<佐世保女児殺害>「子供の将来を守りたかった」(被害者の父と兄が語る10年・上)

弁護士ドットコムニュース / 2014年6月1日 13時21分

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2004年6月1日。長崎県佐世保市内の小学校で、当時6年生だった御手洗怜美(みたらい・さとみ)さんが同級生の女子児童にカッターナイフで首などを切られ、死亡するという痛ましい事件が起きた。

日本中に大きな衝撃を与えた事件から今日でちょうど10年。怜美さんの父で、当時は毎日新聞佐世保支局長だった御手洗恭二さん(55)と、中学3年生だった次兄(24)が、5月下旬に福岡市内で開かれたシンポジウムに登壇し、事件について語った。

現在大学生の次兄が、公の場で語るのはこれが初めてだ。怜美さんから相談を受けていたという次兄は「なんてアドバイスしていたら良かったんだ」と自問自答していたことを告白。「他のことにまったく手がつかなくなった」と、事件後の苦悩の日々を振り返った。

このシンポジウムは、「犯罪被害と子ども達」をテーマに、犯罪被害者の遺族らでつくる「九州・沖縄犯罪被害者連絡会(みどりの風)」が企画した。精神科医の藤林武史さんの司会のもと、父と兄が語った「犯罪被害者の遺族としての10年」を上・中・下の三部構成で紹介する。(取材・構成/松岡瑛理)

●「自分の経験を人に話したい」と息子から打ち明けられた

藤林(精神科医):今日は、御手洗さんのお兄さんが子ども時代に事件をどのように感じたのか、その後どのように生きてこられたのかを中心に、お話をうかがっていこうと思います。まずは、お父さんである、御手洗恭二さんから口火を切っていただこうと思うんですけど。今回、このシンポジウムに出演しようと思われたきっかけは何だったのか。また、ちょうど10年前(2004年)、この事件をどのように経験されたのか。お話聞かせていただけますか。

父:ご紹介いただいた御手洗です。よろしくお願いします。今回の講演を受けようと思うまでには「作り話じゃないの?」と言われてしまうような経緯がありました。

今年2月の初めに、私は息子と二人で、事件のあった佐世保に出向きました。そこで、加害女児の元付添人の弁護士と面談をしたんです。直接、話を交わしたのは事件のとき以来で、もう9年ぶりくらいになります。加害女児の少年審判が終了してから、いまも、私と相手の間をつないでいただいていたことに、お礼を言いたかった。現在の私たちの思いも聞いてほしくて、面談をしました。

その日、私は、息子から「実は自分の経験を人に話したい」「犯罪被害者の支援の手伝いもできないか」と打ち明けられていました。ちょっと仰天したんですけど、それを受けて、弁護士との面談でも、そういう話をした。

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