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「去年は毎日毎日 なんかしてましたね」元日の被災地に見る“積み残された”課題【能登半島地震1年 歩みあしたへ】

BSN新潟放送 / 2025年1月8日 6時50分

BSN

シリーズ『能登半島地震1年 歩みあしたへ』

地震から1年を迎えた2025年元日。
能登半島地震 被災地の“今”を取材しました。

震度5強の揺れに見舞われた新潟市西蒲区にある『曽根神社』には、今年の元日も多くの人が初詣に訪れていました。

【参拝者】
「さぁこれからお酒を飲もうか、というタイミングで地震がきて。大変でしたね」「自然災害がないに越したことはないので」
「災害や争いがない、平和な1年がみんなで過ごせればいいかなと思います」

曽根神社では4つの灯篭が倒れ、手水舎も被害を受けました。

【曽根神社 廣川豊宮司】
「本当に潰れるかと思いました」
「幸いにも、これが倒れたときにちょうど人がいなかったんで良かった。本当に、それだけですね」

地元企業などの寄付やクラウドファンディングでおよそ1300万円の費用を工面し、手水舎などは2024年8月に修復を終えました。

一方で、御神体が祭られている社殿には今も、“地震の爪痕”が残っています。

「こういうところが全部ずれちゃって。離れちゃってるっていうか…」

莫大な費用がかかるため、修復の目途は立っていないということです。

「完全復興にはちょっとほど遠いね。まだまだ時間かかると思いますね」

宮司の廣川豊さんは、支援してくれた町と共に歩んでいきたいと考えています。

「ますます町が発展して、神社とともに発展すればいいのかなと思います」

「普段いない息子たちが来て…」
新潟市西区寺尾に住む笠原和子さんは、久しぶりに会う家族とのだんらんの時間を過ごしてしていました。

「お正月の思い出はないですね。去年は、毎日毎日なんかしてましたね」

液状化現象による大きな被害を受けた寺尾地区。
笠原さんの自宅も傾いてしまいました。
5月には家の傾きの修復が終わりましたが、外壁の工事はまだ始まっていません。

「この道が直らない限り、家の外壁は直らない…」

排水管も被害を受け、風呂の排水がうまくできないのも悩みの種の一つです。

「流れないの。水がくるぶしまでくるんですよ。これ毎日」

能登半島地震から1年。
液状化現象による被害の多かった新潟市西区では解体された建物もあり、寺尾地区に住む笠原和子さん宅周辺の景色は変わりました。

しかし、自宅の方に傾いてきたままの隣のアパートは、住人はいなくなったものの、取り壊されずに残されたままです。

「怖いですよね見た目。人が住んでいないからいいのかもしれないけれど、周りからはやっぱり怖いですよね」
「これだけお金かけて家の傾き直したのに、これがガーンと倒れてきたらショックですよね…」

この1年を振り返った笠原和子さん。
すぐに言葉は出ませんでした。

「うーん…。必死な一年…、必死…」
「必死だけど、やるべきことはやりつつ、プラス復興ですよね」

周辺の景色は変わりましたが、近所との交流は増えたそうです。

「この道路も うちが代表者になって申請に行った」
「全部直ったら、ここでバーベキューしようかなんて言ってる…」

「今年は、まだまだ復興の一年」
「目の前のこと 1個1個あたっていくしかないかな…。神様じゃないので」

【記者リポート】
「新潟市西区の善久です。きょうで能登半島地震から1年が経ちますが、住宅の地面は浮き上がっていて、奥の玄関はひび割れています」

元日の能登半島地震が起きた時刻と同じ午後4時10分に私たち取材班は、液状化現象による被害を受けた、新潟市西区の善久地区を訪ねました。

地震から1年たってもなお、その爪痕は今もいたるところに生々しく残っています。

【地元住民】
「全然復興まだでしょ。このあとまた、こういうのが繰り返されるのではないかと思っていますけどね…」

能登半島地震から1年。
被災地の『生活の再建』には、いまだ多くの課題がありそうです。

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