「17年間育てた息子を一瞬で奪われた」遺族の思い 見直し議論進む『危険運転』要件の“壁”
BSN新潟放送 / 2025年1月19日 19時29分
悪質な運転に適用される『危険運転致死傷罪』について、適用のハードルが高く「一般常識とのギャップがある」という声も上がってるなかで今、“要件見直し”の議論が行われています。
交通事故で息子を亡くし『危険運転』の適用を訴えてきた遺族を取材しました。
危険運転致死傷罪について考える
新潟市東区の母親(63歳)は、当時高校2年生だった次男・梁川晋男さんを事故で亡くしました。
2006年4月21日のことです。
それ以来、月命日には必ず、仏壇の前で手を合わせていると言います。
「21日にお寺さんが来てくださってお経を聞くと、息子自身に向き合えるというか、そういう時間になっているかなと思います」
晋男さんの部屋も見せてもらいました。
ゴミ箱に捨てられたメモや、部活で使っていたバレーボールなどが、今もそのまま残っています。
「あの子もこの部屋に帰ってきたかっただろうなって」
あの日の朝は、雨が降っていました。
いつもと何も変わらない朝の光景…。
「雨ならバスで行きなね」
「分かった ―」
これが、晋男さんとの最後の会話になりました。
【記者リポート (当時)】
「車はポールをなぎ倒し、高校生2人をはねました…」
事故の現場は、晋男さんが通っていた高校の目の前。
バレーボール部の練習が終わり、友達と帰宅しようと自転車に乗っていたところ、車が猛スピードで歩道に突っ込んできたのです。
救急車の中で痛みで叫び声をあげる姿を、母親は今でも覚えていると言います。
「落ち着いたのかなと思っていたんですが、私たちが呼ばれて残念ながら亡くなりましたと ―」
「頭が真っ白になって、処置台の方を見たら、真っすぐ上を向いて目をつむって、眠っているような息子がいて…」
母親によると晋男さんは、気管を激しく損傷して呼吸ができなかったそうです。
一緒に巻き込まれた友人は3か月間意識が戻らず、今も車いすで生活するなどの障害が残っているといいます。
警察は『危険運転致死傷』の疑いで、当時25歳の運転手を逮捕しました。
2001年に設けられた『危険運転致死傷罪』は、1999年に東京都世田谷区の東名高速道で発生した事故をきっかけにつくられたものです。
『危険運転致死傷罪』での最高刑は、懲役20年。
一方の『過失運転致死傷罪』は、最高刑で懲役7年。
遺族にとっては大きな差があります。
飲酒運転のトラックが家族4人の車に突っ込み子ども2人が死亡したこの東名高速飲酒運転事故の当時は、交通事故はあくまでも「過失」によるものとして扱われ、悪質な運転を処罰する法律はありませんでした。
法に定められた「危険運転」は、次の6種類の行為が対象です。
・アルコールや薬物の影響で正常な運転が困難な状態であること
・制御困難な高速度での走行
・人や車の通行を妨害する『あおり運転』
・ハンドルやブレーキ操作など技量がない
・危険な速度での赤信号無視
・通行禁止の道路を危険な速度で走行すること
新潟市で当時高校2年生だった晋男さんが亡くなった事故について当時の警察は、時速75kmのスピードで車が歩道に突っ込んだことが捜査で分かったとして、『危険運転致死傷罪』の要件である「車の制御が困難な高速度」に当たると判断しました。
しかし…
この事故について新潟地検は『危険運転致死傷罪』での起訴を見送り、運転過失の責任を問う「業務上過失致死傷罪」で起訴しました。
時速75kmが“制御困難なスピード”とは判断されず、直前に小動物が飛び出したためにハンドルを切ったことも事故を招いた原因の一つ、と判断したためです。
部活帰りの次男・晋男さんを事故で亡くした母親は、当時をこう振り返ります。
「爆音とドリフトでは有名だったと説明されました」
「ただ私たちは、あの時は事故に遭って詳しい法律とか裁判の流れっていうのがよくわからなくて…」
「そうなのか、と受け入れるしかなかったです」
裁判で下された判決は“禁錮2年”でした。
「当事者になってみて改めて、交通事故はあまりにも軽い…」
「未来ある高校生2人が犠牲になって、そして私たち家族も別世界で生きることになってしまって、それなのに、たった2年なのかと…」
新潟県弁護士会の刑事弁護委員会で委員長も務める片沼貴志弁護士は、“危険運転”の適用について、その構成要件の難しさを話します。
「構成要件が曖昧なゆえに、やはり裁判所としてもなかなか適応しづらく、検察庁としてもなかなかこの危険運転に起訴しにくい、という面がどうしても否めない」
危険運転致死傷罪の“要件”について、アルコールの影響は「正常な運転が困難な状態」、車のスピードは「制御困難な高速度」としています。
一方で、具体的な数値は定められていません。
さらに、「うっかり」ではなく「故意だったこと」や「危険だったこと」を立証する必要があるということです。
「やはり“危険”という概念を、我々からみてある程度一目で分かるような改正が望まれるのかなと思います」
「明確であるからこそ、それに違反しないように我々は注意して生活できるという面があり、グレーゾーンが多ければ多いほど、該当するかどうかに常に怯えながら生活しなければならないということなので…」
この『危険運転致死傷罪』をめぐっては、新たな動きもありました。
法務省の検討会では、危険な運転に対してより厳しく対処するため、交通事故の被害者遺族へのヒアリングなどを行い、“要件の見直し”に向けての議論を進めてきました。
11月27日に取りまとめられた報告書では、飲酒運転で正常な運転が困難な状態に当たると言える“アルコールの数値基準”や、交通の状況などに関わらず危険性が認められるといえる“速度の数値基準”を設け、「危険運転の処罰対象」とすることなどが考えられるとしています。
この報告書の内容を踏まえ法務省では今後、必要な法整備に向けた具体的な検討を進めるとしています。
危険運転致死傷罪の要件に『基準』を設けることについて、新潟県弁護士会の刑事弁護委員会委員長の片沼貴志弁護士は“懸念点”も指摘します。
「速度が1km/hでも下まわれば、あるいは飲酒量が1mgでも構成要件を満たさなければ、危険運転には該当しないのかという差が出てくると思います」
「その“差”が一般市民の感覚からして受け入れられるかどうか…」
当時高校生だった次男の梁川さんを事故で失った母親は、数値基準を設けることについて賛成だと話しています。
「遺族自らが署名活動をして訴えたら過失から危険運転に変更された、というケースがたくさんあると思いますが、量刑が署名活動で変更されること自体、法に不備があると思います」
『もう二度と運転はしない』
『一生かけて償う』
車を運転していた男性の、裁判での言葉です。しかし、晋男さんの母親が送った手紙への返事は、今も届いていません。
「私は個人的には謝罪なんていらない。もう生き返ることはありませんので…」
「17年間大切に育ててきた息子を一瞬で奪われたわけですから、私は加害者には17年間刑務所に入ってほしかったです」
遺族の思いと法律とのギャップ。
その差の見直しが行われようとしています。
しかし、何よりも望まれるのは『交通事故のない社会』です。
「重大な事故の背景には必ず、いくつかの違反や問題が繰り返されている…」
「私たちはもうバケツ何杯分もの涙を流してきました。私たちのような悲惨な事故が一つでも減るといいなと願っています」
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