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日本アニメの輸出産業化には“品質の向上よりも安定”が必要だ

ASCII.jp / 2024年7月14日 15時0分

アニメ『転生したら第七王子だったので、気ままに魔術を極めます』を手掛けた「つむぎ秋田アニメLab」の櫻井司社長ロングインタビュー後編。引き続き、ゲームエンジンを使ったアニメ制作の実際などについて語っていただいた

〈前編はこちら〉

今こそ“クオリティーの安定”を目指すべき

 「Unreal Engine」というゲームエンジンの採用によって、アニメ制作の工程を大きく変化させることに成功したつむぎ秋田アニメLab。これまで縦割りだった工程をさまざまな役職のスタッフが越境しながらこなすさまは、『転生したら第七王子だったので、気ままに魔術を極めます』(以下、『第七王子』)のエンドクレジット表記で垣間見ることができる。

 だが、制作工程を大幅に見直した目的は、決してクオリティー向上のためではないという。今回は、日本アニメが輸出産業として成り立つには、向上よりも“安定”の確立こそが急務と語るスタジオ代表の櫻井司社長に、Unreal Engine採用のメリット、今後の展開などを広くうかがった。

 まずは前編に引き続きシリーズ構成、美術管理を担当された戸塚直樹さんに、『第七王子』でのCG活用の実際を解説していただく。

『転生したら第七王子だったので、気ままに魔術を極めます』

『転生したら第七王子だったので、気ままに魔術を極めます』 イントロダクション

魔術に大切なものは、“家柄”・“才能”・“努力”……。魔術を深く愛しながらも、血筋と才能に恵まれずに非業の死を遂げた“凡人”の魔術師。死の間際に「もっと魔術を極め、学びたかった」と念じた男が転生したのは、強い魔術の血統を持つサルーム王国の第七王子・ロイドだった。

過去の記憶はそのままに、完璧な血筋と才能を備えながら生まれ変わった彼は、前世では成しえなかった想いを胸に、桁外れの魔力で“気ままに魔術を極める”無双ライフをエンジョイする!

ライトノベルを原作とし、マンガアプリ「マガジンポケット」(講談社)で連載を開始したコミカライズはアプリ内セールスランキング1位を記録し、シリーズ累計発行部数は300万部を突破! いま最も注目される“転生異世界ファンタジー”が満を持してアニメ化!

舞台となるのは獣や魔人が巣食う異世界。本作では魔術に通じる者たちが恐れを成すほどの絶大な魔力を持つロイドが、自身の興味の赴くままに魔術を学び、極めようと成長する姿が描かれていく。ちょっぴりお気楽だけど、強大な力で圧倒していく魔術バトルの爽快感と迫力が詰まった、“第七王子”による気ままな転生物語が今はじまる!

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全社でUnreal Engineの習熟に取り組む

―― 前編では、Unreal Engineの採用によって従来の制作工程をまたいだ作業体制を構築することに成功し、大幅な内製率アップを実現したことなどをうかがいました。後編でも引き続き、改善した作業工程の実際をお聞きしていきたいと思います。

 それにしても、Unreal Engineはコストダウンを考えるうえでも魅力的ですね。

櫻井 ハリウッド映画でも使われているようなソフトが基本無料で提供されていて、しかも一般的なスペックのPCで動作するわけですから、これを使わない手はありません。小学生でも遊びながら学べますから、10年後にはきっと化け物みたいなクリエイターが業界に入ってきますよ。恐ろしいですね(笑)

―― たしかに(笑) そして、アニメにおけるCGの活用といえば背景だけでなく、クルマやキャラクターなどを動かすという部分も重要です。

戸塚 カットを構成するモノによっても異なりますが、魔法の結界がビュンビュン動いているシーンなどでは、背景モデルは背景班が用意し、動くオブジェクトについては基本的にアニメーターが動きを作っています。

 たとえばギザルム(敵)が放つ魔槍は、モデリングは背景班が作り、動きはそれを得意とするアニメーターが付けています。

―― 先ほど櫻井さんも3D班がない、というお話をされていましたが、CGが絡むシーンでも背景班とアニメーターが協力して1つのシーンを完成させているわけですね。

戸塚 本作に合わせたゼロからの工程設計でしたので、はじめに私がマニュアルを作って背景班に覚えてもらい、彼らがレイアウト用の3Dモデルを用意したうえで、簡単なモノの動かし方を今度はアニメーターに覚えてもらう、という手順を踏みました。

 そのあとはUnreal Engineに習熟した背景班メンバーが作画メンバーに教えたりなど、技術を介した交流も生まれていきました。いったん基本的な操作を覚えてしまえば、私よりもずっと習熟が早いので、あっという間に追い抜いていきましたね(笑)

戸塚氏が作成したマニュアルの一部。Unreal Engineをアニメ制作で使用するためのTIPSがまとまっている

―― Mayaや3D MAXに比べればたしかに直感的に使えるとは思いますが、習得に時間が掛かったり、現場が混乱したりするようなことはなかったのでしょうか?

戸塚 ありませんでした。以前のように習得に数ヵ月~数年掛かるといったこともなく、使いながら、遊びながら、アニメ制作に必要な部分を中心に覚えていった感じですね。YouTubeで見られるチュートリアル動画をマネしつつ。

―― デジタル作画を担当しているアニメーターのみなさんが、デジタルアニメ制作で一般的なクリスタ(クリップスタジオペイント)に加え、ご自身でUnreal Engineを用いてCGも作成している、ということですね。

戸塚 その通りです。そもそものレイアウトがUnreal Engineで用意されていますから、彼らは必然的にUnreal Engineを開いて使わなければなりません。そのうえで、そこで動くCGオブジェクトもアニメーター自身が作ります。3DCGもすべてUnreal Engineですね。

櫻井氏がUnreal Engineの習得に用いたUdemy。数千円程度でオンライン講座を受講できる

制作フロアにはコピー機がない。なぜなら……

―― フルCGでアニメを制作しているスタジオ(参考記事)では、内製かつ社内サーバーを介してのやり取りになっており、制作進行を置かないというケースもありますが、御社のように作画アニメのスタジオでそれが実現できているというのは初めて聞きました。

櫻井 制作進行を置かない制作が可能なのは、Unreal Engineの採用も含めて工程がすべてデジタル化されているからです。

 紙を使うことはありません。コピー機も置いていませんから。基本的にすべてファイルサーバー上でデータをやり取りしながら、作業者が直接やり取りしています。

 従来のような制作進行を置くスタイルですと、制作進行も作業スタッフと同程度の知識がないとコミュニケーションが伝言ゲームのようになってしまいます。そのうえ、受け渡しだけで1日消費するなど、とにかく時間が掛かります。

 対して弊社ではラフ原での演出チェック、レイアウトの演出検査(演検)、原画の演出チェックなど、すべて担当者同士が直接、リモートも含め作業場所を離れずにチェックできる工夫をしています。

 「演出チェックを早く!」といった具合の突き上げを、制作進行ではなく作業者が直接できるようになったのです。

演出に“赤ペン禁止令”を出したわけ

―― 3Dレイアウトもファイルサーバーを介してですか?

櫻井 3Dレイアウトはリモートで画面共有してその場で直してしまいますので、ファイルサーバーは介していません。そもそも素材の“入れ”工程もないわけです。

 通常のテレビアニメですと、“演出がいかに絵を直すのか?”が重要な工程としてありますが、本作では演出に「赤ペンを使わないでください」とお願いしています。つまり自分で修正するな、ということですね。

 そのぶん、もちろんクオリティーに関しては作業者の力量に依存してしまいますが、そこは覚悟してください、と。「これがつむぎ秋田アニメLabのクオリティーですので、そこは見極めてある程度は許容して下さい。責任は、その作業担当者を置いた経営側の責任なので、我々が受け止めます」と伝えています。

 テレビシリーズ制作は育成も兼ねています。作業者の上がり(成果物)を画面上に反映することで、誰でもわかるようにすることを心がけているわけです。

―― 作品を拝見したり、記事作成のために画面をコマ送りで見たりしていますが、クオリティーが安定していると強く感じます。その部分を第二原画や作画監督に委ねるのではなく、最初に作業する人が担保するというのは、少人数の職人が集って制作にあたっていた、テレビアニメ制作の当初の姿とも重なりますね。

(C)謙虚なサークル・講談社/「第七王子」製作委員会

櫻井 安定している理由は、シリーズを通して同じスタッフ陣が作り、それがそのまま画面に反映されているからですね。

 私自身も一視聴者として、話ごとに乱高下してしまうよりも、一定のクオリティーで楽しみたいと思います。また、テレビから配信サービスに移行しつつある昨今、休日に一気見する機会も増えましたから、なおさらクオリティーを安定してほしいと視聴者は感じるでしょう。

―― たしかに。

櫻井 一気見含めた配信が中心になると、ハイクオリティーであること以上にクオリティーの安定が重要事項だと思っていますので、そこに重きを置いた感じですね。良くしようではなく、安定させよう。そんな作り方を選んでいます。

 加えて演出陣が、「ここのカットはこうでなければダメだ!」と言ってしまうと、作業者へのプレッシャーになって実力が発揮できなくなります。クオリティーに頼らない作り方をすることで、作業者がのびのびと(作業者自身が得意とする)クオリティーを発揮できる環境は、我々が確保していこうと思っています。

異例の体制の必然性と可能性

―― 従来の制作体制とはかなり異なっていることがよくわかりました。ではなぜ、この体制になったのか? という点を掘り下げたいと思います。あらためてうかがいますが、クオリティーを上げるためではないのですね。

櫻井 はい。私たちはクオリティーで自分たちを売り込んだことは一度もありません。つむぎ秋田アニメLabが出せるクオリティーで納得してくれるならお仕事をください、と言っています。

 『明治撃剣―1874―』を制作していた頃は、私たちも従来と同じ作り方をしていました。ラフ原を外部フリーランスの方にお願いして、プロデューサー、デスク、制作進行、設定制作などを置いて管理するという体制を取っていたのです。

 ただ、我々のような新興の会社で、また元請けとしてのブランディングをしてこなかった立場だったこともあり、フリーランスの方々をうまくコーディネートできませんでした。アニメーター不足の状況下において、応じてくれる方を見つけることは難しかったのです。

―― なるほど。

櫻井 それでもなんとか社内で原画の育成を図っていき、人員を増やすことができました。その結果、「(外部のフリーランスにお願いするより)ウチの新人に担当させるほうが高いクオリティーで仕上がる」という状況になったんですね。

 そして私自身も、必要な外注先をコーディネートできるようになりました。一般的に制作進行は自分のツテで発注先を見つけてやり取りしますので、いざそれ以外でとなると、発注先の情報を得たり、発注先とうまくコミュニケーションを取ったりすることは難しいのです。これも転換しなければいけなかったポイントでした。

 『明治撃剣―1874―』の制作時も、終盤は制作進行なしで作っていました。これは私がそうしたかったわけではなく、社内の制作スタッフからも、「自分たちで作業したほうが早い」という意見が多く出たからです。

 『第七王子』で制作工程を一新できたのは、この経験を踏まえてのことなのです。管理は内部で把握しよう、ラフ原も自分たちできちんとコントロールしよう、と。

 それでも『第七王子』制作中は作画監督のキャパが明らかに足りておらず、スケジュール上、複数話を同時進行できない状態になりました。しかし、そこで「フリーランスを探そう」ではなく、「社内スタッフだけで出そう!」と覚悟を決めました。

 クオリティーが高いか低いかではなく、社内制作を突き詰めて、「“これが私たちのクオリティーです!”と言えるようにした」ということですね。

“働き方改革ブーム”で一度痛い目を見た

―― 国内動仕(動画と仕上げの工程を海外発注ではなく、国内のみで一気通貫に作業すること)の体制を確立してきたつむぎ秋田アニメLabさんが、従来通りの外部クリエイターを用いた制作体制で苦労を重ねた結果、原画や撮影なども含めてできるだけ内製で完結できる体制に移行していったと。

櫻井 実はそこも一朝一夕ではありませんでした。過去にも“働き方改革”の影響で内製に切り替えたことはあったのですが、すべて失敗しています。業務委託から社員に切り替えれば良いという単純な話ではなかったのです。

 働き方改革への適応を迫られた際には、“育成”が機能不全に陥りました。具体的には、“(アニメスタジオでは)社員にして育成してはいけない”ことに気付くのに4年ほど掛かってしまったのです。

 育成機関(秋田アニメ予備校)は当初、人材育成の補助をするためにありましたが、その後、人材育成のすべてを育成機関が担うよう変更したうえで新しい方法に切り替えました。社内での育成はまったくうまくいかず、会社が潰れそうになったこともありました。

つむぎ秋田アニメLabは、「秋田と川口で職人を育成するための私塾」秋田アニメ予備校を開講している

―― なんと!

櫻井 人材育成ができるという考え方は、経営としては“おこがましい”と感じています。それは自分たちが“人材をコントロールできる”と思っていることだからです。

 アニメ制作は職人の世界なので、本人たちの好奇心やモチベーションがとても重要です。

 業務委託でお願いするなら、(正社員のような雇用規則に縛られることなく)何十時間でも、仮に技能が足りないのであれば時間で補って完成させる。それができなければ辞めるほかない、というスタイルが(過去には)成り立っていました。ある種スパルタ的なことを、我々経営側もやってきたわけです。

 しかし、そのやり方はもう通用しませんから、好奇心やモチベーションを“入社する前に”いかに持ってもらうかが重要だと考えています。結局は(会社のシステムというよりも)本人次第なのです。我々はそのお手伝いをすることしかできないのですね。

 そこに気が付いて“入社前の仕組み作り”としての人材供給に重点を置くまで長い時間が掛かってしまいました。(つむぎ秋田アニメLab創業以前も含めての)自分のキャリアで言えば、この人材供給と内製の体制を構築できるまでに20年くらいは掛かってしまっています。

『第七王子』では“芝居を絵コンテに委ねる”ことを止めた

―― 最近、アニメ制作を巡っては作画監督が多数起用されて、原画修正に追われているという話も聞かれるようになりました。

櫻井 先ほどクオリティーのお話が出ましたが、外部のクリエイターにクオリティーを依存している状態がいよいよ先鋭化してきたと捉えています。

 だからこそ、私たちは外部への依存を止めようと思ったわけです。

 “絵コンテを作らない”のもそれが理由で、絵コンテ作成に数ヵ月、修正に1ヵ月、そこからラフ原に2ヵ月くらい掛けるものの、描ける人を集められず、お芝居を作るために3ヵ月、4ヵ月と伸びていき、結局十分に反映されないまま演出と作画監督で全部直す……というのが実情です。

 これでは実質、最初のラフ原に立ち戻って描き直しているのと同じです。

 総作監は各作監の絵をブラッシュアップしないといけないのに、作監の作業が間に合わないので、作監レベルの作監作業を総作監がやっているという実態もあります。そういうのはもう止めよう、と。

 要は、すべてのスタートにあるラフ原が重要なのですから、『第七王子』では我々がノウハウを蓄積できていないアクションシーン以外は、“芝居を絵コンテに委ねる”ことを止めました。代わりに、各アニメーターが絵コンテに頼らず芝居を考えないと絵が作れない仕組みにしています。

―― アニメーターが芝居から考えることで、“自分が得意とする芝居”を描くためのスキルを伸ばせる。自分で考えないといけないというのはプレッシャーでもありますが、そのことがこの世界で働くモチベーションにもつながるというわけですね。

 先ほど、会社が人材育成できると考えるのは“おこがましい”とおっしゃいました。その代わりの仕組みは、上記のような“現場の作業者が頭と手を使ってスキルを上げるチャンスを豊富に用意する”ことだと考えればよろしいでしょうか?

櫻井 そうです。システムとして許容できる範囲で、裁量を持たせつつ制作を進めることを徹底している、という言い方もできると思います。

(C)謙虚なサークル・講談社/「第七王子」製作委員会

新興アニメスタジオの強みは“ブランドがない”こと

―― クオリティーの高さではなく安定に重きを置くこと、それを提供できるクリエイターが社内で育つ環境を用意されていることがよくわかりました。そして、どんな産業でもそうですが、クオリティーはコストとのバランスが問われる要素でもあります。

櫻井 経営という観点からは、結局のところ“どれだけコストを減らせるか?”ということに尽きると思います。限られたコストのなかで、どれだけ“良い”と思ってもらえるものを作れるか、ということですね。

 そういう意味では、我々が地方の無名な新興企業である、という点もプラスに作用していると思っています。当然出せると期待されるクオリティーやブランドというものが存在しませんから。「これがウチのクオリティーです」とプレゼンして、クライアントがおカネを出してくれるなら成立してしまう。

 仮に既存の背景会社さんや作画会社さんがUnreal Engineを使ってやってみようかと思っても、自分たちのブランドがあり、期待させるクオリティーがありますから、そのラインから下げることが難しい。

 『果たして従来のようなクオリティーが出せるのか?』という検証に専門家を招いて、社内クリエイターたちの作業を止めて……とやっていると、莫大なおカネと時間が掛かることになるでしょう。ウチはそんなことは必要ありません。「やってみようよ」「えー!?」で済んでしまう話なんです(笑)

戸塚 ウチは内製だから、というのも大きいですね。社内で素材のやり取りをしていますので、たとえばグリモ(グリモワール)をラフで渡すときも、仮置きの球体を置いて作業を進めていたりしました。

 社内でやっていることなので、「ダメなら上から描き直せばいいじゃん」くらいの割り切りですね(笑) これがもし、外部クリエイターに作業してもらうとなると、その設定にも一定のクオリティーが必要となって余計な手間が掛かってしまうでしょう。

フレキシブルな運用で制作を進められるのは内製ならではのメリットだ

―― たとえばK-POPのような海外コンテンツの展開でも、安定したクオリティーの作品を“量産する”ことが重要であると指摘されます。日本がアニメを基幹産業と捉えるのであれば、人手不足が叫ばれるなか、質と量をいかに拡大するのか考えるときに来ています。御社の取り組みは非常に良いケーススタディーになると感じました。

輸出産業になるために必要な“アニメ工場”を担う

―― 最後に、先日発表されたバンダイナムコフィルムワークスとの業務提携について、その経緯や目的などを聞かせて下さい。

櫻井 きっかけは前述した文科省の「あにめのたね」成果発表会でした。アニメ制作の仕組みを変えることに大きな関心を持っていただき、エグゼクティブプロデューサーの大河原健さんからご連絡をいただきました。

 それでも『第七王子』では「従来のやり方に戻したほうが良いのではないか」とご提案いただくこともありました。結局、私は一歩も譲らなかったのですが(笑)

 やがて作品制作を通じて(原作側の講談社さんも含めて)この新しい作り方は面白いんじゃないか、と言っていただけたのが非常に大きかったと思います。“懐の深い”製作委員会に恵まれたというわけですね。

 1つ想定外で、同時に頭を悩ませつつも幸運だったのは、アニメ制作中に原作人気が急速に高まったことです。そして人気の高まりと同時に、バトルシーンが増えていきました。

 私は『いわゆる異世界転生ものだと思っていたら、少年バトルものになってきた!? 読者の期待も高まっているけれど、アクション作品の経験がほとんどない我々に作れるのか?』と思いました。

 そこで、当初予定していなかったアクション監督を起用し、バトルシーンに限っては監督と相談のうえ、絵コンテなしでいくという原則を撤回することでなんとかやりきったという感じです。

2024年5月14日、バンダイナムコフィルムワークスとの業務提携が発表された

―― 『第七王子』は2024年4月に全話納品済とうかがいました。

櫻井 もちろん第1話は作品の魅力を伝える必要がありましたので、よりコストをかけて作っていますが、内製でバランスを取りつつクオリティーも落ちないよう心がけました。

 バンダイナムコフィルムワークスさんとは作り方を巡る考え方や伝統・文化はもちろん異なりますが、私たちは“アニメ工場”としてのモノづくりに取り組んできました。

 その点が、外部のクリエイターによるモノづくり=「このカットはこの人にお願いしよう」というやりとりが成立する職人型の家内制手工業との違いですね。ハンドメイドの1点モノに対して、私たちが目指しているのは既製品だとも言えます。

 これは手法の良し悪しを言いたいわけではなくて、どうやって作品を作っていくかというプロデュース、制作側の得意分野の違いなのです。

 秋田が本拠地の私たちには、外部のクリエイターという存在がそもそも乏しいので、内部のリソースで作りきるよりほかないわけです。でもこの手法がもう少し広がらないと、それこそ国が期待しているような輸出産業にはなり得ないと思うのです。

 ですから、普通はこういったノウハウは外部と共有しませんが、私たちはこのやり方でアニメを作る仲間が増えてくれると良いなと思っています。日本には既製品工場的にアニメを作っている会社が少ないなかでのチャレンジとして、見守っていただければと思います。

―― ここまでうかがってきた“クオリティーの安定”という、つむぎ秋田アニメLabの強みと、職人技を集めてくることができるバンダイナムコフィルムワークスとの強みをうまく組み合わせていくのだ、という風に理解しました。

 納品は終わっておられるとのことですが、作品の評価が高まるなか、新しく作業が発生する時期だとも思います。お忙しいなか、ありがとうございました。

〈前編はこちら〉

筆者紹介:まつもとあつし

まつもとあつし(ジャーナリスト・コンテンツプロデューサー・研究者)

 IT・出版・広告代理店、映画会社などを経て、ジャーナリスト・プロデューサー・研究者。NPO法人アニメ産業イノベーション会議理事長。情報メディア・コンテンツ産業に関する教育と研究を行ないながら、各種プロジェクトを通じたプロデューサー人材の育成を進めている。デジタルハリウッド大学院DCM修士(専門職)・東京大学大学院社会情報学修士(社会情報学)。経産省コンテンツ産業長期ビジョン検討委員(2015)など。著書に「コンテンツビジネス・デジタルシフト」(NTT出版)、「地域創生DX」(同文舘出版)など。

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