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鎌倉時代に活躍した相模国の豪族の居城と考えられる「波多野城跡」を訪れた

バイクのニュース / 2024年7月30日 13時10分

神奈川県秦野市にある「波多野城跡」は、城跡とは言えただ石碑があるのみです。しかし近くにある「東田原中丸遺跡(ひがしたわらなかまるいせき)」からは、古墳時代の集落跡や、鎌倉武士の館跡と考えられる遺構が発見されたそうです。

■登場人物が多い!! その歴史をじっくり読み解く

 バイクで神奈川県秦野市にある「波多野城跡」を訪れました。素朴な疑問として、秦野市の「秦野(はだの)」と、波多野氏(はたのし)にはどんな関係があるのか気になりました。調べてみたものの、正直よく分かりません。ただ、平安時代中期に作られた辞書「和名抄(わみょうしょう)」には「波多野郷」と書かれているそうですから、元は同じなのかもしれません。

田園の道からアクセスする「波多野城跡」へバイクで行けるのはここまで。歩いてすぐに石碑に辿り着いた。各所に看板があって分かりやすい田園の道からアクセスする「波多野城跡」へバイクで行けるのはここまで。歩いてすぐに石碑に辿り着いた。各所に看板があって分かりやすい

 さて、城の遺構が見つかっていない城跡なので、山道を歩くでもなく田園脇の小道を歩いてすぐに石碑と解説板が見つかりました。実際に存在していた城は山の中にあり、ここは単なる石碑を置いてあるところなのだと思います。ベンチに座ると丹沢を眺めながらのんびりすることができました。解説板には、歴史が詳しく書かれています。

 まず「波多野氏」の祖先について。940年に平将門(たいらのまさかど)を討った武将、藤原秀郷(ふじわらのひでさと)の子孫である佐伯経範(さえきつねのり)が、波多野氏の祖先と言われています。

 経範が30年来家臣として仕えていたのが源頼義(みなもとのよりよし)です。1057年、源氏と安倍氏の戦「黄海の戦い」(きのみのたたかい・岩手県一関市藤沢町)で頼義は敗北し、経範もここで討ち取られました。

田園を左に眺めながら、城跡碑のある場所まで歩く。距離はとても短い田園を左に眺めながら、城跡碑のある場所まで歩く。距離はとても短い

 しかし波多野氏は秦野盆地一帯に勢力を持っており、5代目の子孫である義通(よしみち)は、1156年、1160年の「保元の乱、平治の乱」で源義朝(みなもとのよしとも・頼朝の父)に従って大活躍しました。

 義通の子、義常(よしつね)は京の朝廷に出仕して官位を得て、相模国(さがみのくに・神奈川県)の有力者になっていました。

 1180年7月、源頼朝が打倒平氏のため挙兵しますが、義常は参戦を拒否(暴言を吐いたとも伝えられていますが真意はいかに)。この年の10月、南関東を制圧した頼朝の討手が来る前に、松田郷(神奈川県足柄上郡)で自害したそうです。

 その後、波多野氏は義常の叔父(義通の弟という説もある)である義景(よしかげ)が継ぎます。

「波多野城跡」には石碑とベンチがあるだけの小スペースだが、風は気持ち良く、丹沢山系を眺めながら、しばし穏やかな時間を過ごした「波多野城跡」には石碑とベンチがあるだけの小スペースだが、風は気持ち良く、丹沢山系を眺めながら、しばし穏やかな時間を過ごした

 1213年には、NHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』でも印象的な悲話として演出された「和田義盛の乱(わだよしもりのらん)」で、義景の子、盛通(もりみち)が和田方へついて共に滅んでしまうシーンもありました。そのため、義常の弟の忠綱(ただつな)に実権が移ったとのこと。

 色々な人物名が出てきて混乱しそうですが、まさに戦の歴史の中で息づいてきた家系ということが分かりました。この「波多野城」は、義景などの居城と考えられているようです。

『鎌倉殿の13人』では多くの悲話が描かれましたが、第3代将軍、源実朝(頼朝の次男、兄の頼家追放後12歳で征夷大将軍に)の暗殺も印象的なシーンでした。忠綱は実朝のために、約1km離れた東田原に金剛寺を建てて祀っています。

暗殺された実朝の首塚は石造の五輪塔として祀られている暗殺された実朝の首塚は石造の五輪塔として祀られている

 近くに実朝の首塚があるので行ってみました。首塚とはいえ、家族連れや散歩する人などで活気がある「田原ふるさと公園」に隣接する、明るい場所でした。

 ドラマの悲劇を見てこの史実を知りましたが、実朝を殺したのは政治的な理由で追放された第2代将軍、頼家(よりいえ)の息子、公暁(くぎょう)でした。公暁は親の仇を討てはしましたが、追っ手に討ち取られ20年の生涯を閉じています。

 実朝は28歳。若者達が次々と倒れていくドラマは凄惨な印象が強かったのですが、のどかな公園の景色を見て少し心が救われるようでした。毎年11月23日には「実朝まつり」が開催されているそうです。そこでは供養とともに、紅白の衣装をまとった稚児行列(ちごぎょうれつ)が盛大に行なわれるそうです。

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