監督・本田圭佑が許した一晩だけの「飲みニケーション」 カンボジア代表日記

文春オンライン / 2018年12月16日 11時0分

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オーストラリア・メルボルンからカンボジアに駆けつけた本田圭佑“監督”。著者(右から4人目)もスタッフとしてベンチに入っている ©FFC

 まさに勝利の美酒だった。

 11月20日、カンボジア代表はスズキカップ(東南アジアサッカー選手権)の第3戦でラオス代表に3対1で勝利した。本田圭佑がカンボジアの実質的な監督に就任して以来、初めての勝利である。

赤ワイン片手に選手たちと話を始めた本田

 本田は練習にドローンを導入するなどテクノロジーを取り入れる一方で、体温がこもった“飲みニケーション”も大事にしている。スタジアムからホテルに戻って夕食を食べ終えると、選手たちにアルコールを解禁した。

「みんな外へ飲みに行きたいかもしれへんけど、すぐベトナム戦があるからそれはダメ。でもホテル内だったら自由に飲んでいいよ」

  半分以上の選手が夕食会場に留まり、自ずと本田のまわりに輪ができる。すると、なぜか本田が選手を指名してサシで話すという“公開面談”が始まった。

  いつもはチームマネージャーが英語からクメール語に訳しているが、この日は日本語の通訳が来ていた。「英語がうまくなったと言われるけど、やっぱり日本語の方が俺の思考を全部表現できる」。本田節をぶつける絶好の機会だ。

「ビサル、こっち来て」

 本田はキャプテンのセンターバックを横に座らせると、赤ワイン片手に話し始めた。

「ビサル、将来の目標を聞かせて。マレーシアでやりたい? なんでマレーシアなん? もっと大きな目標を持たんと。大きい目標を持つと日々の努力の質が変わってくるから。よし、Jリーグを目指そう。お前ならできる。もちろんまだ足りひんとこはいっぱいあるよ。でも何をすべきか、俺がちゃんと教えていくから」

「例えば走り幅跳びで4mを目標にするか、6mを目標にするか?」

  本田は選手に目標を聞くのが好きだ。目標設定の仕方が、今後の成長に大きく関係してくるからである。

「たとえ話をしよう。走り幅跳びで4メートルを目標にするのと、6メートルを目標にするのとでは、努力の仕方って変わってこない?

 俺は小さい頃、将来W杯に出ると言って笑われていた。でも結局、W杯に3回出た。そして今、2年後の東京五輪に出ると言っているのね。いまだにお前なんかにできるわけない、無理だと言われる。でもそんなの関係ないよ。大きなことを言うと、みんなそう言うもんだから。周りの意見なんて一切気にするな」

「俺のユニフォームを欲しがってどうすんの」

  本田は数人の選手との公開面談を終えると、「明日、自分の練習があるから」と言って切り上げようとした。すると、ある選手が勇気を出して「いっしょに写真を撮ってもらえますか?」と申し出た。もちろんOKである。あっという間に記念撮影の列ができた。

 ムードメーカーのGKが調子に乗って「ユニフォームをください!」と懇願すると、本田は指を左右に振った。

「何言ってんねん! 俺のユニフォームを欲しがってどうすんの。みんなが世界中の子供たちからユニフォームを求められる立場にならないと!」

  レストランが笑いに包まれる。“飲みニケーション“の効果は万国共通である。

スポーツライターからコーチ陣へ異色の“転職”

 筆者は今、カンボジア代表のスタッフを務め、同チームの活動があるときにフルで帯同している。肩書きはビデオアナリスト。もともとスポーツライターだったが、本田から「チームをサポートしてください」と誘われてスタッフ入りしたのだった(詳しい経緯は 前回の記事「本田圭佑監督の無茶ぶりで『カンボジア代表』に“転職”したスポーツライターの話」 を参照)。

  記者からコーチ陣に加わるというのは、世界でもあまり例のない異色の“転職”だろう。だが、16年間サッカーを取材し、さらに今年、日本代表の衝突と融合を描いた 小説『アイム・ブルー』 (講談社)を執筆したばかりということもあって、「指導者が何をすべきか」はある程度わかっているつもりだった。

 練習メニューの作成、ミーティングの準備、練習中のドローン撮影、対戦相手の分析……。実際にカンボジア代表でそれらに取り組んでみると、意外にスポーツライター時代に得た知識を生かせる場面が多い。記者は“観戦武官”のようなもので、試合(戦場)を視察する数だけは多かったからかもしれない。

ライターとコーチで決定的に違うこと

  しかし、当たり前のことなのだが、決定的に違うことがある。

  それは生身の人間をマネジメントするということ——。1人で自由気ままに行動していたフリーライターと違い、コーチは23人の選手をまとめなければならない。

  カンボジア代表は通常のチームと違い、本田監督が選手との二足のわらじを履いている。スズキカップに向けた約1カ月の準備期間、本田はメルボルン・ヴィクトリーの試合に出場するためにオーストラリアに留まらなければならなかった。現場で選手と直接顔を合わせるのは、ヘッドコーチのフェリックス(30歳)と筆者の役目だった。

  はたしてボス不在で、チームをまとめられるのか。最初の3週間は何事もなく乗り切り、「カンボジアの選手は意外に真面目かも?」と油断したときだった。2人の選手がホテルを無断で抜け出して夜遊びし、さらに翌朝のミーティングを無断欠席してしまった。

「これまで気軽に監督を批判してごめんなさい!」

 朝から晩までパソコンを開いて練習やミーティングの準備をし、時間を見つけて対戦相手の分析をする。自由時間はゼロに近い。そういった基本作業をしたうえで、さらに選手たちをやる気にさせなければならない。

  知人からカンボジア代表の仕事の感想を聞かれるたびに、こう答えている。

「これまで気軽に監督を批判してごめんなさい!」

  もちろん半分冗談で、記者が俯瞰した視点で批評・批判することに大きな意味があると現在も感じているが、それ以上に監督の仕事の大変さをカンボジアで目の当たりにしている。

カンボジアサッカー協会からの給料はゼロだが……

  ちなみに本田監督と同じく筆者もこの仕事はボランティアで、カンボジアサッカー協会からの給料はない。スズキカップでは選手だけでなくスタッフにも勝利ボーナスがあり、ラオス戦の勝利によって全スタッフに1000ドル(約11万3千円)ずつ支給されることになった。だが本田監督のスタンスは一貫している。本田監督の呼びかけで、日本人スタッフの分は全額カンボジアの子供たちに寄付することになった。

  それでも筆者はこの役割を、“無報酬”とは感じていない。本田圭佑という世界レベルのクレイジーパーソンを特等席から“取材”できるからだ。

  たとえば、試合当日のロッカールームは、特別な場所のひとつである。初勝利をあげたラオス戦、2対0でリードして迎えたハーフタイムに、本田はこう選手たちに指示した。

「ボールをつないで回せているのは悪くないけど、できるならこういう相手に3対0、4対0、5対0で勝つ姿勢を見たい。何回も言っているけど今日の勝ちが大事なんじゃない。チームとして個人として成長していくことが大事なんだ。

 2対0やからといって、今までやってきたことをやめるんじゃなくて、0対0のときと同じように『もっと成功したい』、『もっとうまくなりたい』、『チームとしてもっとよくなりたい』ということを続けよう。いつも言っているけど、魔法はないよ。毎日ちゃんと続けることが大事だ。

 もっとハングリーな姿勢を見せてくれ。俺も見たいし、ファンもそれを見たい。チャレンジしよう! エンジョイしよう!」

夜遊びした選手を見放さない本田流マネジメント

  マネジメントのダイナミズムを、間近で見ることもできる。

  夜遊びした選手2人の処分をどうするか、メルボルンにいる本田に問い合わせたときのことだ。スズキカップ開幕直前ということを考慮し、個人的にはメンバーから外すべきだと考えていた。

  だが、本田の考えは違った。

「きっと2人は、何度も同じ過ちを繰り返してきたんだと思うんですね。人間ってそんなにすぐに変わらない。すぐに変わると思ったらダメです。子供に接するような気持ちで、辛抱強く、長期的な視点に立って教育していかないと。だから2人の処分は、選手たちに話し合って決めさせましょう。究極の民主主義です」

 結局、選手たちの話し合いにより、「遅刻したら1曲歌う」、「ミーティングを無断欠席したら用具係を1週間手伝う」、「夜に無断外出したら1週間全員のスパイク磨き」といったペナルティが決まった。

契約は2年、カンボジアサッカーはどう変わるか

  この2人はスズキカップのメンバーに入り、1人は2点を決め、もう1人は1点を決めた。もしメンバー外にしていたら、ラオス戦の初勝利はなかったかもしれない。

「無断で飲みにいくくらいの選手の方が大一番で活躍するんです。そういう選手をうまく導いてこその監督です」

 スズキカップは1勝3敗という結果に終わり、カンボジアはグループステージで敗退した。それでも本田は「選手たちは確実にうまくなっている」と感じており、「相手が嫌になるくらいパスをつなぐサッカーを創り上げる」という信念はまったく揺らいでいない。

 本田とカンボジアサッカー協会の契約は2年。選手たちがどう変わっていくのか、カンボジアにどんなサッカーが生まれるのか、スタッフのひとりとして、記者のひとりとして、楽しみである。

(木崎 伸也)

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