「アメリカの象徴」ハーレーダビッドソン本社で活躍する最初にして唯一の日本人デザイナー ダイス・ナガオ氏にインタビュー ~後編~
バイクのニュース / 2021年1月17日 17時0分
アメリカを代表するバイクブランドといえば、恐らく多くの人が「ハーレーダビッドソン」を一番に思い浮かべるでしょう。現在では120年近い歴史を持つ同社ですが、そんな伝統あるブランドのデザイナーとして日本人が活躍しています。ここではハーレーダビッドソンでデザイナーとして活躍する「ダイス・ナガオ」氏に話しを伺ってみました。
■“夢あるバイク”を創ることを念頭にデザイン
単なるバイクメーカーではなく、“アメリカ”という国そのものを象徴するといっても過言ではないハーレーダビッドソンという存在ですが、ここでは当サイト(バイクのニュース)で前回お伝えしたとおり、そのハーレー本社に勤務し、デザイナーとして活躍する「ダイス・ナガオ」こと長尾大介氏へのインタビュー後編をお届けします。(インタビュアー/渡辺まこと)
アメリカのウィスコンシン州、ミルウォーキーにある伝統のメーカーに初めて勤務した日本人であるナガオ氏が“アメリカの文化”そのものと言えるハーレーでどのように仕事に対峙しているのか……ここではデザイナーとしての信条やナガオ氏の目から見たハーレーダビッドソンというメーカーについて伺っていきます。
──2002年から“Honda R&D Americas”のモーターサイクル部門に入社して、その後、2012年からミルウォーキーのハーレーダビッドソンに移籍したとのことですが、ナガオさんの目から見てハーレーとは、どんな会社でしょうか?
ハーレーダビッドソンという会社の凄いところは、やはり“アメリカの文化”を創っている会社ということですね。西海岸や東海岸とは、まったく違い、ウィスコンシン州ミルウォーキーという典型的なアメリカ中西部という土地柄ゆえ、皆が純粋で社員の一人、一人が自社のブランドに対するプライドを強く持っているんですよ。また日本人に接することが多いニューヨークやL.A.の人たちと違う空気感も最初のうちは正直、感じました。
──やはり、そこら辺は良いとか悪いとかじゃなくてアメリカの中西部の現実なんですね。
今ではもちろん問題ないんですが、それゆえに8年前に入社した当時はアジア人の私が開発の中枢であるデザイン部に在籍していることを、あまり良く思っていない社員の存在も感じていました。初めて見る日本人社員に対する「ナンボのもんだ」というライバル意識が表れていたとでもいえばいいでしょうか。一つ、一つの実績をコツコツと積んだからこそ今はチームの一員として認められたと思います。
──ある意味、逆風だったのを実力で見返したワケですね。年功序列でなく実力主義のアメリカらしい話です。では、どのようにして現在のポジションに至ったのでしょうか?
やはり私の強みは日本という風土、文化の中で育った上でアメリカの教育を受け、ホンダで習得した経験と技術にあるのかなと思います。これらすべての経験から成る“多様性”が自分の強みであり、個性ですね。ちなみにハーレーのデザインチームは社内では“弓矢の先端”と表現されているんですけど、それほど重要なセクションなんです。
ダイス・ナガオ 1971年生まれ。千葉県出身。地元にある流通経済大学付属柏高校を卒業後に留学し、アイオワ州の大学を経てカリフォルニアのパサディナにあるアートカレッジセンター、トランスポートデザイン科で四輪のデザインの基礎を学ぶ。2002年、卒業後には米国法人の“Honda R&D Americas”モーターサイクル部門に入社し、2012年からハーレーダビッドソン本社に勤務。最初にして唯一の日本人社員となる。また入社後は2016年モデルのスポーツスター・アイアンを皮切りに数々のモデルのデザインを担当。ダイナ、ミルウォーキーエイトともにヒットモデルとなったローライダーSや2017年以降のツーリング系モデルCVO(カスタムヴィーグルオペレーションの略 H-D社の純正コンプリートカスタム)など生み出した車両は多岐に渡る。H-D社の役職はリードデザイナーで本名は長尾大介。(写真提供:Harley-Davidson, Inc.)
その仕事において社内で認められる為に私自身、誰よりも恰好よくインパクトを与えるデザインスケッチを描くことに強いこだわりを持っています。最終的には立体物になる工業製品のデザイン画に私がこだわる理由は2つあります。
1つ目は社内コンペで選出されるデザイン画にすることが現実的な工業デザイン開発の第一歩だからです。なのでデザイン画はバイク単体だけではなく乗る人物像や風景、そのアクションを表現するようにしています。言葉は無くともスケッチがプロジェクトの主旨を物語ってくれるよう願って仕上げているんですね。
あともう1つは社内のチームメンバーに対して“共有する夢”をスケッチを通して分かりやすく伝えるというか、作る狙いがあります。たとえば一台のニューモデルを開発する際、スペックの箇条書きやパワーポイントで新しいバイクのプランを提示してもチームメンバーは夢を描けません。なのでメンバーの感情に訴えるデザインスケッチで同じビジョンを共有して、一台のバイクを創り上げる同志になってもらう事が、結果として高い次元でプロジェクトを完成させる為の必須要素だと思っています。
──ニューモデルの開発というとスペックに重きを置きがちなのかもしれませんが、ハーレーというメーカーは良い意味でそうではないですもんね。
私が何故、ニューモデルを開発するメンバーに同じ夢を描いてもらいたいのかというと“趣味商品”であるバイクはデザイン性の理想を出来る限り高く、妥協を最小限にしたものであることが何より大切だと思うからです。現実的には量産車生産の現場は常に“時間と予算”という制約の中にあります。そうした中で出来るだけユーザーの皆さんに喜んで頂けるような“夢あるバイク”を創ることを心がけていますね。
■自らの強みを活かし世界的ヒット作を実現
──ここまでお話を伺った限りの感想なのですが、日本人の緻密さや勤勉さとアメリカで学んだ自由な発想というか空気感がナガオさんの強みのような気がしますね。
さきほど申し上げたとおり、日本とアメリカを知っているからこその多様性が自分の強みかなと思います。ハーレー社には地元のウィスコンシンに生まれ育ち、ハーレーにしか乗らないという熱心な社員が沢山います。
2016年に大ヒットしたダイナ・ローライダーSはダイス・ナガオ氏の代表作的一台。この時は既にダイナモデルの生産終了が決定し、工場のラインも次期プラットフォームの新ソフテイルに移行中だったそうですが、「私が半ばクビ覚悟で発案、会社に提案を続け、量産まで漕ぎつけたプロジェクト」とのこと。ゆえに開発の際は社内でも逆風が吹いたそうですが「夢の実現」の為、ゲリラ的に少人数のメンバーで通常業務をしつつ開発に至ったそうです。限定モデルゆえ、当時は日本でも入手困難なほどに高い人気を博しましたが、こうした開発陣の熱い想いが、ともすればユーザーに伝わったのかもしれません(写真提供:ハーレーダビッドソンジャパン)
それゆえにハーレー独自の世界観が作られて、それが文化といえるレベルにまで昇華した原動力になっているワケですが、逆に言えばそうした部分が枷(かせ)になって趣味の世界の中でのコアなニーズから出られなかったという側面もあります。だからこそ新たな可能性とポテンシャルのあるマーケットの獲得も、まだまだチャンスがあると思いますね。
私が多くの社員と違う部分はハーレー社において未開拓な部分に貢献出来る点なのだと思います。ホンダで得た経験はもとより、個人的にブランドやジャンル、年代など分け隔てなく、すべてのバイクが好きなのでそうした視点から私にしか出来ない提案もあるのではないかと思っています。
──お話を伺って思ったのですが、ナガオさんがデザインを担当し、世界的なヒットとなったダイナ・ローライダーSなどは確かに日本人らしさとアメリカらしさが巧く融合したモデルですね。伝統と新しい要素が絶妙にミックスされているというか。
おかげさまでそうした実績が評価されて“唯一の日本人”という偏見もほとんどなくなり、身を持って発言権を構築しつつあるという所でしょうか(苦笑)。ただいずれのメーカー、ブランドにしてもデザイナーが広い視野と好奇心を持つことが大切であると同時に、自分が属するブランドのファンであることも大前提ですね。自分たちが好きなものをユーザーの皆さんに楽しんで頂くことが重要ですよ。私ですか? もちろんハーレーが大好きですよ。
※ ※ ※
2017年以降のCVOやツーリングモデルのデザインを担当するダイス・ナガオ氏ですが、それはすなわちハーレーダビッドソンというメーカーのフラッグシップを任されているということ。2018年のCVOロードグライドも、当然その中の一台で落ち着いたトーンの中にファクトリーカラーのオレンジを差し色として採用。アメリカと日本の良い所が融合されたデザインは、まさにダイス・ナガオ氏の手腕によるものといえそうです(写真提供:ハーレーダビッドソンジャパン)
現在はもとより、ここ十数年に渡り、日本では輸入車の登録台数で第1位をキープし、世界中のユーザーから愛されているハーレーダビッドソンというバイクですが、今回のインタビューで筆者(渡辺まこと)もその魅力の一端が分かったような気がします。
“アメリカの魂”といえるハーレーダビッドソンというバイク。その中枢に立ち、魅力あるモデルを生み出す日本人デザイナー、ダイス・ナガオ氏の存在は、我々日本のハーレー好きにとっても誇りといえるのではないでしょうか。
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