“最後の叩き上げ政治家”森山裕が、若い記者に頭を悩ませる理由

文春オンライン / 2019年1月17日 7時0分

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元「参院のドン」候補 ©共同通信社

 自民党の二階俊博幹事長が昨年末に入院した際、後継のダークホースとして密かに名前が挙がった一人が森山𥙿国会対策委員長(73)だ。

 出身地は鹿児島県鹿屋市。中選挙区時代には、田中角栄元首相の側近だった二階堂進元副総裁、税調のドンと呼ばれた山中貞則元通産相を輩出した土地柄だ。中学卒業後、働きながら県立鶴丸高校の夜間課程に通った後、23歳で中古車販売業を立ち上げ、30歳で鹿児島市議に。政治部記者は「党内では今や絶滅危惧種となった、典型的な叩き上げ政治家」と語る。

 37歳で市議会議長に就任。その後5期、通算7年にわたって議長を続けたことは、党人政治家としての力量を物語る。国対委員長として立憲民主党の辻元清美国対委員長らと対峙する森山氏の口癖は「市議時代に比べると、野党との駆け引きなんて楽なもんですよ」。

 1998年、53歳で参院議員になると、当時参院幹事長だった青木幹雄氏に認められ順調に出世。だが2004年、山中氏の死去による衆院鹿児島5区補選で、地元から請われ衆院議員に転じた。この時、参院のドンになっていた青木氏が「私の後継者にしようと思っていたのに」と烈火のごとく怒ったのは今でも語りぐさだ。

若い番記者に頭を悩ませる理由

 転機は翌05年の郵政選挙。小泉純一郎首相の郵政民営化に反対し、党公認を得られないまま選挙に臨んだが、「刺客」候補にダブルスコアで勝利する。面倒見の良さから、野田聖子氏ら造反組で勝ち抜いた議員のリーダーに。06年、第一次安倍政権では野田氏らとともに復党した。

 昨年の総裁選では所属する石原派の事実上のオーナーである山崎拓元副総裁が石破茂支持で派をまとめようとする中、森山氏が旗を振って安倍晋三首相支持の流れを作った。「復党させてくれた首相への恩義が森山氏の根底にある」と政治部デスクは語る。

 その森山氏が最近、頭を悩ませるのが若い番記者たち。長年、平日昼は毎日、秘書を務める森山氏の長女の手料理を食べながら記者たちとランチ懇談をしてきたが、昨年末から中止に。番記者がほとんどしゃべらず、気遣いの森山氏が自ら盛り上げ役を買うばかり。「労多くして功少なし」と思ったか、ついに匙を投げたのだ。ベテラン記者たちは「政治の裏も表も知る森山氏と意見交換する貴重な場なのに、最近の記者は……」と囁きあっているという。

(「週刊文春」編集部/週刊文春 2019年1月24日号)

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