おかげさまで富士屋ホテル仙石ゴルフコースが開場95周年

@Press / 2012年6月13日 14時0分

開場当時のゴルフコース
 富士屋ホテル仙石ゴルフコース(神奈川県足柄下郡箱根町仙石原1237 支配人:添田 充)はおかげさまで本年7月28日に開場95周年を迎えます。
 1917年(大正6年)日本で2番目(※1)に歴史あるパブリックコースとして開場。F・E・コルチェスター氏の設計でコース建設に着手、7ホールが完成。当時、宮ノ下御用邸に避暑中の東宮殿下(後の昭和天皇)がコースに行啓。1935年(昭和10年)には赤星 四郎氏の設計により6,320ヤード、パー72の18ホールが完成しました。もちろん関東のパブリックコースの中では一番歴史があり箱根外輪山に囲まれた仙石原高原に広がる自然の起伏を生かしたコースです。開場95周年を記念してクラブハウス内に開場当時の写真をはじめ、コースの歴史を展示しております。また、開場95周年の特別企画もご用意いたしておりますので皆様お誘いのうえご来場ください。

(※1)国内初のパブリックコースは長崎・雲仙ゴルフ場1913年(大正2年)開場

富士屋ホテル仙石ゴルフコース ホームページ: http://www.sengokugolf.jp/


◆富士屋ホテル仙石ゴルフコース95年の歴史
 富士屋ホテルの山口 正造は、1900年(明治33年)、18歳で渡米し、さらに英国で7年間ホテルのボーイなどをして帰国後、富士屋ホテルの経営を預かることとなり、欧米の一流ホテルが付属ゴルフコースを所有することに習い、早くからゴルフコースの建設の意図を抱いていました。1915年(大正4年)ゴルフ場を建設して来遊客のサービスを図ることを決意し、県知事の賛成を得ましたが、建設費用が膨大だったため、ホテル直営の困難を感じ、箱根ゴルフ及び銃猟倶楽部を設立し、同士を集めて建設を図ることとなりました。

 仙石原村長と山口 正造との間で、仙石原村有地に地上権設定の契約をしましたが銃猟に関しては法規その他の障害で実現をすることはできませんでした。その後、会員の募集をはかると共に、県費の補助を得るため、1916年(大正5年)新任の県知事・有吉 忠一氏宛にゴルフ場建設の補助金申請を提出、当時すでに英国でゴルフを始めていた有吉氏はゴルフに関しては極めて理解があり、名勝地改善補助金の名目で1917年(大正6年)2月・12月と翌年の11月の3回にわたり、計3,000円県より補助を受けることができました。

 1917年(大正6年)4月に横浜・根岸のニッポン・レース・クラブ・ゴルフアソシエイションのキャプテンF・E・コルチェスター氏の設計でコース建設に着手し、同年7月に7ホールが完成し開場。ちょうどその頃、宮ノ下御用邸(現、富士屋ホテル別館 「菊華荘」)に避暑中の東宮殿下(後の昭和天皇)が仙石ゴルフコースに毎週のように行啓。当時はクラブハウスもなく、葦簾ばりの小屋を仮設して、殿下のご休憩所としていました。同年の9月に9ホールが完成し、1918年(大正7年)にクラブハウスが新築されました。その頃から箱根ゴルフ倶楽部は経営難に陥ったため1920年(大正9年)、従来の倶楽部組織を解散し、その権利一切を富士屋ホテルに譲渡し、新しく富士屋ホテルの直営で名実ともにパブリックコースとして発足となりました。

@Press

トピックスRSS

ランキング