電動バイクがぶっちぎり……か!? ついにホンダが実戦で示した「CR ELECTRIC PROTO」の可能性
バイクのニュース / 2023年10月31日 10時50分
ホンダは電動バイク「CRエレクトリックプロト」で全日本モトクロス選手権にスポット参戦しました。その実力、そして目的とは?
■開発中のEVマシンを実戦投入
東京ビッグサイトでは「ジャパンモビリティショー2023」(一般公開:2023年10月28日~11月5日)が開催され、数多くのEV車両やモビリティ、EVに関わる技術の展示がされている一方、10月28日(土)、29日(日)には埼玉県川越市にあるオフロードビレッジで、MFJ公認「D.I.D.全日本モトクロス選手権シリーズ2023 第8戦埼玉トヨペットCUP」が行なわれました。そこに、ホンダが開発した「CR ERECTLIC PROTO(シーアール・エレクトリック・プロト)」と名付けられた電動モトクロスバイクが参戦しました。単なるデモンストレーション的な走行ではなく、国内の頂点となるIA1クラスに「Team HRC」からのエントリーです。
実践デビューを果たしたホンダの電動モトクロッサー「CR ELECTRIC PRORO」
EVなのに、エンジン車のレースに参戦できるの? その目的は? ……レース参戦が公表されたときから気になる人も多かったのではないでしょうか。ただしホンダは、このEVバイクに関してあまり多くの情報を公開していません。
全日本モトクロス選手権は、この世に1台しかないファクトリーマシンの出場が許されています。全日本モトクロス選手権が始まった時からバイクメーカーがモトクロスバイクを開発し、研鑽するための実践の場でした。
「CRエレクトリックプロト」も、完成された市販EVモトクロッサーを公開する段階ではなく、開発中のEVマシンをエンジン車のレース現場に実践投入し、そこでしか得られない情報や経験を獲得し、完成度を高めていくための参戦でした。
世界的に見てもEV車とエンジン車が混走するレースは稀です。ましてや国内4メーカーが作ったEV車とエンジン車が、モトクロスで本気の勝負するのは世界で初めてなのです。
個人的(筆者:柴田直行)には、ホンダらしいチャレンジングスピリットあふれる素晴らしいプロジェクトだと思いますし、マシンの性能と活躍に注目していました。またEV車の参戦を承諾したMFJの姿勢には、自分も含め、ファンはエールを送っていると思います。
ホンダ「CR ELECTRIC PRORO」を走らせるのはトレイ・カナード(Trey Canard)選手
MFJ全日本モトクロス選手権のIA1クラスは、排気量450ccクラスの4ストロークエンジン車を中心とする、国内モトクロスの最上級クラスです。ヤマハのファクトリーチームを始め、国内トップチームが参加しています。各メーカーの翌年の市販プロトタイプや、何年も先行した開発用マシンも走っていました。全日本モトクロス選手権は、参加マシンに関しては世界で最も先を走るモトクロスイベントと言っても過言ではありません。「CRエレクトリックプロト」が参戦するにはふさわしい舞台です。
マシンに乗るのは、アメリカ人のトレイ・カナード(Trey Canard)選手(#41)です。元AMAチャンピオンのカナード選手はすでにプロレースからは引退していますが、現在はUSホンダの開発テストライダーをしています。
カナード選手の前に立ちはだかったのは、ヤマハ「YZ450F」に乗るジェイ・ウィルソン(Jay Wilson)選手(#27)でした。両者の実力的には拮抗していると思われ、「CRエレクトリックプロト」の性能によっては、「電気モーター対ガソリンエンジンの速さの決着をつける」……そんな歴史的1日になるかもしれません。
ウィルソン選手は(別格の速さで)2023年のIA1クラスタイトルを獲得したばかりで気合十分です。余計なプレッシャーもなく、迎え打つには万全の態勢です。一方、カナード選手は事前に「CRエレクトリックプロト」で15日以上をテストに費やし、世界で最も「CRエレクトリックプロト」を速く走らせる事ができるライダーです。
レース会場に姿を現した「CRエレクトリックプロト」は、事前に発表された通り、白いボディのマシンでした(ジャパンモビリティーショー会場にも展示されています)。
ホンダ「CR ELECTRIC PRORO」のモーター部分
モーター部分は、以前デモンストレーションを行なった車両と酷似しています。モーターとインバーターが一体になっており、車体左側には水冷用のラジエターにつながるホースが見えます。
バッテリーを格納しているカーボンケースは実践に合わせて、デモ車よりも裾上げしたような状態でした。またガソリン車での燃料タンク部分やシート下までカーボンのケースが伸びており、バッテリー容量が増えていると思われます。
クラッチレバーやシフトペダルはなく、右手部分には起動スイッチとセーフティ・キルスイッチがあり、左手部分にはトルク(トラクション)コントロールとパワーマップの切り替えボタンと通常キルスイッチ、インジケーターランプと思われるものがあります。
アルミ製のフレームはホンダ「CRF」シリーズと似ていますが、ステアリングヘッドから下方に伸びるダウンチューブは極太のボックス形状になっており、またピボット部分は鋳造ではなく削り出しのアルミ部材が使われているスペシャル品です。
一方、スイングアームは「CRF」シリーズの市販車に近いものに見えます。サスペンションとブレーキはファクトリー系のチームが使うグレードの高いものを使用しています。
ホンダの電動モトクロッサー「CR ELECTRIC PROTO」が「Team HRC」からIA1クラスに実戦デビュー
世界中で行なわれているプロのモトクロスレースの1レース(=ヒート)の時間は、だいたい30分です。一方、全日本モトクロス選手権はレースの長さを会場ごとに主催者が、レースの盛り上がり等を考慮し決めています。
今回のレースでは、IA1クラスは日曜日に「15分+1周」を3回行なう3ヒート制でした。この15分3ヒート制は今年すでに4戦行なわれており、計らずもバッテリー容量によって走行時間が限られている「CRエレクトリックプロト」が参戦するには都合の良いレースの長さでした。
レース会場となるオフロードビレッジは河川敷を整地したもので、ほぼ高低差がなくジャンプが連続するコースです。路面は土曜日朝の豪雨により轍が多く、濡れた泥が残っていたり、乾いて来て硬くなり、これまた滑りやすかったりと難しいコンディションでした。カナード選手は土曜日の予選は慎重に走り、まずは5位で予選通過しました。
電動バイクが決勝レースでホールショットを決めたシーンには観客から大きな歓声が上がった
いよいよ日曜日のヒート1、電気モーター対ガソリンエンジンの決勝レースが始まります。スタートはウィルソン選手がホールショットを奪い、すぐにカナード選手が後ろにつけます。2人は2秒ほどの差をキープしつつ周回を重ね、3位以下を大きく引き離します。この時点ですでに「CRエレクトリックプロト」の性能が、エンジン車に匹敵することは誰の目にも明らかでした。
ウィルソン選手はカナード選手との間合いを計り、その差をキープします。しかしエンジン音がしないので、後方の様子が掴み難い、と後に語っていました。
一方、カナード選手は難しい路面コンディションにも慣れ、終盤の勝負に向けてウィルソン選手の隙を探していました。しかしラスト2周あたりから様子が変わります。「CRエレクトリックプロト」のインジケーターがバッテリー残量が少ないことを示したため、カナード選手は完走を重視し、ペースを落として2位でゴールします。ヒート1は「YZ450F」を駆るウィルソン選手が優勝しました。
ホールショットを奪うも2周目でアクシデントに見舞われ、ヒート2はリタイア
ヒート2は「CRエレクトリックプロト」が鮮やかにホールショットを決めて、カナード選手がトップを走ります。ウィルソン選手は若干出遅れましたが猛スピードで順位を上げます。そして2周目に入った大きなジャンプでカナード選手に追いつき、そのまま次のコーナーでインに入り、一気に抜こうと轍に入ってスピード上げました。
しかしその轍は、カナード選手が入った轍とその先で合流しています。速すぎたウィルソン選手の「YZ450F」はカナード選手を避け切れず接触。2人とも倒れてしまいます。
ウィルソン選手が先に再スタートしますが、その際にカナード選手の右手首に掛けられているセーフティ・キルスイッチを後輪に巻きつけてちぎってしまったため、キルスッチが外れた「CRエレクトリックプロト」とカナード選手は再スタートする事ができず、リタイアとなりました。
ヒート2は星野優位選手(ヤマハ)が優勝し、開幕から続いていたウィルソン選手の連勝記録も19で途切れる事になりました。
電動マシンの特性を生かした好スタートでエンジン車を突き放す
ヒート3では再びカナード選手がホールショットを決めます。ギアチェンジがなく加速が途切れない電動マシンの特徴が生かされた好スタートを連発します。しかしトップを走るカナード選手は2周目にスリップして前輪を取られ単独転倒。その影響で前輪が回らなくなり、またしてもリタイアとなりました。レースはウィルソン選手が優勝し、ガソリン車に軍配が上がる事になりました。
ウィルソン選手はカナード選手と「CRエレクトリックプロト」について、次のように語っています。
「スタートでのトルクのある途切れない加速は手強く、パワーは自分のYZ450Fと同レベルだと感じました。ただしその先の伸びはあまり感じません。またジャンプなどで前後のウエイトバランスを保つことが難しいように見えました。自分達は走っている時に常にエンジン振動を感じていますが、そこから得られるバイクのインフォメーションもあります。想像ですが、カナード選手のバイクにはそれが無いのも難しさのひとつなのではないでしょうか?」
レースの中でしか経験できない多くのことを学ぶことができた
「CRエレクトリックプロト」で実際にレースを走ったカナード選手は、次のように語っています。
「開発チームが一生懸命頑張ってくれたので、最後まで走れずに終わってしまうのは本当に残念でしたが、それでも今日は素晴らしいパフォーマンスだったと思います。このバイクは非常に強力で信頼できる、そのことに興奮しており、開発をさらに進めるという私たちの目標についても考えています。 観客やファンの人達がそれを見ることができるのは素晴らしいことで、本当に良い機会でした。
電動バイクではバッテリーの消費量などすべてに異なるプロセスがあります。土曜(予選)のコースはとても濡れていて非常に難しい。ラインはアメリカとは大きく異なっていましたが、私もチームも上手く適応できたと思います。
頑張ってくれたみんなにもっと良い成績を残したかったと思っていますが、CRエレクトリックプロトをレースに向けて準備するという目標の一部は達成できたと思うので、嬉しくもあります。
私たちが参戦した理由は、レースの中でしか経験できないことを学ぶためでした。そのためこの24時間で多くのことを学びました。このレースでの学びは今後私たちが向かう方向性を得る非常に良い機会になると思います。
私はとても楽しかったです。それが皆さんに知ってもらいたいことのひとつです。電動バイクに乗ることがどれだけ楽しいか、ということです。人々が電動バイクに乗る機会が増えると思います。 私はそれに興奮しています」
※ ※ ※
「CRエレクトリックプロト」の参戦は、レースの中で学ぶという目的でしたが、その性能は初戦にも関わらずエンジン車に匹敵するもので、筆者はその大活躍に胸を熱くしました。
今後、様々な場面で「CRエレクトリックプロト」のパフォーマンスを目にする機会があるでしょうが、可能なら来年の全日本モトクロス選手権にシリーズ参戦して欲しいものです。
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