アメリカを代表するハーレー用パフォーマンス・パーツメーカー 「S&Sサイクル」の歴史を改めて振り返る【パート4】
バイクのニュース / 2020年10月5日 19時0分
アメリカを代表するハーレー用パフォーマンス・パーツメーカー 「S&Sサイクル」はこれまでに数々の製品を送り出し、ハーレー・カスタムやレースの世界を支えてきました。ここでは改めて同社の歴史を振り返ってみましょう。
■黄金期を迎えた老舗メーカー「S&S」
1980年代から1990年代にかけて“SALT & STRIP”という標語を掲げ、ランドスピードレースやドラッグレースへ積極的に参戦してきたS&Sというメーカーですが、二代目社長であるジョージ“B”スミスが率いたこの時代こそが飛躍的に業績を伸ばした時期といっても差し障りないでしょう。
前項でS&S最大のヒット商品であるショーティーキャブについて触れさせて頂きましたが、90年代に同社はいよいよエンジン一機をコンプリートで開発。92年にエボリューションタイプの“スーパーストックヘッド”を販売し、94年にはクランクケースとシリンダー、そして95年からはエンジンを販売。ハーレーの純正パーツを一つも使うことなく、性能と耐久性に優れた“クローン・モーター”をリリースするまでに至ります。
こうした流れが92年のイリュージョン・モーターサイクルやタイタン・モーターサイクル、95年のビッグドッグ・モーターサイクルズなどのコンプリートバイク・メーカーを生み出し、アーレン・ネスやウエストコーストチョッパーズのジェシー・ジェームスなどのカスタムビルダーもカスタム・マシンでS&S社のエンジンを多く使用。実際、S&S社の業績が飛躍的に伸びた要因として、このコンプリート・モーターの存在が大きかったとのことです。
またこの時代はレースの世界でもジョージ“B”スミスは1994年に“Hubba Hubba Racing ”という別会社を設立し、ライダーにアンディ・ゴチスを擁してスーパーチャージャー付きのドラッグレーサーでレースに参戦。95年には1/4マイル(402.33km)の直線距離で200mph(約320km/h)を突破した最初のハーレーとなります。
さらに同年、4年の空白期間を経てS&Sはソルトレイクのボンネビルにも復帰するのですが、この時はかつてのエースライダーであったダン・ケンジーは一線を退き、ジョディ・アンダーソンとティム・カリバー、ボブ・グリスワルドというライダーの体制で塩の湖に出陣。
1995年から4年の空白期間を経てボンネビルへ挑むことになったS&S。かつてのエースライダー、ダン・ケンジーは一線を退き、右のジュディ・アンダーソンと左のティム・カリバーがライダーとして参戦。ジュディはS&S、ティムはパーツディストロビューター、ドラッグスペシャリティの社員とのことです(写真提供 S&S CYCLE Inc.)
96年にはMPG2000とMPS-PG2000という2つのクラスにエントリーし、5つの記録を打ち立てます。この時、ジョディ・アンダーソンは119cu-in(約1950cc)のスポーツスターで171.962mph(約275km/h)を記録しています。
以前のレースで走らせていた“TRAMPIII”(ガソリン仕様で192.376mph、液体ニトロ燃料仕様で226.148mphをマーク)と比較すると速度的に劣った印象かもしれませんが、96年はあくまでもストリートバイクでの記録であり、当然、そこで得たノウハウは一般販売するパーツの開発へと還元されています。ちなみにこのレースで使われたバイクは、S&S社があるウィスコンシン州からボンネビルが開催されるユタ州までの1305マイル(約2090km)を自走し、参加していたとのことです。
■時代の流れにマッチした新型エンジンを開発
その後、2002年、ドラッグレース専用に開発された挟角60度(ハーレーは45度)の“G2モーター”の開発を最後にジョージ“B”スミスが引退し、創業者のジョージ“J”スミスの孫にあたるブレット・スミスが2003年の9月から代表に就任するのですが、この時代、2004年にウィスコンシン州ラクロスにファシリティーセンターを設立。配送センターとカスタマーサービスを兼ねたこの施設とバイオラの本社という体制で業務を運営していきます。
2007年にスウェーデンのフラットヘッドパワーからパテント権を買い取り、旧車エンジンをコンプリートでリリースすることになったS&S。写真のKNシリーズは2008年に登場。クラシカルなルックスでありながら現代的なパフォーマンスを発揮します
また、同時期に古参エンジニアであるフロイド・ベイカーが「オイルがタペットを介してロッカーへ伝わる」エボリューション(H-D純正では84年からの型式となるアルミエンジン)と同じ方式のS&S版ショベルヘッド、SHシリーズを2005年に開発。
旧き良き時代の「鉄シリンダー」エンジンでありながら現代的なパフォーマンスを持つエンジンユニットが生み出されることになるのですが、2007年にスウェーデンのクラシックエンジンのリペアパーツメーカーである“フラットヘッドパワー”の商標を獲得してから、その動きは更に加速します。
同年にリリースされたパンヘッドスタイルのPシリーズ、そしてその翌年である2008年に発表されたナックルヘッドスタイルのKNシリーズなどは“オールドスクール・チョッパー”がブームとなり始めたこの時代らしい動きといえるかもしれません。この点は祖父や父のようなエンジニア畑出身ではなく、どちらかというとビジネス的なプロモーション手腕を買われて社長に就任したブレット・スミスらしい戦略に感じられます。
■三代続いたファミリービジネスから脱却
2008年の50周年記念イベントでは世界中から50名のカスタムビルダーをウィスコンシン州に招待し、コンペティション(投票審査)方式で順位を決める“ワールド・ラージェスト・ビルドオフ”というカスタムコンテストが開催されたのですが、そこで日本のホットドックカスタムサイクルズの河北啓二氏がチャンピオンの栄冠に輝いたことは、まさに快挙といえるでしょう。
ホットドックがSHクラスでエントリーしたマシン、“StGノーチラス”が名だたるビルダーたちによって製作されたカスタムの頂点に。ホットドックオリジナルのロッカーカバーやインジェクションが装着されたこの一台は、確実に世界のカスタム史に名を残します
ちなみに、S&Sは同年にオリジナルの“Xウェッジ”という挟角60度の3カム・Vツインエンジンを開発するのですが、性能的には優れているものの、H-Dの車体に搭載できないエンジン・デザインゆえに販売が伸びず正直、ビジネス的には失敗。
加えてこの時期にカリフォルニアでEPA(環境保護基準)や排ガス規制が強化され、クローン・エンジンを搭載したコンプリートバイク・メーカーが軒並みに倒産、もしくは撤退し、エンジンの販売台数が落ち込んだのもS&S社にとって痛手だったかもしれません。
現在は米国の大手パーツグループ企業である“MAG”グループのダイノジェット社やバンス&ハインズ社、スーパートラップ社で幹部を歴任したポール・ラングリーがS&S社の代表となっていますが、新たな血を導入し、三代続いたファミリービジネスから脱却した同社は、マフラーやEFI(インジェクション)、オイルの開発など様々な方向にパーツのラインナップを広げているのですが、これも時代に呼応した動きなのかもしれません。
1958年に創業され、62年もの長きに渡り、アメリカどころか世界のH-Dカスタムシーンを支え続けているメーカー、S&S。まさにアメリカの伝統を感じさせる存在です。
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