50年近く前の殺人事件が「再審」へ・・・ギネス認定もされた「袴田事件」って何?

弁護士ドットコムニュース / 2014年3月27日 9時58分

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日本弁護士連合会が支援している再審請求事件の一つである「袴田(はかまだ)事件」について、重大な判断が下されようとしている。静岡地裁が3月27日、再審を開始すべきかどうかについて、決定するのだ。

袴田事件は、強盗殺人罪などで死刑判決が確定した袴田巖死刑囚が50年近くも拘禁状態に置かれている特異な事件で、「世界で最も長く収監されている死刑囚」としてギネスブックにも掲載されているほどだ。袴田死刑囚は第1回公判から一貫して無罪を主張しているが、1980年に死刑判決が確定。しかし、死刑確定の翌年から再審を請求し、いまも第2次再審請求の審理が続いている。

逮捕当時は30歳だった袴田死刑囚は、今年3月で78歳になった。日弁連が「冤罪の可能性がある」と指摘する袴田事件とは、いったいどんな事件なのか。再審請求運動にかかわる岡島順治弁護士に聞いた。

●「拷問に等しい取調べを受け、犯行を自白させられた」

「袴田事件とは、1966(昭和41年)6月30日深夜に、静岡県清水市(現静岡市)内の味噌製造会社専務宅で、一家4名が殺害され、放火された強盗殺人・放火事件です。

警察は、内部犯行と決めつけ、同年8月、専務宅裏手にある従業員宿舎に寝泊まりしていた袴田巖さんを逮捕しました。

巖さんは当初から無実を訴えていましたが、毎日12時間から16時間も取調べが続き、トイレもバケツで行うように強制されました。拷問に等しい取調べを受けた末に、犯行を自白させられました」

岡島弁護士はこのように事件の概要を説明する。死刑判決は、どのような経緯で出されたのだろうか。

「公判では、巖さんは無罪を主張しました。自白調書も1通をのぞく44通が任意性なしとされ、裁判の証拠から排除されました。

公判の当初、犯行の着衣はパジャマで、そこに返り血と放火用の混合油が付着しているとされていましたが、パジャマの血痕はきわめて微量で、再鑑定ができませんでした。また、混合油の成分の同一性に関する鑑定には、強い疑問が生じていました」

つまり、裁判が始まったころは、確たる物証は存在しなかったわけだ。

●「証拠とされた衣類」はねつ造?

「ところが、事件から1年2ヶ月後、すでに捜索済みであったはずの味噌工場のみそタンクの中から、犯行に使われたと思われる血染めの衣類が5点、発見されました。

また、補充捜査が行われた結果、そのズボンの切断面と一致する端布が、巖さんの実家から発見されました。この血染めの5点の衣類の存在が、巖さんを有罪に導いたのです。

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