レースで大活躍のドゥカティが採用するメカニズム「デスモドロミック」ってナニ?
バイクのニュース / 2024年8月2日 11時10分
2輪ロードレースの頂点であるMotoGPや、市販車をベースに闘うスーパーバイク選手権で猛威を振るうドゥカティ。2024年の鈴鹿8時間耐久ロードレースでも外国車最上位の4位を獲得しました。そんなドゥカティならではのメカニズム「デスモドロミック」とは、どんな機構なのでしょう?
■ドゥカティがロードレースを席巻!?
ドゥカティは2022年、2023年のMotoGPとスーパーバイク世界選手権のどちらも2年連続でシリーズチャンピオンを収め、スポーツバイク最強と言っても過言ではない強さを誇っています。先ごろ開催された鈴鹿8時間耐久レースでも“黒船襲来!”と話題になり、Team KAGAYAMAの「パニガーレV4R」が外国車で最上位の4位を獲得したことは記憶に新しいところです。
2024年の鈴鹿8時間耐久ロードレースに参戦したTeam KAGAYAMAの「パニガーレV4R」は、2023年のワールドスーパーバイクでチャンピオンに輝いたワークスマシンがベースとなっている
レースはもちろん、スポーツバイクとして古くから名を馳せるドゥカティですが、同社のバイクのエンジンには「デスモドロミック」と呼ぶ機構が採用されています。ドゥカティのマニアの間では「デスモ」と略して呼ばれていますが、いったいどんな仕組みなのでしょうか?
■「デスモドロミック」を実用化した、唯一のメーカー
4ストロークエンジンは吸気バルブと排気バルブが設けられ、それらが開閉するタイミングがエンジンを高回転まで回したり、大きなパワーを発揮することに密接に関係します。端的に言えば、どれだけ緻密に開閉できるかで最高出力が変わります。
そしてドゥカティの「デスモドロミック」とは、吸排気バルブの強制開閉機構のことです。じつはデスモドロミックの構想自体は古く、19世紀末から様々な方式が考案されました。
4輪では1912年のフランス・グランプリに参戦したプジョーL76が初めて実装し、1954年、1955年にメルセデズ・ベンツのF1マシンW196が好成績を残しています。
しかしデスモドロミックは構造が複雑で部品点数も多いために実用化が難しく、その後の4輪では姿を消してしまいました。
タリオーニ技師が考案した3本カム方式のデスモドロミック機構
そんなデスモドロミックを実用化に結び付けたのが、ドゥカティの天才技術者ファビオ・タリオーニ氏です。1956年に125GPマシンに採用し、市販車には1968年の350マーク3Dに初装備。以来ドゥカティは、レーシングマシンやほとんどの市販モデルにデスモドロミック機構を採用しました。
バイクだけでなく4輪車も含めて、デスモドロミックを実用化できたメーカーは、じつはドゥカティだけなのです。
■超高回転でもバルブを正確に開閉できる
一般的な4ストロークエンジンの動弁機構は、カムシャフトが直接、またはロッカーアーム(フィンガーフォロワー)を介して押し下げることでバルブが開き、バルブスプリングの力でバルブが閉じます。
一般的なバルブの開閉機構(図はカワサキ「ZX-10R」のバルブ周り)。カムシャフトがフィンガーフォロワーを介してバルブを押し下げることでバルブを開き、バルブスプリングの力でバルブが閉じる
対するデスモドロミックは、バルブを開く&閉じるためのカムを持ち、それぞれロッカーアームを介して強制的に開閉を行なっています。そのため、基本的にバルブスプリングを必要としません(実際はエンジンが冷えている時や極低回転の時にバルブの密閉性を高めるために、補助的に極めて柔らかいスプリングを装備する)。
一般的な動弁機構に使われる金属製のバルブスプリングは、エンジンが高回転になるとカムシャフトの回転に追従できなくなったり(バルブジャンプ)、伸縮する際に特定の周波数で共振を起こします(バルブサージング)。こうなるとバルブの開閉タイミングが狂うため、ピストンの頭と接触してエンジンが破損する恐れがあります。
ドゥカティのデスモドロミック(図はV型4気筒エンジンの片側2気筒分)。バルブを開く&閉じるためにそれぞれのカムを装備し、ロッカーアームを介して強制的にバルブを開閉するので、基本的にバルブスプリング必要としない
ところがデスモドロミック機構はスプリングを使わずに強制的にバルブを開閉するため、高回転でもバルブジャンプやバルブサージングを起こしません。
ちなみに一般的なバルブスプリングで高回転に対応するには、スプリングを強化(反発力を高める)したり、共振を抑えるために2種類のスプリングを重ねて使います。ただしこれだとバルブを開く際に強い力が必要になりパワーロスに繋がります。この点でもデスモドロミックは有利です。
さらにマニアックなところでは、デスモドロミックはバルブの開閉タイミングを設定する自由度(具体的には“カム山”の形状。カムプロフィールと呼ぶ)が大きいメリットがあります。一般的なスプリングを持つバルブ機構も、近年のスーパースポーツ系のエンジンで増えてきたフィンガーフォロワー式は、従来のカムが直接バルブを押す方式よりもカムプロフィールの自由度が増えていますが、それでもデスモドロミックには及ばない部分もあると言われます。
■ドゥカティはMotoGPマシンもデスモドロミック
ロードレースの頂点であるMotoGPでも、ドゥカティはワークスマシンのエンジンにデスモドロミックを使っていますが、他のメーカーはどうでしょう? じつは他メーカーのMotoGPマシンは「ニュウマチックバルブ」という方式を採用しています。
ニュウマチックバルブは、金属製スプリングの代りにシールで密閉した空間を設けて、そこに空気(正しくは窒素ガス)を入れて往復させる仕組みです。金属スプリングのように共振しないのでバルブサージングを起こさず、空気が出入りするだけなのでパワーロスもほとんどありません。もちろん空気なので金属スプリングより圧倒的に軽いこともメリットです。
それではデスモドロミックとニュウマチックバルブのどちらが優れているのでしょうか? 優劣を決めるのは難しいですが、現時点でニュウマチックバルブは市販車には採用できない特殊な構造です。なぜなら数百km走行毎に空気(窒素ガス)をタンクに充填しなければならず、エンジン停止中や保管時も空気圧の維持が必要だからです(空気圧が無いとすべてのバルブが開き、ピストンに接触してエンジンが破損する)。
対するデスモドロミックは、MotoGPのワークスマシンとほとんど同様の機構が、スーパースポーツのパニガーレはもちろん、多くの市販モデルに採用しています。遡れば1960年代の空冷エンジン単気筒モデルから続いているので、これは凄いコトです。
■ドゥカティしかデスモドロミックを採用しないのはナゼ?
それではデスモドロミックにデメリットはないのでしょうか? ここまで解説したように、デスモドロミックは一般的なバルブスプリングに比べてかなり部品点数が多いです。カムシャフトもオープン側とクローズ側を持つ特殊な形状(一般的なバルブスプリング式はオープン側のみ)なので、製造コストが増加します。そして部品点数の多さは、緻密に設計・製造しないと摩擦ロスの増加、すなわちパワーロスに繋がります。
1954年にドゥカティが名門モンディアルから迎えたファビオ・タリオーニ技師
またバルブクリアランス(カムやロッカーアームとバルブステムとの隙間。熱膨張に対応するため、適切な隙間が必要)を調整するために高い技術や経験値が必要なので、メカニックには高いスキルが要求されます。
これらをデメリットと呼ぶことは正しくないかもしれませんが、技術的なハードルが高いことは事実で、そのためにドウカティ以外のメーカーはデスモドロミックを採用しない(できない)とも言えます。
デスモドロミックを長く手掛け、技術を磨き上げてきたドゥカティだから可能と言えるのではないでしょうか。
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