“原爆Tシャツ”で炎上のBTSが「21世紀のビートルズ」と呼ばれる理由

文春オンライン / 2018年12月16日 17時0分

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BTS(防弾少年団) ©Getty Images

 2017年、アメリカの3大音楽授賞式の一つ「アメリカン・ミュージック・アワード」(AMAs)で単独ステージに立ち、世界のポップ界を驚かせたBTS(防弾少年団)の勢いは、2018年に入りさらに加速した。

 2枚のアルバムがともにビルボードアルバムチャート(ビルボード200)1位を獲得するという、アジアのアーティストとしては初となる快挙を成し遂げると、韓国ソウルのオリンピックスタジアムからはじまり、ニューヨークのシティ・フィールドスタジアムやロンドンのO2アレーナなどを経て日本の四つのドームで幕を降ろしたワールドツアーでは、16の都市、79万席のチケットをすべて完売させた。

BTSは「YouTube時代のビートルズ」?

 その「グローバルなセンセーション」に注目したイギリスのBBCやフランスのフィガロ、アメリカのフォーブスなどは、BTSを指して「21世紀のビートルズ」「YouTube時代のビートルズ」などと称した。単純に商業面での成功を比較し、そう呼んだわけではない。1964年、ビートルズがニューヨークのケネディ空港に降り立った瞬間から巻き起こった音楽的・産業的・社会的な変化とそれを支えた献身的なファンダム。当時を覚えている多くの人は、そのエネルギーをいまのBTSから感じているようにみえる。

 ビートルズの時代を簡単に振り返ってみよう。ビートルズがアメリカに進出したとき、その自由な振る舞いと明るい音楽は、1963年のジョン・F・ケネディの暗殺後、求心力を失って沈鬱な雰囲気に満たされたアメリカ社会に衝撃に近いエネルギーを与えていた。とくに「ビートルカット」とも呼ばれたマッシュルームのような長い髪型と自由奔放な表情は、短い髪型をしたマッチョな男性像が強調されていたアメリカのメディア文化そのものに新たなトレンドをもたらした。さらに、グローバルなポップスターとなっていく中で、ビートルズはさまざまな変化を試み、献身的なファンダムとともに「愛と平和を象徴するアーティスト」として成長していった。

 2013年に韓国でデビューしたBTSがグローバルなポップスターに成長するまでの過程にも、ビートルズの軌跡に重なるような興味深い要素が多々見られる。

「俺たちはみんな犬や豚」アイドルらしかぬ過激な歌詞

 そもそもBTSは、K-POPを動かす大手音楽事務所ではない小さな会社のアイドルとしてデビューしたことで、デビュー当初は主流メディアからほとんど注目されなかった。しかし彼らは、その不利な立場から成長していく自分たちの姿と同世代へのメッセージを、ブラックミュージックのサウンドと表現様式に乗せ、SNSをつうじて活発に発信しながら「BTSとしての物語」を構築していった。

「若者の人生と夢、愛」を音楽のテーマとしている彼らは、その若者を苦しめる格差や不平等などに対して政治的なメッセージを投げかけることをもためらわなかった。

 たとえば、「DOPE」(2015年)では「何放世代(経済的・社会的理由で結婚、出産、安定した雇用などを手放さざるを得ない韓国の若者たちを揶揄する言葉)」「マスコミと大人たちは『意志がない』と俺たちを罵倒する」などといった歌詞が、「Am I Wrong」(2016年)では当時韓国教育省高官による「民衆は犬や豚」という発言を批判したと読み取れる「俺たちはみんな犬や豚、キレて犬になる」という歌詞や、「このクチコミが何ともないなら、このヘイトが何ともないなら、お前は正常じゃなく非正常」などといった歌詞が登場する。こうした歌詞を現役のアイドルが歌っていることを想像してもらえば、BTSのアイドルとしての特殊性を実感してもらえるはずだ。

既存の権威から離れた場所で獲得したファンダム

『花様年華Pt. 2』がビルボードアルバムチャートにランクインした2015年頃から、BTSのファンクラブ「A.R.M.Y」を中心としたグローバルなファンダムが爆発的に拡大した。それを可能にしたのは、彼らが表現する先端の音楽と圧倒的なダンスパフォーマンスだけではなく、その強いメッセージ性と成長し続けようとする態度、従来の男性像とは一線を画すファッションとイメージに共感したファンダムの力であり、言語の壁など簡単に乗り越えてしまうソーシャルメディアの力だった。

 既存の秩序や権威から離れたところで、BTSの音楽をつうじて、いまの時代を生きる自分を見つけ出そうとする献身的なファンダム。その姿から、欧米のメディアはビートルズとそのファンダムを思い出したのだろう。

「原爆Tシャツ騒動」からはBTSのいまの立ち位置が垣間見える

 そのBTSとファンダムが新たに直面した問題は、BTSのいまの位置付けとファンダムに対する彼らの態度を端的に表すものだともいえよう。とくに、いわゆる「Tシャツ騒動」は、その象徴的な出来事だった。

「Tシャツ騒動」について詳細に説明する必要はないだろう。ここでいうTシャツとは、裏面に「愛国心」、「我が歴史」、「解放」、「韓国」(KOREA)という文字が英語でデザインされ、上には原子爆弾投下直後の写真が、下には解放の知らせを受けて万歳する人びとの写真がプリントされたもの。それを着たBTSのメンバー、ジミンの姿がYouTubeのドキュメンタリーに2秒間映されたことで問題化した騒動である。

 これを発見し、「原爆Tシャツ」と名付けた右翼系の著名人やネットユーザーたちがBTSを「反日グループ」と規定し、批判すると、テレビ朝日は11月9日に予定されていたBTSの「ミュージックステーション」出演を見送った。放送前日の夜のことだった。

「日本人がBTSの人気を妬んでいる」との報道も

 その影響は大きかった。CNN、BBC、ビルボードなどが悪化した日韓関係とともに注目する中、全世界のファンダムは驚きを隠さなかった。とくに韓国からは「悪化した日韓関係を背景に文化交流を政治的に利用している」「日本人がBTSのグローバルな人気を妬んでいる」などの声が上がった。積極的なファンたちは「原爆投下の6日後に植民地から解放された『光復節』を記念するためのものである」というTシャツ制作会社の説明をもとに、問題のTシャツを「光復Tシャツ」と名付けた。

 一部の日本のネットユーザーがBTSにつけた「反日グループ」というレッテルに対抗するかたちで、BTSを「愛国アイドル」と呼ぶ韓国のファンやメディアも一部から出てきた。あっという間に「原爆Tシャツ vs 光復Tシャツ」そして「反日 vs 愛国」のフレームができてしまったのだ。

騒動を生んだのは原爆に対する日韓の認識の「ズレ」

 しかしそもそもこの騒動は、原爆に対する日韓の認識と感情の根本的なズレが生んだものである。「1945年」を植民地から「解放」された年として記憶する韓国において、原爆や、その被害に対する十分な理解や想像力を共有してこなかったのは事実である。

「ハンギョレ新聞」も、11月12日の記事で、「原爆のイメージは光復の象徴としてふさわしくない」という<韓国原爆被害者協会>(当時朝鮮人の被爆者は7万人以上に上った)の指摘と「テレビ朝日の放送見送りとは別に、原爆の問題を<加害者―被害者>のフレームで捉えてはいけない」という韓国内の意見を報じた。つまり今回のTシャツ騒動は、日韓両方において冷静かつ丁寧に議論し、相互の理解を深めていくべき問題なのだ。

 しかしはやくも「反日」と「愛国」といったナショナリズムのフレームが築かれてしまうことで、多くのファンは自分たちの居場所と声を失わざるを得なかった。一方ではBTSを擁護すれば「反日」だと批判され、一方では原爆イメージに対して戸惑いと違和感を表すと「嫌韓」だと批判される状況に直面したからだ。

「反日」にも「愛国」にも飲み込まれなかった声明文

 このような状況でBTSは、「反日」と「愛国」、どちらにも飲み込まれないかたちのレスポンスを出した。それはBTSのドームツアーの初日だった11月13日、東京ドームの舞台でジミンがファンたちに直接伝えた言葉や、その直後BTSの所属事務所Big Hitエンターテイメントが掲載した文章にはっきり表れている。

 この文章は一般に想像される安直な「所属事務所の謝罪文」とはまったく違うものだった。文章は、「原爆投下により被害に遭われた方を傷つける意図は一切なく、衣装自体が原爆被害者の方を傷つける目的で製作されたものではないことが確認された」と説明し、それにもかかわらず、「原爆被害者の方を意図せずとも傷つけ得ることになった点はもちろん、原爆のイメージを連想させる当社アーティストの姿によって不快な思いを感じ得た点について心よりお詫び申し上げます」と謝罪している。そして、「戦争および原爆等を支持せず、これに反対」すると同時に、「全ての全体主義、極端な政治的傾向を帯びた全ての団体および組織を支持せず、これに反対」するとまで踏み込んで明言している。

 つまり、極端な政治的傾向や偏見による「反日」のレッテルに対抗すると同時に、原爆被害者や原爆のイメージで傷ついた全ての人びとに謝ることで、Tシャツ問題のすべてを肯定しようとする「愛国」のフレームも拒否しているのだ。

「多様性」とは生きる上で考慮しなければならない要素が増えること

 このようなレスポンスは、BTSが「グローバルなポップスター」としての位相を獲得しているという自覚と自信から来るものだろう。つまり、BTSのグローバルな人気が意味するのは、たんなるグローバルな市場を開拓したということではなく、所属事務所の文章を借りれば、「多様性と包容の時代を生きていく中で考慮しなければならない要素が増えた」ことであり、その中で与えられた課題は、極端なナショナリズム政治に埋没しない「さまざまな社会、歴史、文化的な背景に対する理解」であるからだ。

 もちろん今回の騒動が、多くの人を悲しませ、戸惑わせた出来事であったことは間違いないだろう。待ちに待った音楽の舞台は消え、日韓の歴史が生んだ複雑な認識と感情のズレがナショナリズム政治によって単純化されてしまう――そんな日韓の言論構造の現実が再確認されたからだ。

 しかしよりマクロに考えれば、この事件は「ポップはいかに世界を変えるのか」を再確認する出来事としても記憶されるだろう。BTSが自ら失敗を認め、さらなる成長を誓ったことで、韓国の若者は「光復」の文脈だけでは捉えきれない「原爆」の意味について関心をもちはじめているし、日本の若者が、韓国をめぐる「さまざまな社会、歴史、文化的な背景」に理解を深めようとしているのも確かだからだ。

 何より指摘しておきたいのは、BTSを「反日」と「愛国」といったナショナリズム政治のフレームで規定すること自体、そもそも不可能だということである。「日韓」だけを文脈にした、極端にネガティブな意味での「K」からも、極端にポジティブな「K」からも、彼らを捉えることはできない。BTSとその献身的なファンダムが目指しているのは、さまざまな成功と失敗を繰り返しながらともに成長していくことであり、「K」を超えた「ポップの瞬間」を共有し続けることだからだ。

(金 成玟)

文春オンライン

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