原因はヤマハのエンジン? スティリアGPでM・ビニャーレスを襲ったブレーキトラブル
バイクのニュース / 2020年8月29日 11時0分
劇的な展開で幕を閉じたスティリアGP。Red Bull KTM Tech3のM・オリベイラの初優勝よりもMonster Energy Yamaha MotoGPのM・ビニャーレスのYZR-M1が炎上したイメージが強く残るレースだったのかもしれない。
■218km/hから決死のダイブ! パッドが落下した可能性も?
ミゲール・オリベイラ(Red Bull KTM Tech3)の劇的な逆転優勝で幕を閉じたスティリアGPだが、多くのファンにとって最も印象に残ったのは、もしかしたらマーベリック・ビニャーレス(Monster Energy Yamaha MotoGP)のYZR-M1が炎上したシーンかもしれない。
5番グリッド(予選順位は6位。3位のヨハン・ザルコがペナルティーでピットスタートだったため、繰り上がり)からスタートしたビニャーレスは、4周目あたりからブレーキの制動力を徐々に失い、一旦コースアウト。だが、それは断続的なもので、一時は1分26秒台にまでタイムを落とすが、状況が改善されたため、1分24秒台に再びペースを戻す。しかし、17周目、今度は完全に制動力を失い、1コーナーの手前にて218km/hで走行するマシンから飛び降りた。ビニャーレスがレーシングスーツを着用するアルパインスターズのデータによると、飛び降りた後、4.8秒路面を滑り、さらに1.9秒回転。ビニャーレスがアスファルトに叩きつけられた瞬間には、23.45Gの衝撃が加わっていた。スーツにエアバッグが装備されていたこともあり、幸い大きな怪我はなかった。
「毎周アジャストレバーを調整したけど、どうにもできなかった。最後にはブレーキが爆発してパーツが飛んでいってしまい、ダイブするしかなかった」とレース後にビニャーレスが語っていたように、ブレーキシステムは物理的にも壊れていた模様で、後方を走っていたアレックス・マルケス(Repsol Honda Team)は「ストレートでマーベリックのバイクから小さな部品が落ちるのが見えた。多分フロントブレーキの何かだったんだと思う」とコメントしている。カーボンディスクブレーキが最高動作温度の約1000℃を大きく上回ると、カーボンが酸化してディスクとパッドの摩耗が急激に進み、最終的には材料が分解するため、ブレーキパッドが破損し、落下した可能性もある。
同じくレッドブルリンクで開催された前戦オーストリアGPでファビオ・クアルタラロ(PETRONAS Yamaha Sepang Racing Team)がブレーキングの不調に悩まされたこともあり、イタリアのブレーキメーカー、ブレンボは冷却用のフィンを追加し、放熱性に優れた2020年型キャリパーを各チームに推奨し、その旨をあらかじめメールでも送付していた。だが、ビニャーレスはフィーリングが良く、また、特に前戦で問題が出なかったことから2019年型キャリパーを選択。クアルタラロ、バレンティーノ・ロッシ(Monster Energy Yamaha MotoGP)、フランコ・モルビデリ(PETRONAS Yamaha Sepang Racing Team)の他のヤマハライダー3名は、その進化型キャリパーを使用していた。
■依然としてトップスピードに劣るヤマハのマシン
当然、他メーカーのマシンにとってもレッドブルリンクのコースレイアウトはブレーキに厳しかったはずだが、なぜヤマハにだけ2レース連続で大きな問題が起こったのだろうか? それはやはりライバルたちと比べ、トップスピードに劣るヤマハのエンジンのパワー不足に関係するだろう。パワーで勝るドゥカティらに対抗してタイムを稼ぐためにはブレーキングを遅らせて勝負するしかなく、結果的にブレーキシステム全体に大きな負担をかけることになる。これについてロッシは「ストレートでの遅れを挽回するためにブレーキングで頑張らなければならなかった。僕のブレーキも限界だったよ」と語っており、ヤマハライダーは総じて集団に飲み込まれて走っていたため、前を走行するマシンに当たるはずの風を遮られてブレーキを上手く冷やすことができず、それがオーバーヒートへとつながったとも考えられる。
進化した2020年型キャリパーを使用したバレンティーノ・ロッシも「ブレーキは限界だった」とレース後に語った
ただでさえヤマハにはエンジンの不安が囁かれている。初戦からトラブルに見舞われ、年間5基の基数制限の問題もある。バルブに何かしらの不具合があり、結局は取り下げられたものの、MSMA(Motorcycle Sport Manufacturers’ Association:モータースポーツ製造者協会)に対して、エンジンの開封許可を求めてもいる。回転数を落とす等の対策でしのいでいるようだが、今回のブレーキトラブルもエンジンへの負担を軽減するためにエンジンブレーキの制御を弱めにしたことで、前後ブレーキシステムに大きなストレスがかかったことが理由では? と見る関係者もおり、ホンダ、ヤマハ、スズキで活躍した元GPライダーのダリル・ビーティーは「ヤマハはバルブに大きな負担をかけないように、エンジンブレーキを抑える設定にしているのでは?」と自身のTwitterから発信していた。
■空力、タイヤの進化により年々高まるブレーキシステムへの負担
ブレンボのエンジニア、アンドレア・ペレグリニによると「フロントディスクには320mm径と340mm径の2種類があり、それぞれ標準と高質量の2種類を用意しているので、合計4種類の中から選ぶことになります。キャリパーには2020年型と2019年型で合わせて3タイプあり、ヘビーデューティー版は、より大きなストッピングパワーとより高い放熱性のために少し大きいパッドを備えている」とのことだ。
当初よりブレンボでは、レッドブルリンク、ツインリングもてぎ、セパン、カタルニアの4つをブレーキに厳しいサーキットと分析していたが、ペレグリニは「レースを終えてみて、私はレッドブルリンクがブレーキにとって最悪のサーキットだと思いました。もてぎよりも厳しいです」とコメントしている。今回のスティリアGPでは、すべてのライダーが340mm径の高質量ディスクを選択した。
また、イタリアの技術者は「バイクのエアロダイナミクスが進化し、ライダーがブレーキをかけるとダウンフォースが増えるため、よりハードにブレーキキングをするようになりましたね。新しいミシュランのリアタイヤはグリップ力が高く、フロントタイヤをコーナーに向けてプッシュするので、ライダーはフロントブレーキをより多く使う必要があります」とブレーキシステムへの要求がより高まったと説明している。
ブレーキへの負担が極端に強いられるサーキットの中で、今シーズン、唯一残っているのはあとカタルニアだけというのはヤマハ陣営にとって少し安心な材料ではあるが、コンストラクターズランキングで2位のドゥカティに1ポイント差まで迫られ、オーストリアGPでのビニャーレスのクラッチ不調や不安を抱えるバルブの問題もある。ヤマハは“コーナーの前後100mでどこにも負けないマシン作り”を開発の重要なテーマにしているが、混戦の展開で今回のような問題が出てくると開発テーマそのものを見つめ直す必要があるのかもしれない。
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