東京五輪は「負の遺産」になる? 長野五輪の廃れた施設、ポケモン守る聖火台…

弁護士ドットコムニュース / 2019年5月26日 10時38分

写真

関連画像

2020年に開催される東京五輪。9都道府県の42会場で史上最多の33競技339種目が行われ、その受け皿となる施設も新設ラッシュが続いている。しかし、気になるのは現時点で、5施設の赤字が見込まれていることだ。

1998年に開催された長野五輪でも、施設の後利用問題は大会開催前から懸念されていた。特に「長野市ボブスレー・リュージュパーク」(スパイラル)は、もともと競技人口が少なく、その維持について長野市議会でも度々、問題視されてきた。結局、2億円を超えるという多額の維持管理費を理由に、長野市は2017年4月に競技施設としての利用を断念している。

これらの建設費用含め、長野市が五輪のために借り入れた額は利息を含めて約694億円となり、その償還は2018年度までかかった。借金の返済に20年もかかったのである。1997年5月、新聞社の新人記者だった筆者は、五輪開催直前で熱狂渦巻く長野市に配属された。それから2年、潮が引いたようになった長野市で市民として暮らしたが、たった2週間のスポーツイベントのための借金の返済が20年もかかるとは想像していなかった。

当時のメディアももちろん、五輪後の施設利用問題について報じていなかったわけではないが、五輪が近づくにつれお祭りムードが広がってかき消されていった。東京五輪では、同じ歴史が繰り返されるのか。当時を振り返りながら、五輪から約20年後の2019年4月に長野市を訪ね、競技施設を歩いてみた。(弁護士ドットコムニュース編集部・猪谷千香)

●開会式当日、チケットがなくても集まってきた市民たち

東京駅から北陸新幹線に乗り込み、JR長野駅に降り立つ。五輪開催前に改築された長野駅は、さらに2015年の北陸新幹線金沢延伸にともなって、善光寺側は大きな柱とひさしが建築され新しい駅舎となっていた。五輪中はコンコースに人があふれ、賑やかなイベントも開かれていたが、今それをしのばせるのは壁に残された大会エンブレムだけだ。

長野駅でレンタカーを借りてまず向かったのが、1998年2月に長野五輪の開閉会式が行われた「長野オリンピックスタジアム」だ。当時、私は新人記者の仕事として警察の取材を担当していた。あまり五輪に関わる取材はしていなかったが、大会直前に「長野オリンピックスタジアム周辺でテロ警戒をする警察」という記事だけは書かせてもらった。五輪取材で競技施設に入れるのは、プレスのIDカードを持つ限られたテレビ関係者や新聞、雑誌の記者、ジャーナリストたちだけだ。どこのメディアも、東京本社の運動部や社会部、写真部に配られ、地方支局の若手記者には回ってこなかった。

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング