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故障絶無と外観優美を謳ったホンダ初の独自エンジン「A型」ものがたり

バイクのニュース / 2024年1月8日 19時40分

終戦まもない浜松に創業した本田技研は、自転車を利用する人達に向けて「取り付けるエンジン」を販売。自転車がバイクに変わる自社開発のエンジンキットが、創業時のホンダを成長させました。

■戦後復興の庶民の足、自転車補助エンジン「A・B・C・F」とは?

 ホンダの創業者・本田宗一郎は、終戦翌年(1946年)に旧陸軍が放出した無線機発電用小型エンジンを自転車用補助動力にするキットを発売し、現在のホンダにつながる本田技研がスタートしました。

自転車に取り付ける補助エンジンの「ホンダA型」は、ペダルを漕いでクラッチを繋ぐとエンジンが始動し、バイクのように走ることができる自転車に取り付ける補助エンジンの「ホンダA型」は、ペダルを漕いでクラッチを繋ぐとエンジンが始動し、バイクのように走ることができる

 評判と売れ行きは良かったものの、放出エンジンはいわば中古で500機ほど販売し、在庫が尽きます。そこで次のステップはエンジンを自社で開発、製造して市販するメーカーへと成長します。

 ホンダのオリジナルエンジンと聞くと、夢のようなハイメカや高出力を連想しますが、当時のコンセプトは「自転車に取り付けできて安価で販売され、人々の生活に役立つ」ことでした。

 ホンダ初の自社製エンジン、通称「エントツエンジン」は特殊なシリンダーで試作に終わり、その開発に失敗して回り道をしながら発売にこぎつけたのは、排気量50ccのオーソドックスな2ストローク単気筒です。いわば実直なエンジンでした。

 この「ホンダA型」と呼ばれる市販のホンダエンジン第1号も、一般的に使われていた自転車に簡単に取り付け可能な補助エンジンタイプでした。注目すべきはエンジン部品の多くが、ホンダの自社製のダイキャスト製法で作られていることです。

実用新案を取得した無段階変速付きのクラッチで動力を伝えたり切ったりすることができる。ベルトカバーには「H.G.K.」と「HONDA MOTOR」の文字、燃料タンクにも「HONDA MOTOR」のロゴが見られる実用新案を取得した無段階変速付きのクラッチで動力を伝えたり切ったりすることができる。ベルトカバーには「H.G.K.」と「HONDA MOTOR」の文字、燃料タンクにも「HONDA MOTOR」のロゴが見られる

 ダイキャスト製法は材料の無駄が少なく、時短も美観も備える理想的な製造法です。しかし高価な金型が必要で、大量生産には向いていますが、当時はまだ生産台数が少ない規模の小さな工場であるホンダには誇大妄想的な挑戦でした。

 予算をセーブするため自前で金型を手作りしますが、精度が低く、理想と現実が交錯する生産ラインは苦労が多かったようです。

 それでもホンダがダイキャストにこだわったのは、将来は製造工場で主流となる製法だと予見していたとも言われています。また「使いやすい、修理しやすい、組立やすい」というホンダの親切設計の理念がすでに盛り込まれていました。

 壊れにくく安全性へも配慮し、さらに特殊工具なしでも分解・組立てができるよう工夫されていたのです。

 以前の旧陸軍放出改造エンジンでは、湯たんぽや茶筒を燃料タンクに使っていましたが、ルックスにもこだわるホンダはアルミ鋳物のティアドロップ型燃料タンクを遠州軽金属(現・エンケイ)に発注し、そのタンクに初めて「HONDA」のロゴマークが付きました。

ティアドロップ型の燃料タンクは、現・エンケイ社製のアルミ鋳造。エンジン部品は主にホンダ社内で製作されたダイキャスト製だったティアドロップ型の燃料タンクは、現・エンケイ社製のアルミ鋳造。エンジン部品は主にホンダ社内で製作されたダイキャスト製だった

 ホンダの名前で売り出されたA型エンジンは、クランクケース下側から混合気を吸入するロータリーバルブを採用していました。当時の仕様書によると、出力は1.5HPを5000rpmで発揮し、最高速度は45km/hでした。燃料消費量は100km/Lと高燃費もセールスポイントでした(仕様書の表記は約40里/升)。

 重量は約10kgで、自転車のフレームに取付ける部分をラバーマウントとして振動を防ぐ工夫もなされています。

 エンジンからゴムのVベルトを使って後輪を回転させますが、実用新案となったクラッチ付きの無段変速機は登坂力を増やすことができました。

 1947年11月に生産が始まりまり、アイディアと技術と苦労の甲斐あってA型は市場でも好評を博し、1951年まで継続生産されるロングセラーとなりました。

 A型のヒットを受けて、1948年9月にホンダは本田技研工業株式会社へと改組し、エンジン工場も新設されました。一方、新車の自転車にA型エンジンを装着して販売する自転車店も増えており、ホンダは車体も含めた開発に入りました。

車体込みで販売された「ホンダC型」は、フレームを外注したため思うように生産が進まなかった車体込みで販売された「ホンダC型」は、フレームを外注したため思うように生産が進まなかった

 試作された「ホンダB型」は、排気量90ccの小型3輪貨物車でした。いよいよ車体も含めた開発でしたが、いわゆるオート三輪の操縦安定性に難をしめし、試作段階で中止します。

 次の「ホンダC型」のエンジンは、A型をベースに排気量を倍近い96ccまでアップ。最高出力を3psまで向上し、最高速度も50km/hとアップしています。

 エンジンキットではなく、ついにパイプ溶接のフレームにエンジンを組み付けての車体全体での販売となりました。しかし外注したフレームの納品が安定しなかった苦い経験もあり、ホンダ生産バイクの1号車としての名誉は、翌1949年に発売される「ドリームD型」に譲ることになります。

 本記事で最後に紹介しておきたいのが、1952年に発売されて自転車用補助エンジンの決定版となった「カブF型」です。5万店舗へのダイレクトメールによって販売網も拡大し、営業面でも大成功した製品でした。

自転車用補助エンジンの決定版、ホンダ「カブF型」は、排気量60ccの2ストークエンジンで、馬力は1.8HP。当時のほとんどの自転車に取り付け可能だった自転車用補助エンジンの決定版、ホンダ「カブF型」は、排気量60ccの2ストークエンジンで、馬力は1.8HP。当時のほとんどの自転車に取り付け可能だった

 新型のエンジンは取り付け部が自転車の中央部から後輪へ変更となり、白い燃料タンクと赤いエンジンカバーが注目を集めました。その価格は2万5千円で、当時サラリーマンの平均初任給の3カ月分でしたが、月に1万8000台も売れる大ヒットとなり、創業初期のホンダを成長させる大きな力となりました。

 その後さらなる大ヒット作となる「スーパーカブ」の車名は、もちろんこの「カブF型」から受け継いだものです。

■ホンダA型エンジン(1947年型)主要諸元
エンジン形式:空冷2ストローク単気筒ロータリーバルブ
総排気量:50cc
最高出力:1.5HP/5000rpm
重量:約10kg
燃料タンク容量:3.2L
※諸元の内容は当時の仕様書より

【取材協力】
ホンダコレクションホール(栃木県/モビリティリゾートもてぎ内)

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