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『第七王子』のEDクレジットを見ると、なぜ日本アニメの未来がわかるのか

ASCII.jp / 2024年7月13日 15時0分

アニメ『転生したら第七王子だったので、気ままに魔術を極めます』を制作したアニメスタジオ「つむぎ秋田アニメLab」櫻井司社長へのロングインタビューを前後編でお届けする

〈後編はこちら〉

人気急上昇のなろう原作アニメが、他作品とひと味違う理由

 たびたびX(Twitter)のトレンド入りを果たすなど、テレビアニメ『転生したら第七王子だったので、気ままに魔術を極めます』(以下、『第七王子』)が好評だ。

 実はこの作品の制作スタジオ「つむぎ秋田アニメLab」の本社は秋田県にあり、プロダクション成果物の多くを内製で生みだしている。2024年5月にはバンダイナムコフィルムワークスとの業務提携が発表されたことでも注目を集めた。

 元請け・下請けの関係が複雑に絡み合い、海外への依存度も高い一般的なアニメ制作とはまったく異なるプロセスで生み出された本作の舞台裏について、スタジオの代表・櫻井司さんに詳しく話を聞いた。

『転生したら第七王子だったので、気ままに魔術を極めます』

『転生したら第七王子だったので、気ままに魔術を極めます』 イントロダクション

魔術に大切なものは、“家柄”・“才能”・“努力”……。魔術を深く愛しながらも、血筋と才能に恵まれずに非業の死を遂げた“凡人”の魔術師。死の間際に「もっと魔術を極め、学びたかった」と念じた男が転生したのは、強い魔術の血統を持つサルーム王国の第七王子・ロイドだった。

過去の記憶はそのままに、完璧な血筋と才能を備えながら生まれ変わった彼は、前世では成しえなかった想いを胸に、桁外れの魔力で“気ままに魔術を極める”無双ライフをエンジョイする!

ライトノベルを原作とし、マンガアプリ「マガジンポケット」(講談社)で連載を開始したコミカライズはアプリ内セールスランキング1位を記録し、シリーズ累計発行部数は300万部を突破! いま最も注目される“転生異世界ファンタジー”が満を持してアニメ化!

舞台となるのは獣や魔人が巣食う異世界。本作では魔術に通じる者たちが恐れを成すほどの絶大な魔力を持つロイドが、自身の興味の赴くままに魔術を学び、極めようと成長する姿が描かれていく。ちょっぴりお気楽だけど、強大な力で圧倒していく魔術バトルの爽快感と迫力が詰まった、“第七王子”による気ままな転生物語が今はじまる!

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  • 転生したら第七王子だったので、気ままに魔術を極めます (講談社ラノベ文庫)謙虚なサークル、メル。講談社

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  • 第1話 第七王子に転生しました小市眞琴、ファイルーズあい、Lynn、関根明良、高橋李依、堀江瞬、広瀬裕也、熊田茜音、松井恵理子、玉村仁

こんなエンドクレジット見たことない!

―― 『第七王子』のエンドクレジット(エンディングで表示されるスタッフクレジット)が、ほかの一般的な作品と大きく異なることに驚いた業界関係者も少なくないはずです。そして、そのことが本作が安定したクオリティーで制作されていることと大きく関わっています。まずはクレジットを見ながらお話をお聞かせいただければと思います。

テレビアニメにおいて、脚本および演出・絵コンテの顔ぶれが変わらないのは異例のことだ

櫻井 まず、通常のテレビシリーズアニメの場合、話数ごとに脚本、演出・絵コンテの担当は異なっているのが普通ですが、本作では全話同じになっています。

―― それが可能なのも、その後に続く工程が従来と大幅に異なるからですね。次のクレジットを見て、私も大変驚きました。本来まったく違う担当領域である3Dレイアウト・原画・線撮を同一のスタッフが手掛けているのですね。

アニメ制作に詳しい人ほど『……誤植だよね?』と思ってしまうようなクレジット表記が続出する

櫻井 やってます! 弊社は3D班を置かず、Unreal Engineを用い、みんなが従来の工程をまたいで作業する体制をとっています。

絵コンテ代わりの“アニマティクス”とは?

―― 二原(第二原画)は、海外(鉄人動画)にも発注しつつ、動画班が手掛けているというのも特徴的です。そして動画検査を、なんと原画班が担当している……!

原画班が動画検査を! また、海外依存度の高い動画・仕上もできる限り社内で担当している

櫻井 原画班みんなでやっています。

―― 元々、動画・仕上を一括で手掛けるのが御社の強みでした。そして動画・仕上は特に海外依存度の高い工程(参考記事)ですが、つむぎ秋田アニメLabでは国内で、かつ動画を担当した人がそのまま仕上まで担当するわけですね。そして、CG周りのクレジットも特徴的です。

背景とCG周りのクレジットこそ、つむぎ秋田アニメLabの特徴と優位性を示すものだ

櫻井 先ほど3D班を置かないと言いましたが、背景班が背景・3D背景モデリング・2DCGモニターグラフィックを担当します。作画班もCGはひととおり作業できるようになっています。

―― 背景や作画の担当者がCG周りのほとんどを担える工程や育成を進めているわけですね。どうしてそうなっているのか、なぜそれが可能なのかについてはこのあと詳しく。さて、次のクレジットでもあまりアニメでは見かけない役割が登場します。このアニマティクス編集というのは……?

アニマティクス編集とは?

櫻井 海外のCGアニメ作品でよく用いられる用語なのですが、我々は絵コンテではなく、線撮を粗編した画像(イニシャルカッティング)の横に文字で演出や編集の指示を加えたものをアニマティクスと呼んでいます。

 Vコン(ビデオコンテ)に近いものですが、動きを確認するだけでなく、複数の部署が関わって最終的にどんな映像にしたいのか、という意識合わせのために用いています。

―― なるほど! エンドクレジットで“絵コンテ”と書かれている中身が“アニマティクス”というわけですね。そういえば、Xの投稿動画を見て気になったのが、縦に並んだ大量の“黒い四角形”です。あれはいったい何でしょう?

櫻井 あれは作中に出てくる“呪文束”です。最終的に特殊効果や撮影で加えていくため、アタリとして入れています。通常、絵コンテを中間成果物として製作委員会などに納品することが多いのですが、本作ではこのアニマティクスを用いています。

 絵コンテって、アニメ業界人以外はなかなか読み解けないので、よりわかりやすく完成映像をイメージできるアニマティクスのほうが適している、という考え方です。

 海外の場合は、これに声が付いていたりもしますが、日本人は字幕に慣れていますから、あえて文字情報をしっかり入れることでスタッフともイメージの共有を図っています。

―― アニメスタジオでよく見かける、“絵コンテが出来上がったら、コピー機をフル稼働させて制作進行が各所に配る”という作業が要らないのですね。デジタルで一斉に共有できるから。

櫻井 そうですね。社内でもアニマティクスを見ながら打ち合わせします。動きも確認できるので、イメージの食い違いが生じにくいわけです。

―― ただ、そうすると従来の絵コンテとは異なる作業が必要となり、位置づけも変わってくると想像します。

櫻井 はい。従来絵コンテで進めていた作業は字コンテで進めます。そして字コンテからアニマティクスを作成するのですが、演出担当にUnreal Engineの使い方を覚えてもらったうえで、まずレイアウト・ラフ原を作成し、それを元にアニマティクスができる、という順番です。

―― よくわかりました。そして、ある意味比較となっているのが、オープニングのスタッフ表記ですね。こちらは従来の作り方なので“見慣れた”クレジットになっています。このあとも出てくるお話かと思いますが、本編では置かれていない制作進行もオープニングにはクレジットがあります。

(C)謙虚なサークル・講談社/「第七王子」製作委員会
OPは従来通りの制作手法が使われているため、クレジットも見慣れたものとなっている

櫻井 そうなんです。スタッフの数も本編より多いですね(笑) 一方で、弊社が担当したエンディングはほぼ2人で作っています。

―― 動きが少ない映像とはいえ、中村さんと小柳さんが、絵コンテ・演出・作画監督・撮影をこなしておられる……。

櫻井 原画管理の中村を中心に、ほぼ社内オンリーで完成させています。あと、これも珍しいと思いますが、編集と撮影監督を1人で兼ねています。

一方、EDはつむぎ秋田アニメLabが制作。クレジットを見ると極めてコンパクトな体制であることがわかる

ゲームエンジンが可能にしたアニメづくり

―― 制作工程を大きく組み替えることができた要因として、ゲームエンジン「Unreal Engine」の採用がありますね。このあたりをシリーズ構成、そして美術管理を担当された戸塚直樹さんにもおうかがいしたいと思います。

櫻井 きっかけは、文科省のアニメーション人材育成調査研究事業「あにめのたね」への参加でした。『龍殺ノ狂骨』という作品を技術承継プログラムで制作したのですが、その際に文芸部の戸塚にUnreal Engineでの背景作りを試してもらい、感触をつかんでもらいました。

 『第七王子』は、その手法をいかに現場に落とし込むかという実践でもありました。

戸塚 『第七王子』では、イメージBG(キャラクターの心情などを表現するためのイメージ的な背景)以外の実景BGはすべてUnreal Engineで作っています。

―― ゲームエンジンをアニメ制作に用いようとする試みは色々とありますが、先ほどのアニマティクスのよう、に絵コンテの代わりの1つとなるVコン(ビデオコンテ)の段階で取り入れるなど、プリプロダクションの段階が中心であるように思えます。

 その主な理由は、配置を試すような仮組みを目的としているならば十分でも、アニメ映像のなかでそのまま活かすには、演出の意図を満たす表現にならない、という課題があるようです。そうした状況のなか、完成映像の背景に採用することは思いきった決断だったのでは?

戸塚 他社さまではレイアウトに用いる例も多いと聞きます。でも、先ほど櫻井が紹介したように、本作ではアニマティクスの段階で背景がすでに入っています。ということは、レイアウトを切るときに、BG(背景)のモデルが存在しないといけません。

 私の本職は脚本家です。各場面にどんな背景が必要かは、自分で書いている脚本の段階でわかります。具体的なデザインも『第七王子』のコミックに手がかりがあります。

 そこで、大量の写真参考を用意してUnreal Engineの作業担当者と方向をすり合わせ、早い段階で(アニマティクスに用いる)ラフなBGモデルを作成してもらっています。

 そこから、ラフBGモデルも入ったアニマティクスを元に、アニメーターがレイアウトを切るわけです。具体的には背景班がUnreal Engineで作成した3Dの背景に作画班が3Dキャラクターを配置して、カメラの位置を決めます。その後、作画とBGを完成させる作業に工程は分かれていきます。

―― 現在一般的な、作画とCGのハイブリッド工程ともまた異なるフローになるわけですね。

櫻井 実景で用いる背景がシーンごとに異なるカメラ位置だったとしても、3Dですべて揃っていることになります。VRゴーグルを付ければ作中の世界を歩き回ることだってできちゃいます(笑)

―― たとえば、第1話で剣の稽古をする庭園(激しい剣戟や魔術の行使を通じてキャラクターのスキルや性格が端的に説明される)や、その後の浴場のシーンなどもUnreal Engineで作成した3Dモデルが実寸で用意されているわけですね。

戸塚 アニマティクスの段階では、3Dモデルはまだラフの段階なので、レイアウト確定後、加筆修正を加えて完成させる必要がありますが、柱の位置や屋根の形など構造や配置はラフ時点で確定しています。

Unreal Engineなら“アニメの舞台でロケハン”できる

―― アニメは写生と違って、パースなどのレイアウトで嘘をつく(デフォルメ)ものだとよく指摘されたりもしますが、実寸で用意するとそのあたりの演出は逆に難しくならないのですか?

戸塚 そこは意外と、どうにでもなります(笑) 3Dモデルの一部を拡大縮小することもできますし、基本の実寸が存在しても演出上の必要に応じて魚眼レンズ調にするなど、“パースを殺す”(実際の見え方と異なるように調整する)方法もあります。ちゃんと嘘はつけます。

 また、作画は結局描いてくれますから、3Dキャラクターのモデルをベースにアニメらしい嘘をつけば良い。3Dモデルがリアルであっても厳密にそれをなぞる必要はないわけです。

櫻井 簡易絵コンテの段階で監督もUnreal Engineを弄っています。これはいわば、アニメの舞台でロケハンしているようなものです。だから実写に近い作り方とも言えます。でも実写と違ってその背景すら弄れるのです。

―― シリーズ構成の戸塚さんのみならず、玉村仁監督ご自身もUnreal Engineで作業されているのですね! アニメ制作の現場で用いられてきたMayaや3D MAXは、CGの専門教育を受けた人でないと、なかなか使いこなせなかったのですが、Unreal Engineは敷居が低いとも言えそうですね。

戸塚 使いやすいうえに基本無料です(笑)

3Dソフトウェアに使っていた年間75万円のコストが Unreal Engineならほぼゼロに!?

櫻井 2024年1月から放送された『明治撃剣―1874―』は、実は3D MAXで作業していました。3台のPCに導入したのですが、年間の使用料が当時1台25万円ほどでしたから、年間でおよそ75万円かかります。年中使っているわけではありませんから、ウチみたいなアニメスタジオだと結構厳しい。

 そんなときにUnreal Engine 5のデモを見て、「無料なのにレイトレーシング(光や影、反射などの表現演算)が凄い!」となったわけです。

 設計思想も、ゲームのアイデアを持っている人がおもちゃのように触って、CG専門チームからの制約を受けずにやりたいことを実現させようというコンセプトで、素晴らしいと思いました。レゴブロックのような感覚で3Dを扱えて、3Dを知らない人向けに作られているので『UIも難しくはないだろうな』と。

 そんな風に理解して、さっそく背景作りのデモ動画などをYouTubeで探しまくりました。すると、1シーンでしか使わないような背景をたった20分で作る動画を見つけたりしたので、さっそく前述の『龍殺ノ狂骨』で戸塚に使ってもらい、『これで作品を作れたらラッキーだな』ぐらいに思っていたのですが……結果、我々的には上々の結果が得られました。

 そこで『これなら誰でも扱える』という確信を持ってテレビシリーズ制作に導入した、という経緯ですね。

―― 戸塚さんは櫻井さんから「Unreal Engineを使って作ってみて」と言われたときは、どんな風に受け止めましたか?

戸塚 当時はまだバージョン4で、5はデモしかなかったのですが、やはり私も『これは凄いのが来るぞ。老後の趣味にしよう』と思ってました。すると櫻井から「すぐ使ってみて」と(笑)

試行回数の増加とフィードバック速度の向上が強み

戸塚 でも触ってみたら使いやすかったんです。現在ほど情報は揃っていませんでしたが、それでも使いやすさは段違いでしたね。クリエイターが思い描いたものを、そのままレイアウトとして起こせるんですから。

 しかも、何回でも試せる。試行回数を増やすことでベストに近づけることができます。3D MAXなどと違い、専門家でなくても数時間触っていれば、すべての機能とは言いませんが、アニメに必要な一部の機能はある程度使えるようになります。楽で、しかも当時は無料だったので、これは素晴らしいなと。

―― リアルタイムレンダリングなので、テクスチャーおよび形や位置の調整などに関しても、変更してすぐに結果が確認できるのがゲームエンジンのメリットですね。

戸塚 それに加えて、作った後の監督チェックのフィードバックを即座に反映できますし、オンラインでつないで話し合いながらその場で直せます。作画チームもUnreal Engineを使っていますので、より良いレイアウトを試してすぐに監督チェックをもらえるんです。

 制作進行を介してのやり取りではなくなるので、何日か待つということもありません。とにかくチェックの戻しが早いのが強みです。

後編では、引き続き『第七王子』におけるUnreal Engine使用の実際、そして制作体制を変更するに至った理由と狙いについても語っていただく

〈後編はこちら〉

筆者紹介:まつもとあつし

まつもとあつし(ジャーナリスト・コンテンツプロデューサー・研究者)

 IT・出版・広告代理店、映画会社などを経て、ジャーナリスト・プロデューサー・研究者。NPO法人アニメ産業イノベーション会議理事長。情報メディア・コンテンツ産業に関する教育と研究を行ないながら、各種プロジェクトを通じたプロデューサー人材の育成を進めている。デジタルハリウッド大学院DCM修士(専門職)・東京大学大学院社会情報学修士(社会情報学)。経産省コンテンツ産業長期ビジョン検討委員(2015)など。著書に「コンテンツビジネス・デジタルシフト」(NTT出版)、「地域創生DX」(同文舘出版)など。

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