優れたエンジニアやプログラマはたいていコンピュータやテクノロジーの歴史に詳しい
ASCII.jp / 2024年11月5日 9時0分
祝!『子供の科学』が創刊100周年
その人が、「子供の頃『子供の科学』を読んでいました」と言ったら『東京こどもクラブ』と並んで、ちょっといい家の子で賢い子だったと思っていいでしょう。ユカイ工学の青木俊介社長は、子供の科学を読んでいたそうで読者プレゼントでハンダゴテをもらったこともあるとのこと。その『子供の科学』は、1924年(大正13年)に創刊され、今年で100周年だそうです。
『子供の科学』といえば、日本電子出版協会(JEPA)の 「『子供の科学』創刊100周年記念!ーー 100年分のバックナンバー電子復刻の取り組み」というオンラインセミナーで“応援メッセージ”というのを喋らせてもらいました。『子供の科学』は、日本の近代科学の発展にはかり知れない貢献をしていると思います。読者だった少年少女が、やがて研究者や開発者になったことも多いと考えられるからです。
そんな立派な雑誌に、私が、"応援メッセージ"などと偉そうに語る立場ではないのですが、生粋の“元科学好き少年”のつもりで、“本好き”が高じてパソコン雑誌編集者になった私としては、ちょっと嬉しいオファーです。まあたしかに、1980~1990年代のパソコン雑誌は、小学生が初めて『子供の科学』を読むときのようなドキドキ感がありました。
そこでどんなことを喋ったのか? あまり正確には覚えていないのですが、「もともと、“科学”と“子供”というのはとても近いところにある」というようなことを言いました。科学も子供も、未来をつくるものですからね。そんなことをXでつぶやいていたら、『子供の科学完全読本 1924-1945』という本が刊行されていると版元の誠文堂新光社の方から教えていただきました。
『子供の科学完全読本 1924-1945』という本、ひとことで言うと“よりぬき『子供の科学』のバックナンバー1924年~1945年編といった感じの内容です。世界のビルの“高さくらべ”みたいな、いかにも良き時代の子供雑誌然とした図解などが楽しすぎます。この種の古い雑誌、図書館などでパンパンとホコリをはらいながら開いた場合には、何が書いてあるのかサッパリ分からないなんてことがあるかもしれません。その点、この本では著者小飼弾氏による大人でも子供でも読める“解説付き”となっている点がすばらしい。
1924年から1945年の約20年間といえば、“マシンエイジ”と呼ばれた20世紀初頭の機械・エネルギー革命にくわえて、通信と真空管に象徴されるエレクトロニクスが台頭してきた時代です。それらが、国家間の勢力争いや社会そのものを変えていった時代。1932年1月号の「二十世紀の驚異」と題したお正月特集記事では、航空機、探検、パナマ運河、原子構造論、金属材料の発達、電気通信活動写真、X線、ラジウム、相対性原理、空中窒素の固定などという言葉が並んでいます。
当時、いかに科学やテクノロジーへの期待感が高かったか? 無声映画からトーキー初期に活躍したチャールズ・バウワーズ(Charley Bowers)という米国の映画監督がいます。熱烈なファンもいたにもかかわらず長きにわたって忘れられた存在だったのですが、2022年、日本で劇場公開されたときのシリーズタイトルが『発明中毒』。元祖テクノおたく系ドタバタ喜劇で、ライト兄弟やエジソンやベルなどの発明家たちに若者たちが憧れていた様子がうかがえます。私は、2019年にフランスで発売されたDVDを持っていますが、YouTubeでもちょっと見れます。
ミッドウェー海戦の翌年に日本の子供たちはB-17の模型を飛ばしていたのか?
この本の読みどころの1つが、第二次世界大戦に向かっていく時代に、子供向けの雑誌が戦争をどのように誌面で扱っていたかということです。1943年5月号の「空の要塞ボーイングB-17Eの作り方」という記事が紹介されています。B-17は、敵国はアメリカの大型戦略爆撃機です。なんと、それを作って飛ばしましょうという内容なのでした。
1年ほど前、この『子供の科学完全読本 1924ー1945』と重なる時期の一般向け科学雑誌『科学朝日』を入手して読む機会がありました。理化学研究所の超伝導リングサイクロトロンの取材記事を書かせてもらったときに、最終的に使用しなかったが出典が気になっていた写真がありました。『科学朝日』1942年10月号の「理研 大サイクロトロンの改造」というグラビア記事の写真で、探していたものとは違ったのではありますが。
1942年といえば、6月に日本はミッドウェー海戦において敗北を喫したことで太平洋戦争の大きな転換点となったとされる頃です。『科学朝日』の10月号は3か月後の刊行と思われますが、そのことにはひと言も触れられていません。どころか、戦争に直接関係するような記事はほとんどなく、1本だけビルマ戦線で鹵獲された米戦車を解剖するという技術的な記事があるのみでした(執筆しているのは偶然ですが私の義祖父の原乙未生=当時陸軍少将です)。『子供の科学』の「空の要塞ボーイングB-17Eの作り方」も、ミッドウェー海戦の翌年というわけですが、そういうものなのでしょうか?
『子供の科学完全読本 1924ー1945』には、「広告で見る戦時の足音」と書かれたページがあります。この点に関しては、『科学朝日』も同じで、広告にむしろ戦時色が出ているのです。1942年10月号の表2(表紙の裏側)が、いきなり「カメラは兵器」という小西六の印画紙の広告でした。
1924ー1945ということで、この本の構成は、「Part 1 未来への憧れ」、「Part 2 戦争と科学」、「Part 3 対談・子供の科学と私」となっています。だから、どうしても戦時の記事が重くのしかかってくる印象がありますが、社会科の教科書とは比べようもなくリアルに時代を切り取って伝えてくれています。
大人(研究者=執筆者)もめちゃめちゃワクワクしていた!
『子供の科学完全読本 1924ー1945』の最後は、著者と東京大学 先端科学技術研究センター副所長の稲見雅彦さんとの対談、一太郎で知られるジャストシステムの創業者浮川初子さん浮川和宣さんとの鼎談で締めくくられています。稲見さんとの対談では、再度、子供の科学の興味深い記事を拾いながら、たとえば、1929年3月号の「野球やフットボール戦がお家見物できる“テレビジョン”の実現」(日本放送協会の苫米地貢氏=無線黎明期の研究者・普及運動家)という記事が紹介されています。日本のテレビ放送は、1939年に実験放送、1953年にNHKがテレビ放送を開始とだいぶ先なので、読者の子供たちにはたまらない内容だったはずです。
『子供の科学完全読本 1924ー1945』のほかに、『子供の科学』では「子供の科学100周年記念スペシャルサイト 科学タイムトラベル」ウェブも公開していて、読みたい年を入れるとその年に刊行された『子供の科学』の各号の主要な内容を見ることができます。私の生まれた1956年6月号をみると、「原子核をこわす装置」、「1本レール電車の設計」、「月世界旅行はこうすればできる」、「新しい頭脳の科学」が主要な記事とあって、いくつかの記事もスキャンされて読めるようになっています。
「新しい頭脳の科学」という記事は、数学者の池原止戈夫氏による解説で、20世紀最大の書ともいわれるノーバート・ウィーナーの『サイバネティックス』(岩波書店)の池原氏らによる翻訳が刊行される前年です。研究者もめちゃめちゃワクワクしていた時代であることが伝わってきます(いまも研究者はそうだと思いますが)。読んでみると、サイバネティックスについての説明で「ぜんぜん知らないことはなかなかない」、「誰かと話をするときもそれは同じだ」、「だから通信は統計的なものといえる」といった説明のくだりなど、生成AI時代に読むとより深く感じるものがあります。
ここ2年ほど、ITの歴史の授業を作ることに関わっていて感じていたことがあります。歴史とはなにか? それは、辞書的な説明である“出来事の変遷や関わりの記録”ではなくて、その領域の“意味”を知るためのフォーマットではないか? ということです。科学も「意味」を知らずにたずさわるってあるでしょうか? だから、この『子供の科学』の取り組みはすばらしい。私の経験では、優れたエンジニアやプログラマはたいていコンピュータやテクノロジーの歴史に詳しいです。
・『子供の科学完全読本 1924ー1945』(https://seibundo-store.com/products/72336)
遠藤諭(えんどうさとし)
株式会社角川アスキー総合研究所 主席研究員。MITテクノロジーレビュー日本版 アドバイザー。プログラマを経て1985年に株式会社アスキー入社。月刊アスキー編集長、株式会社アスキー取締役などを経て、2013年より現職。趣味は、カレーと錯視と文具作り。2018、2019年に日本基礎心理学会の「錯視・錯聴コンテスト」で2年連続入賞。その錯視を利用したアニメーションフローティングペンを作っている。著書に、『計算機屋かく戦えり』(アスキー)、『頭のいい人が変えた10の世界 NHK ITホワイトボックス』(共著、講談社)など。
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