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違憲の「隔離法廷」で出された死刑判決…ハンセン病元患者が語る「菊池事件」の非人道性

弁護士ドットコムニュース / 2021年8月1日 8時56分

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ハンセン病患者とされた男性が殺人罪などに問われ、隔離施設の療養所「菊池恵楓園」(熊本県合志市)内などの「特別法廷」で裁かれて死刑判決が言い渡された「菊池事件」。男性は無実を訴え続けたが、1962年に死刑が執行された。事件の背景には、県内のハンセン病患者すべてを療養所に隔離させる「無らい県運動」があった。

菊池事件の再審請求を検察がおこなわないことは違法だとして、元ハンセン病患者などが原告となり、国を訴えた裁判で、熊本地裁は2020年2月、原告の訴えを退けたものの、特別法廷での審理は違憲であるとした。

原告団の事務局長を務めた元患者の竪山勲さん(72)は7月22日、オンライン講演会(企画:NPO法人「マザーハウス」)で「違憲の法廷で出された死刑判決は、そのままでよいのか。再審請求を認めるべき」と訴えた。(吉田緑)

●「菊池事件」背景に、ハンセン病患者への差別と偏見

ハンセン病は「らい菌」によって、主に皮膚や末梢神経が侵される感染症。治る病であり、感染力は弱く、療養所の職員の中に罹患した人はいなかったという。

しかし、菊池事件が起きた1950年代は、ハンセン病患者を療養所に隔離することなどを定めた「らい予防法」(1996年に廃止)にもとづき、官民一体となって患者の隔離を進める「無らい県運動」が本格化。ハンセン病はおそろしい不治の病であると考えられていた。

菊池事件は、1951・52年に熊本県旧菊池郡で起きた爆破事件と殺人事件の2つをいう。

熊本県が公表している資料などによると、1つ目は、1951年にAさん宅にダイナマイトが投げ込まれ、Aさんとその子どもが負傷した事件。同じ村に住んでいた男性が殺人未遂などの疑いで逮捕された。男性はハンセン病であるとされ、裁判所ではなく、療養所である菊池恵楓園の施設内で裁判を受け、翌年の1952年に懲役10年の有罪判決を言い渡された。被害者であるAさんは、男性を「ハンセン病の疑いがある」と県に知らせた人物だった。

療養所内の代用拘置所に収容された男性はすぐに控訴したが、同年6月に逃走。翌7月に全身に刺傷を負って亡くなっているAさんがみつかり、男性の犯行と疑われた。その後、警察にみつかった男性は、殺人などの疑いで逮捕された。

男性は、いずれの事件も否認したが、控訴・上告ともに棄却された。1つ目の爆破事件は1953年に懲役10年が確定。2つ目の殺人事件は同じ年に死刑判決が言い渡され、1957年に確定した。裁判は、いずれも裁判所ではなく、療養所の施設内などの「特別法廷」でおこなわれ、裁判官や検察官などは白い予防着と手袋を着用し、はしで証拠を摘むなどしていた。

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