金正男暗殺、実行犯の2人はどうなった?真実に迫った監督が感じたこと

bizSPA!フレッシュ / 2020年10月31日 15時46分

写真

金正男暗殺、実行犯の2人はどうなった?真実に迫った監督が感じたこと

 2017年2月13日、マレーシアのクアラルンプール国際空港にて、北朝鮮労働党・金正恩委員長の実兄・金正男氏の暗殺事件が発生しました。

poster (1)

『わたしは金正男(キム・ジョンナム)を殺してない』より(以下、同じ)

 白昼の空港で金正男氏が神経猛毒剤VXを顔に塗られ、殺害された監視カメラの映像は日本でも放送され、人々に衝撃を与えました。この事件の闇と真相、そして彼を殺したベトナム人とインドネシア人の2人のごく普通の若い女性の運命を描くドキュメンタリー映画『わたしは金正男(キム・ジョンナム)を殺してない』が全国公開中です。

◆2人は釈放されている

 2017年10月に裁判が始まると、北朝鮮の工作員が彼女たちをいかに巧妙にだまし、実行犯へ仕立てていったのかが、SNSに残されたやりとりなどをもとに明らかになっていきました。そして2019年3月、インドネシア人のアイシャさんは起訴が取り下げられ釈放され、その2か月後にベトナム人のフォンさんは傷害罪への訴因変更を経て釈放されました。映画は、この判決が出る前に撮影を始めています。

 メガホンをとったのはドキュメンタリー分野の気鋭、ライアン・ホワイト氏

 映画『おしえて!ドクター・ルース』『ジェンダー・マリアージュ 全米を揺るがした同性婚裁判』ほか、Netflixの『キーパーズ』も話題になるなど、ドキュメンタリー映像作家として活躍中の才人です。今回、オンラインでインタビューを行いました。

 事件に惹かれた監督は自腹でクアラルンプールへ飛んだそう。取材を重ねて真相を探るにつれ、当時裁判中だったふたりの女性の人生が奪われるかもしれない展開に「自分たちの究極的な使命も感じた」と言い、過酷な仕事への想いも吐露。最後にはコロナ禍における意外な(?)ホンネも飛び出すインタビューとなりました。

◆きっかけは雑誌記者からの連絡

rian (1)

オンラインで取材に応じてくれたライアン・ホワイト監督

――そもそも今回の映画は、どういう経緯で生まれたのでしょうか?

ライアン・ホワイト(以下、ホワイト):まず2017年に雑誌『GQ』でダグ・ボック・クラークさんという人が事件についての記事を書いていて、その当時僕は読まなかったけれど、その年にオンラインでもっとも読まれている記事ということで、とても注目を受けていた。

 僕自身はNetflixの『キーパーズ』がヒットしていたこともあって、彼に「映像化の話が自分のところにたくさんくるので、相談に乗ってくれないか」と依頼され、まず電話で話をした。記事は事前にもちろん目を通したけれど、すごく調査がされており、いろいろな方が匿名を条件にいろいろなコメントをしていて、かなり深く掘られたものだった。まずそこに惹かれたし、電話で話したときもグッとつかまれるものがあった。プロデューサーにも掘り下げようと言われ、その数週間後にはダグさんと自分のカメラマンのジョンとともにマレーシアに飛んでいたよ。

――すごい機動力ですね。

ホワイト:自腹で行って1週間くらいの滞在だったけれど、まずはとにかくどんなことが起きているのか、自分たちの目で見てみようということになった。見れば見るほど「これはやられた」と心つかまれる何かがあって、彼女たちが言っているように表向きにはとても荒唐無稽な物語が、もしかして本当かもしれないと思い始めた。しかも彼女たちは死刑に処されるかもしれないと思い、ほかの企画をいったんすべて止めて、これを撮ろうと決めたんだ。

◆「2人が死刑になってしまうかも」と思っていた

sub2 (1)

――題材が題材なだけに、身の危険を感じたことは?

ホワイト:物理的な脅威はなかったよ。危険な目に遭ったことは特にない。でも雰囲気的に居心地が悪かった。何が起きたってことじゃないけれど、現地の人が嗅いでほしくないエリアを嗅いでいたということもあって。それは別に北朝鮮だけではなく、マレーシア自体のこと。

 クアラルンプールという町の裏の顔、セックスワークであったり、ドラッグやタクシードライバーであったり、自分が今こういうことをしていると話すと、みなさん嫌がるような態度になる。そういう題材だったんだ。今までの映画作りで、もっとも楽しくない撮影でもあったよ。緊張感があったからね。終わった今は安全だし、そういう危険もなくなったので、ほっとしています。

――「楽しくなかった」という本音に、監督の仕事の本質を感じますね。

ホワイト:こういう題材を扱っていて、楽しいとは言えないよね。ただ、今まで楽しい題材の映画はたくさん作ってはいるけれども、この物語はダークだし、悲しかったし、当時全員が「彼女たちは無罪かもしれないけれど、処刑されるだろう」と言っていた。だから僕たちもそういう理解で撮影を進めていた。彼女たちの物語が真実だとしても、有罪判決を受けて死刑になる可能性がある、非常に不公平、不正の物語になってしまうと、ずっと思いながらカメラを回していたよ。

◆取材するほど「彼女たちは無罪だ」と感じた

――今回のプロジェクトを経て、監督の仕事に対するスタンスや人生の価値観について何か変化は起こりましたか?

ホワイト:何か価値観が変わったというほどではないのかもしれないけれど、真実というものは自分たちが思っている以上に奇妙なものでありうるのだということに対して、よりオープンになったと思う。この事件に関してはメディアの報道もあって、しかも監視カメラの映像で実際に行動をしている彼女たちが映ってしまったがために、彼女たちが殺し屋であるというイメージが大きかった。

 でもその裏の真実があったわけで、今までもそう思っていたけど、さらに本物の真実というものを見極めるためには、ちゃんと深く掘っていかなければいけないんだというレッスンを改めて受けたような感じだった。この映画を観た方にも、そういったことを感じてもらえたらと思う。

――実行犯の2人は芸能界を夢見る普通の女性で、しかも本人たちが「自分はイタズラ動画に出演していただけ」と思い込んでいたということは、人々に衝撃を与えました。取材をすすめるにつれ、社会的な責任、使命感みたいなものが強くなる瞬間もありましたか?

ホワイト:ミッションというか使命感はどんどん強くなっていきました。自分たちなりの調査をずっとしていて、というのは観ていただければわかるとおり、マレーシアの警察や裁判の過程で、何が実際に起きているか知ろうと思ったら、誰にも頼ることができなかったから。だから滞在すれば滞在するほど、目からうろこの状態、目が開けていったよね。彼女たちが無罪だということを感じていった。

 文字どおり生死がかかっているので、それだけ重要なことに自分たちがかかわる可能性があるという意味でも、自分たちの究極的な使命感を感じていた。一方で、現地の専門家たちは絶対に有罪判決が出ると言っていたから、僕らもそう理解していた。でも、「ならばその瞬間に映画を公開して、国際的な物議を醸しだし、彼女たちを救う手立てをしたい」とも思っていたんです。

◆コロナ下はプロとして落ち込んでしまう

sub1 (1)

映画では事件当日の監視カメラの映像も

――コロナで仕事がなくなったりする人もいて、仕事に対するやる気、やりがい、モチベーションが持てないというビジネスマンもいそうです。ご自身はどういうマインドで仕事をしていますか? もし絶好調なら、いまいちやる気が出ない人へはどうアドバイスを。

ホワイト:ちょうどその質問をしてくれたとき、友だちにメッセージで「今日はちょっと仕事をしてみようかな」と送ったところでした。というのは僕もこのコロナ禍でやる気を失ってしまっている人のひとりだから。でも、ずっと家にいなきゃいけなかった。外でいろいろなストーリーに出会ったり、掘っていくということが一番活気が出ることなのに、それができず、プロとして落ち込んでしまう日々だった。

 ちょうど僕は3本のプロジェクトが完成したばかりで、仲間のドキュメンタリー作家たちはコロナでも家で編集できるから頑張って編集してるけれど、僕は編集する素材もないので、撮影が再びできるタイミングをただ待っているところ。だから、ほかの人にアドバイスするなんてとんでもない! むしろアドバイスしてほしいくらいだよ(笑)。

<取材・文/トキタタカシ>

【トキタタカシ】

映画とディズニーを主に追うライター。「映画生活(現ぴあ映画生活)」初代編集長を経てフリーに

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング