がなかった』という、実態とかけ離れた印象を持たれてしまうことです。
まつもと 数字を知っているゲーム運営側としては歯がゆい状態ですね。たとえばファシリテーションをすると言うか、介入することは……。
小川 基本しないようにしています。もちろん運営のナイルさんはプレイヤーとコミュニケーションを取っていらっしゃいます。それを止めるつもりもありませんし、むしろそれが好かれている側面でもあると思っています。
一方、何度かナイルさんから、「周年記念のタイミングでコミュニケーションしてみませんか?」とお話はいただくのですけれど、そこは毎回お断りしています。
まつもと そこは会社もしくはプロデューサーの姿勢によってさまざまですよね。「カゲマス」の場合は前面に出ないコミュニケーション、関係を目指していらっしゃると。
小川 また、Discordでアンケートを取ると、当然「“●●●”はやめて!」といったネガティブなコメントもいただくことがあります。それに対して「検討します」という、どっちつかずの返答をしたまま、その施策を実施した場合、「あのときの回答は何だったんだ」「不誠実じゃないか」という意見が出るでしょう。
逆に「“●●●”はやりません」と断言もできません。前述したように、プレイヤーさんが持たれている印象と実態が異なることもあるためです。だからと言って、「第2弾を検討しています」とも言えません。
まつもと コミュニティーの空気と現実の結果が必ずしも一致しないというのは興味深いですし、その乖離を埋めるのも容易ではないこともわかりました。それこそ今後、作品同様にコミュニティーもまた歴史を積み重ねていきますから、長期的な信頼関係の構築の果てに解法が見えてくるのかもしれませんね。
ゲームでは原作者監修のもと、小説・アニメを補完していく
まつもと あと気になっているのは、他メディアとの連携周りです。たとえば、製作委員会のレベルで「この設定はゲーム初出でいきます」といった割り振りがあるのか、あるならばDiscordでそうした要素をどのように見せていくのかなどが気になります。
小川 ゲームオリジナルの衣装などはありますが、公式設定としてゲーム初出になるものはないと思います。あくまでも我々は“原作やアニメで描かれていない部分に対して、逢沢先生にご監修いただいた公式シナリオを発表する”というスタンスなので。
まつもと 原作を補完したり、隙間を埋めていくスタンスなのですね。わかりました。そしてシナリオやビジュアルには、原作者の逢沢先生や製作委員会の確認が入っていると。
小川 はい。そして実は、メディア連携に関してDiscordが絡むことはほぼありません。むしろファンのみなさんが自由に発言する場所という認識でおりますので我々からは干渉しない、というスタンスを取っております。
先ほどおっしゃっていたシチュエーション募集は、オフィシャルからお願いしたものです。コンテスト案が先に存在しまして、その展開先をX(Twitter)、Discord、pixivに3分割したものになります。
まつもと 興味深いのが“アニメまたはゲームに未登場のキャラクター描写は使用しない”という注意書きです。あくまでも既存のキャラクターと設定によるシチュエーションを募集しますと。そして優れたものには賞品としてデジタルアイテムがプレゼントされる。……そのシチュエーションがゲームで採用される、といったことは?
小川 ゲーム内採用は今のところ予定にありません。これはあくまでも“アニメや漫画が好きな人なら絶対に一度はしたことがあるはずの妄想シチュエーションを公式がイラストとして提供しますよ”というコンテストなので。
まつもと なるほど。これは“公式が描いてくれる”というところが大きいわけですね。
小川 そうですね。二次創作ではなく公式、それもアニメに近いタッチを目指して日々制作している私たちが描きます。
まつもと なるほど。設定的な初出要素はないものの、プレイヤーが妄想するシチュエーションを公式がイラストにするといった、“一瞬の夢を見てもらう”ことはアリなのですね。
小川 はい。私たちスタッフ一同も“陰実ファン”なんです。ですからDiscordに限らず、水着イベントのときはイメージビデオのような専用PVを作ったり、『このキャラは2人きりだったら、こんなことを言ってくれそう』みたいなシチュエーションをテレビCMにしたり……。
私たちはできるだけファンが見たいもの、やってほしいことを提供するように心がけています。
まつもと ここまでお話を聞いていて思ったのは、線引きはかなりプレイヤーに寄り添う一方、ゲーム本編にお遊び要素を取り込むことはせず、あくまで原作を大事するという、ある意味バランス感覚の良さが光りますね。
アニメとゲームでコミュニティーを分けなかった理由
まつもと あらためてうかがいたいのですが、“アニメとゲームでコミュニティーを分けなかった理由”は何でしょう?
小川 分けなかった理由としては、やはりこのコミュニティーを『陰の実力者になりたくて!』という“作品の”ファンが集まる場にしたかったからです。
先ほどお話したように、Discordの大きな利点は同好の士を見つけられることだと思っています。「カゲマス」はあくまで『陰の実力者になりたくて!』を元にしたゲームなので、我々は「カゲマス」が好きな人=『陰実』を好きな人だと思っています。
であればこのコミュニティーは『陰の実力者になりたくて!』を好きな人が集まる場であって、「ゲームだけ」などと分けるよりは、すべてを統合したコミュニティーとして最初からあるべきじゃないかと判断しました。
コミックしか読まない人が来ても良いし、アニメで『陰実』を知った人がいても良い、ゲームしかやらない人がいても良い。ともかく『陰実』が好きならOK! という思いで作ったわけです。
まつもと もはやこの公認Discordもメディア展開の1つになっていて、かつファンコミュニティーそのものもミックスされている、という状態がすごく面白いですよね。
小川 これは版元さんの協力がないと絶対に成しえないものだと思っています。特にDiscordは先ほどから何度か話題に出ている通り、まだ一般認知度が低めのサービスです。『何となく存在は知ってるけれど、触ったことはないし、なんだかアングラなイメージもあるよね』みたいな人がまだ多い。
そんななかで理解と協力をしてくださっている、特にアニメや原作の制作に携わられている方々には本当に感謝してもしきれないと思っています。
まつもと 運営のある種のコストをAimingさんが担っていらっしゃる。でも、そこに原作やコミック、アニメのコミュニティーもあって、版元や製作委員会、そして御社もそこに手間をかけるだけの価値があると認めている、と。よく考えると珍しい状態ですね。
小川 最初は「Discordって何ですか?」というところから始まりましたが、今では「非常に大事な場だと思っている」というお声をいただいていたりしています。
もちろん最初期から公式サイトにDiscordへのリンクを置いてくださったりと、協力的に動いていただけていました。
まつもと 確かに、Discordへのリンクは珍しいのでインパクトありましたね!
公認Discordに『陰実』情報を集約
まつもと たとえば、X(Twitter)の場合はエンゲージメントなどさまざまなKPIが分析しやすいわけじゃないですか。Discordにはそういった評価やデータを吟味したうえでの取り組みはあるのですか?
小川 ナイルさんから定期的に訪問者数や発話数といったデータのレポートをいただいています。たとえばアニメ放送中は話題が豊富にあるので発話数が上がりますし、そうじゃないときはどんな話題をこちらから提供しようか? と考えながら運用させていただいています。
まつもと では最後に、『陰実』はDiscordの熱量を見てもわかる通り、これから盛り上がっていく作品ですが、小川さんの立場から今後についての抱負や目標があれば。
小川 Discordの部分にフォーカスしてお話させていただくと、『陰の実力者になりたくて!』という作品は今後、まだまだ大きくなる作品だと思っています。Discordはそんな作品の“総合コミュニティー”という立ち位置ですので、作品と一緒にコミュニティー自体も成長させたいなと。
そのためには、ファンが増えたり集まったりするだけに留まらず、きちんと関連情報が集約される場所にしていきたい。ゲーム情報はもちろん、アニメ側にご協力いただいているグッズ展開情報や店舗タイアップのような、常に追い続けないと気づきにくい情報まで、『ここに来れば整理されているから便利だ』と思っていただける場所になれればと。
まつもと X(Twitter)は情報があっという間に流れていってしまい、履歴も追いにくかったりするわけですが、話題ごとにチャンネルを設定できてアーカイブもされるDiscordはファンコミュニティーとしてメリットだらけですよね。本日はありがとうございました。
〈前編はこちら〉
筆者紹介:まつもとあつし
IT・出版・広告代理店、映画会社などを経て、ジャーナリスト・プロデューサー・研究者。NPO法人アニメ産業イノベーション会議理事長。情報メディア・コンテンツ産業に関する教育と研究を行ないながら、各種プロジェクトを通じたプロデューサー人材の育成を進めている。デジタルハリウッド大学院DCM修士(専門職)・東京大学大学院社会情報学修士(社会情報学)。経産省コンテンツ産業長期ビジョン検討委員(2015)など。著書に「コンテンツビジネス・デジタルシフト」(NTT出版)、「地域創生DX」(同文舘出版)など。
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