<佐世保女児殺害>「誰も話を聞きにこなかった」(被害者の父と兄が語る10年・中)

弁護士ドットコムニュース / 2014年6月1日 13時22分

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10年前、社会に大きな衝撃を与えた佐世保女児殺害事件。その当日、被害者である御手洗怜美(みたらい・さとみ)さん(当時小学6年生)の父・恭二さんと次兄はどのように過ごし、お互いのことをどう考えていたのか。そして、その後の日々をどう生きてきたのか。犯罪被害を考えるシンポジウムで語られた二人の肉声を紹介する。

●教師たちは、何も声をかけられなかった

藤林:事件当日のことに話を進めていこうと思います。当時、中学3年生だったお兄さんは、事件のことをどのような形で知ることになったのでしょう?

兄:事件を知ったのは、当日のちょうど13時、5時間目のときですね。担任の先生から「御手洗、校長先生から話がある」と呼ばれました。「なんや? 俺、悪いことしてないんだけどな」と。

担任の先生と一緒に相談室みたいなところに行きました。そこに、校長先生や教頭先生、1年のときの担任、部活の先生と、いろんな先生が集まっている。みんな、俺の顔を見て、何を言ったらいいかわからない、目を合わせるのも辛そうな感じにしていたんですね。

校長先生から一枚、紙に印刷されたインターネットのニュースを渡されて、「まず、これを読んでくれ」と言われました。読んでみると、知っている名前が出てくるわけです。最初に出てきたのは、(事件のあった)大久保小学校。被害者として、妹の名前がありました。やったのは同級生というところまで読んで、紙を置いて、先生とお互いに目と目を合わせながら、「なに、これ?」という感じでした。

藤林:教師と向き合いながら、見つめ合うだけだったんですか?

兄:本当に、かける言葉がないんだなあ、と。ニュースを見て、事件が起きたことは間違いない、妹が死んだんだなということまでは、理解できた。でも、やっぱり、「妹が死んだ」ということを受け入れられたかというと、厳しいものがありました。「俺、この後、どうすればいいんだろうな」と。「親父さんはいま、どこにいるんだろう? なんで、連絡が来ないんだろう?」という感じでした。

藤林:紙でニュースを見て、事実は頭に入った・・・でも、それを受け止める前に、いろいろな疑問がわいてくるわけですよね。

兄:そうですね。一番の疑問は、「同級生って誰だ?」。怜美(妹)の同級生の名前は3分の2くらい知っていました。言われたら、この子かというのはわかります。言葉に出たのは、唯一、「これ、やったの誰ですか?」だけでした。でも、先生方は「そんなの考えなくていい」と。「考えなくていい」と言われてもなあ、と(思いました)。そこが一番、その瞬間に知りたかったことだから。

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