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「ヘルメットを気にしないで走ってくるのが一番」アライヘルメットのMotoGPレーシングサービスに聞く

バイクのニュース / 2025年1月25日 12時10分

MotoGPパドックで、レーシングサービスを行なうアライヘルメットの古厩透(ふるまやとおる)さんに、2024年シーズンの最終戦、ソリダリティGP・オブ・バルセロナでお話を聞きました。アライヘルメットの安全性の理念「グランシング・オフ」はずっと変わっておらず、ヘルメットの形状も大きくは変わっていません。しかし、レースの現場で培われた技術は、細やかな改良につながっています。

■MotoGPパドックにおける、ヘルメットのレーシングサービスのルーティン

 MotoGPのパドックで、アライヘルメットのレーシングサービスを行なう古厩透(ふるまやとおる)さんのインタビューは、2024年シーズン最終戦ソリダリティGP・オブ・バルセロナの木曜日午前中の予定でした。

小椋藍選手のMoto2最終戦の「スペシャルヘルメット」は、レーシングスーツと合わせて上部も黒になっている(2024年MotoGP最終戦ソリダリティGP・オブ・バルセロナ)小椋藍選手のMoto2最終戦の「スペシャルヘルメット」は、レーシングスーツと合わせて上部も黒になっている(2024年MotoGP最終戦ソリダリティGP・オブ・バルセロナ)

 バルセロナ-カタルーニャ・サーキットのメディアセンターからアライのトラックに行くと、古厩さんが迎えてくれます。さあインタビューを、と準備をしていると、ライダーやライダーのヘルパーが次から次にやって来るのです。

「忙しくなってしまいました」

 忙しなく対応しながら申し訳なさそうな古厩さんに、また日時をあらためてと約束してトラックを出ました。

 翌日、金曜日の午前中に再びアライのトラックを訪れれば、やっぱりインタビューの合間に小椋藍選手の家族が来たりもします。

 そう言えば、以前にお邪魔したときには、日本人ライダーなどが続々と顔を覗かせていました。もちろん、その場には日本人としてMotoGPを取材するわたし(筆者:伊藤英里)も含まれています。アライのトラックは、サポートをするライダーたちはもちろん、MotoGPパドックという「外国」の中で、日本人のたまり場になっているようでした。

 古厩さんは、元々はメカニックです。1987年からメカニックとして、ロードレース世界選手権(WGP)サイドカークラス、125cc、250ccクラスのチームで活躍してきたそうで、「ファミリーも多いんですよ」と言います。

 グランプリが開催される週末、古厩さんがサーキットに入るのは、水曜日の朝かお昼ごろです。本格的に仕事が忙しくなるのは木曜日からで、新しいヘルメットが日本やペインターから届いたり、レース用に新しいバイザーを用意したりします。

 走行、予選、レースがある金曜、土曜、日曜日は、ライダーあるいはライダーのヘルパーが、走行後にヘルメットを持ってきます。走行で汚れたり汗をかいたりしたヘルメットをきれいにして乾かし、バイザーを確認してティアオフ(ヘルメットのシールドに貼られる使い捨てフィルム。視界をクリアに保つことが目的)をつけます。そして、再び走れる状態にしてライダーに渡します。それを3クラス、走行後のたびに行なっています。

「例えば、マーベリック(・ビニャーレス)のヘルメットを持ってくるのは、彼のフィジオ(理学療法士)です。その人はフィジオ兼、(ビニャーレスの)身の回りのケアもしているんですよ」

 ティアオフと言えば、オーストラリアGPでマルク・マルケス選手(当時グレシーニ・レーシングMotoGP)がスタート前のグリッド上でティアオフをはがし、それがマルケス選手のリアタイヤと地面の間に挟まって、スタートに影響した出来事がありましたが、実際のところ、「レースのときは、ライダーはほとんどティアオフをはがさないんですよ」と、古厩さんは言います。

「集中しているので、そんなことを気にしている暇がないんです。ダニ(・ペドロサ。2018年をもって現役を引退。現KTMテストライダー)が、ものすごく汚れたヘルメットで帰って来たときもありましたよ。“こんなんでよく走るね”っていうくらい! それくらい集中しているんです。

 カル(・クラッチロー。2020年をもって現役を引退。現ヤマハテストライダー)がうちのヘルメットだったときも、(2018年の)アルゼンチンでそんなことがありましたよ。“よくこれで勝ったねえ”というくらい。全然前が見えないような状態だったんです」

 また、「スペシャルヘルメット」があるレースウイークは、そのヘルメットが届くとFIMに持って行き、認証を受けたという印になるFIMのステッカーをもらいます。ソリダリティGP・オブ・バルセロナの場合は、小椋藍選手が日曜日の決勝レースをスペシャルヘルメットで走りました。

 このスペシャルヘルメットは、小椋選手がタイGPでチャンピオンを獲得したときのチャンピオンヘルメットとは少し違っています。特に、上部の色がレーシングスーツと合わせるため、黒になりました。

「チャンピオンヘルメットは(上部が)青でしたよね。あれは藍も気に入っていたみたいですよ。あのヘルメットは、日本で色も考えてペイントしたものでしたね」

■アライヘルメットが持つ理念「かわす性能」

 インタビューは、Moto3クラスのフリープラクティスの時間帯でした。トラックの中のテレビでは、セッションの中継が流れています。そのとき、鈴木竜生選手(当時リキモリ・ハスクバーナ・インタクトGP)のクラッシュを喫します。転倒した鈴木選手が何度かグラベルを転がる様子が、テレビに映っていました。

アライヘルメットの帽体は、人が乗ってもびくともしないほどの硬度を持つアライヘルメットの帽体は、人が乗ってもびくともしないほどの硬度を持つ

「頭を打っているね」と、古厩さんは言いました。中継を見て、どんな風に転倒をしたのか、そのときライダーが使用していたヘルメットが、どんな状況でダメージを受けたのかを確認するのも、重要な仕事なのです。

「今回の場合は(ライダーがそのまま)走っているので戻ってきちゃうと思うんですが、もしかしたらIRTA(the International Road-Racing Teams Association)が確認しに行って、“このヘルメットはNG”と判断するかもしれないですね。そうなるとFIMの(認証)ステッカーがはがされて、使えなくなっちゃうんですよ。

 大丈夫そうなヘルメットでも、帽体の方がどうなっているのかここで確認して判断することもあります。塗装がはがれてキズがついているようなヘルメットは、うちでは使いません。基本的には目視と触っての確認です。どういう状況で転倒したのか、テレビで確認もします。だいたい経験でわかりますよ」

 そんなアライが考える安全性は、「グランシング・オフ(glancing off)」、つまり「かわす性能」です。

「転倒したとき、いかに衝撃を頭に入れないか。(衝撃エネルギーを)頭で吸収しないように“かわす性能を発揮”することが一番大事なんです。それが『グランシング・オフ』です。日本語で言うと、“エネルギーを滑って逃がす”となります。滑らせて、エネルギーをヘルメットの中に入れないよう、分散させるのです。

 だから、ヘルメットとしてはクラシカルな丸い形になります。それが一番滑るからです。それを守っているので、形状自体は昔から変わっていないんです。帽体を空力のために長くしたりもしていません。

 グランシング・オフのための形状、硬さの帽体、樹脂と繊維を研究しています。内側のスチロールは、衝撃を吸収するために柔らかめになっています。このスチロールも工夫があって、場所によって硬度が違っており、それを一体成型しているんですよ。とにかく、頭にいくエネルギーを内側に入れない、“かわす性能”が重要なんです」

 MotoGPライダーの安全を守るアライヘルメットですが、ライダーが使用するのは、基本的に市販品と同じです。アジア人とヨーロッパ人では頭の形状が異なるため、それぞれに合わせたモデル、日本人を含むアジア人ライダーは「RX-7X」、ヨーロッパ人ライダーは「RX-7V」(「RX-7X」のヨーロッパ仕様)を使用しています。

 どちらも根本的なコンセプトは変わりません。ペイントかデカールかという違いがあることもありますが、ヘルメットの性能としては、MotoGPライダーが使っているヘルメットと同じ物を、わたしたちも買うことができるということです。

 アライは1988年、杉原眞一さん(1977年WGP350ccクラスで日本人初の世界チャンピオンを獲得した、片山敬済さんのメカニックを務めた)によってヘルメットのレーシングサービスを開始しました。WGPのパドックにおけるヘルメットのレーシングサービスは、これが最初でした。

 アライがWGPのレーシングサービスを開始したのは、当然ヘルメットの開発に生かす、という目的がひとつにありました。レースの現場で培われた技術は、どのように次の製品に生かされてきたのでしょうか。

「シェルに関してはそれが一番だと言い続けている通り、丸い帽体が基本です。ただ、細かいところは、毎回変わっているんですよ。外からは全く見えないんですけど、RX-7V(RX-7X)のエアの流れは前の型から次の型へ、ちょっとずつ通気方法も変わっているんです。(シールドを上げるための)レバーも変わっていますね。安全性を上げて、転倒しても絶対に開かないように。そういう細かい違いの積み重ねで、今に至っています」

■「ヘルメットを気にしないで走って帰ってきてくれるのが、一番」

 インタビューの中で、古厩さんがさらりと言ったある言葉がとても印象に残りました。

「ライダーが問題なく走って、ヘルメットを気にしないで走って帰ってきてくれれば、それが一番かな」

中上貴晶選手の日本GP(2024年)のスペシャルヘルメット。多くのライダーがティアオフ2枚の中、中上選手は3枚使っている中上貴晶選手の日本GP(2024年)のスペシャルヘルメット。多くのライダーがティアオフ2枚の中、中上選手は3枚使っている

 安全であることは、当然のこと。そのうえで、ライダーがヘルメットのことを気にせずに、自分のパフォーマンスだけに集中して走ることができて、そして帰ってくる。それが、一番だと。

「極論で言えば、ライダーが何も言わずに帰ってきて、何も言わずにコースに出ていく。それが一番いいんです。何も言わないということは、“何もなかったんだな”ってことだから」

 そう言う古厩さんに、ヘルメット・レーシングサービスという仕事のやりがいとは何でしょうか、と聞きました。

「藍がチャンピオンを獲ったときは、すごく嬉しかったですね。優勝したときもね。マーベリックもMoto3でチャンピオンを獲りましたし。残念ながらもううちのライダーではなくなってしまったけど、(ブラッド・)ビンダー、ティト・ラバト、ホルヘ・マルティンも、うちのヘルメットでチャンピオンになってくれました。今年、マルティンが(MotoGPクラスの)チャンピオンになったらいいな、と思っているんですよ。

 それまでノーポイントだったライダーがポイントを獲ったり、活躍してくれるのが嬉しいですね。勝つだけじゃなくて前進して卒業して、その後の人生の糧になってくれれば。それが一番です。怪我せずにね。

 安全が、一番重要なんです。そうして走り切ってくれれば一番嬉しいです。僕は“アライにああいう人がいたなあ”というくらいでいいんです。こちらは表舞台に立つ人間じゃないからね。彼らを助けられればいいな、と思っていますよ」

 インタビューの数時間あと、小椋選手のスペシャルヘルメットを撮影するために再びトラックにお邪魔すると、やっぱり訪問客がいました。ヘルメットのレーシングサービスだけではなく、アライはMotoGPのパドックで──きっと、特に日本人にとって──大事な寄り所なのです。

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