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夢を諦めた元芸人が語る、社会の厳しさと「枚方パーク」に就職したワケ

bizSPA!フレッシュ / 2021年7月22日 15時47分

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現在の職場、ひらかたパークにて

 漫才やコント、ピン芸など変幻自在の笑いを生み出すお笑いグループ「ザ・プラン9」のリーダー・お~い久馬の元相方、後藤秀樹さん(49歳)。

 前回の記事では、「千原兄弟」を筆頭に関西で巻き起こった2丁目劇場ブームの波に乗り、久馬との漫才コンビ「シェイクダウン」として浮上躍進していくお話からコンビ解散までを語ってもらった。

後藤秀樹さん

後藤秀樹さん

 後編となる今回は、ピン芸人として試行錯誤を繰り返しながらも引退を決意した大きな出来事をはじめ、一般企業で受けた厳しい社会の洗礼、そして、やっと見つけた天職とも言える再就職先について話を聞いた。

◆ピン芸人としての苦悩

――コンビ解散後は、ピン芸人として新たな道を模索し始めたんですね。

後藤:ぼくとしては、ピン芸人としてネタを作る力とかトークの力を付けて、「もう1回、久馬君とコンビを組んだら売れるんちゃうかな」っていう思いもあったんですよ。

――確かに、ピン芸でも精力的にネタを披露されていましたよね。モノとか映像にツッコミを入れていくネタが好きで、毎年『オールザッツ漫才』(MBS)を楽しみにしていました。特に福袋を買ってきて、「なに入ってんねん!」ってツッコミを入れていくネタが好きでした!

後藤:あれはね……名作でしたよね(笑)。ただ、ピンでネタを作っていくのは限界でした。コンビ時代の余力というか、ピン芸として新しい後藤秀樹を作り上げるところまでは到達できていませんでした。

――やはり、ツッコミだけでネタを作るのは難しいと?

後藤:そうです。あとね、「人にツッコミを入れたい」っていう欲求が強くなってきましてね。ピンとして10年ぐらいやったんですが、最後のほうはその気持ちに押し潰されそうになっていました。

◆ツッコミをする喜びを知る

後藤秀樹さん

現在の職場、ひらかたパークにて

――その思いもあって新喜劇に入団されたと。

後藤:そうなんです。人を相手にしてツッコミをするっていう喜びを知って、「これや、これや!」っていう感じがありました。最初は、欲求を満たす喜びばっかりやったんですが、新喜劇には新喜劇流のツッコミがあるんですよ。それは、コンビ時代のツッコミとはまったく違うもので。

――そこで、壁にぶちあたったのですか?

後藤:もうね、ツッコミという役割なんで、短い期間で出演者全員のセリフを覚えないといけないし、2つ後のボケのために最初のツッコミはこんな言葉とトーンでいこうとか。ちゃんとストーリーを踏まえたツッコミが必要なんですよね。そこに悩みを持つようになって……。稽古のときに、ツッコミが出なくなったんですよ。

◆声が出なくなり、引退を決意

―――言葉がすっと出てこない?

後藤:はい。今までは瞬間的に言葉が出てくるのに、心の中で「これも違うんやろうな」と思うと、まったく出てこない。これはもう芸人としては致命的なんで、ちょっと休もうと思って休養したんですよ。

――そこから芸人を辞めようかどうかという心境になっていったのですね?

後藤:そうですね。あと、2丁目劇場時代とは違う、環境の変化も知らず知らずのうちにストレスになっていったみたいで身体も不調になって。それで、辞めようと。家族がいるんで、別の道で生きて行こうって決めたんですよ。

◆芸人を辞めて一般社会へ

後藤秀樹さん

駐車場受付でも軽快なトークが魅力だという

――一般企業で働こうと決意されたのですね。

後藤:思いました。どんな仕事が自分に合うかわからなかったんですが、当時から服が好きだったんで、アパレル系の企業にいくつか面接を受けに行きました。何かしら自分と接点がある仕事の方が合うんじゃないかという気持ちですね。

――じゃあ、履歴書もちゃんと書いて?

後藤:もうね、びっくりしましたよ。書くことが無いんですよ。高校卒業してから20年以上、芸人しかやってないから。ただ、アパレルの服屋さんの店員になろうと思っていたんで、特技を書く欄には、しっかり「お笑いです。軽快なトークで服を売りまくります」みたいなことを真剣に書いて(笑)。

――まだ芸人さん時代の「笑わせよう」っていう名残がありますね(笑)。結果はどうだったのですか?

後藤:面接を受けた、とある大手アパレルメーカーの方から直接電話がありまして、「後藤さんの才能に賭けてみたいです。他に面接を受けた企業から内定が出たとしても、うちに来てくれませんか?」ってアプローチされまして。芸人を辞めて、落ち込んでいる時期だったんで「わかりました! ぜひやらせていただきます」って喜んで返事をして、服屋さんの店員になったんですよ。

◆服屋さんで感じた厳しさと新たな出合い

――最初の再就職先は服屋さんの店員だったんですね! お客さんともうまくやりとりをしてそこで活躍しそうに思うのですが……。

後藤:ぼくもそう思っていたんですが……無理でしたね。服屋さんって、服を売る接客だけじゃなくて、次々と入ってくる新作の商品を覚えないといけないんですよ。これね、40歳を過ぎた世代からするとキツイんですよ。休憩中にバックルームで必死になって資料を読むんですが、なかなか頭に入らないですからね。

――そこで社会の厳しさを思い知ったんですね。

後藤:めちゃくちゃ感じました。芸人でそこそこやっていたとはいえ、その力なんかそれほど役に立たない。また、落ち込んでしまって。

――とはいえ、働かないといけないですからね。

後藤:そうそう。それで、本当に自分が好きなものって何やろうって考えたら、「人を楽しませることじゃないか」って思ってね。いろいろ探したら、偶然、「ひらかたパーク」でイベントホールのスタッフを募集していたんですよ。もうね、「これや!」って思いましたよ。遊園地なんか、まさに楽しい場所ですし、喜びに溢れていますからね。

◆芸人以上に楽しくて癒される仕事に

後藤秀樹さん

この職場が何よりの救いに。今では天職だと話す

――それで「ひらかたパーク」に入社されたワケですか。イベントホールスタッフということは、イベントのご案内をされる業務を?

後藤:そうです。シーズンごとに色々なイベントが開催されるので、お客さまをご誘導したり、小さなお子様にシールをお渡ししたりね。もう、仕事をしていてこんなに癒されていいんだろうかっていうぐらい楽しかったですよ(笑)。

――幸せにあふれている場所ですからね。

後藤:それから、乗り物を操作する業務も担当しましたよ。お子様の乗り物を操作すると、本当に楽しいんですよ。1回乗って面白かったら、何度も何度も乗ってくれる。お子様のほうから話しかけてくれて、心が安らぐような瞬間がいっぱいあるんですよね。だから、1つの乗り物を操作するためには、運転免許試験のようなテストがあるんですが、めちゃくちゃがんばりました。最終的には、4つの乗り物を操作できるようになりましたからね。

――なにがきっかけで今の駐車場の警備に異動されたのですか?

後藤:正直ね、年齢を重ねると物覚えが悪くなって、乗り物の試験をクリアするのが大変になってきまして。また、そこでどうしようかと思っていたら、今の上司の方が「芸人やってたんやろ? 面白そうやから一緒に警備やれへんけ?」って誘われましてね。

――どこかで聞いたことがあるような流れですね?(笑)。

後藤:ぼくもね、これはどこかで嗅いだことがある臭いやぞと。この方のもとで、新しい業務をがんばってみようと。それで、今の部署に異動になったんですよ。

◆今になってダウンタウンと共演

――業務としてはどういう内容なのですか?

後藤:駐車場の受付で、ひたすら料金をいただく日もあれば、駐車スペースにお客さまを誘導する日もあれば、駐車場の前に立って入出場を誘導する日もあります。この部署もね、お客さまとの関わりが楽しいんですよね。みなさん今から楽しもうっていうウキウキが伝わってきまして。

――芸人さん時代のファンの方も来られるそうですね?

後藤:SNSをやっているんで、ぼくがここで働いていると知ったんでしょうね。わざわざ千葉県からお土産をいっぱい持って来て「やっと会えましたー!」って喜んでくれる方もいるんですよ。こんなに嬉しいことないでしょ?

――しかも、ときどきテレビやドラマにも出演されたりも?

後藤:そうなんですよ。まったく想像していなかったことなんですが、ドラマの撮影を「ひらかたパーク」でするっていうときに、ちょっとだけ出演したりね。あと、芸人時代は叶わなかったダウンタウンさんのお2人とも共演できたんですよ。芸人を辞めてから初共演って、「いまごろ?!」って思いましたよ(笑)。

◆今が一番幸せで面白い

後藤秀樹さん

――お話を聞くと、本当に充実しながら仕事をされていますね。

後藤:再就職する前は、おそらく「芸人時代の楽しさを抜くことはないやろ」っていう思いがどこかにあったんです。でもね、若い女の子たちからワーキャー言われる楽しさと同じぐらい、ここでの仕事は楽しいんですよ。働いている人も、遊びに来てくださる方もみんな温かいし癒しもあるし。だから、今が一番幸せやし、面白いんですよ。これは、強がりじゃなくて本音ですからね。

――なるほど。では最後に新たな道を歩もうか悩んでいる方にメッセージをお願いできますか?

後藤:うーん……。芸人を辞めるっていうのは、すごい勇気がいることなんですよね。ここであきらめていいのかとか、収入はどうしようとか。それをすぐ決める必要はないとは思うのですが、ぼくの経験を振り返ると、人との巡り合わせを大切にしたら、きっと何歳になっても人生のピークを迎えられると思うんです。ぼく自身はこの幸せを知ったので、芸人に戻りたいっていう気持ちはないぐらいですから。可能性をあきらめずに、何かしら新しい一歩を踏み出してほしいですよね。

<取材・文/橋本未来 撮影/大森泉>

【後藤秀樹】
1972年、大阪府高槻市出身。1991年に同期のお~い!久馬とコンビ「シェイクダウン」を結成。2000年に解散し、その後はピン芸人として活躍。2014年に芸能界を引退し、現在はひらかたパークで駐車場の係員として働く。
Twitter:@hideki19720121

【橋本未来】

コピーライターオフィス「西林敏一事務所」に所属。主に関西圏で広告関係やマガジン系の仕事をしながら、映像の企画・構成なども手掛ける。芸人さんやちょっと変わった経営者さんなどの話を聞くのがライフワーク。写真は先輩ライターの後ろでこっそりと厨房を覗き込んでいるシーン

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