ハマりすぎるゲーム「スプラトゥーン」は家族の絆を壊すのか?

文春オンライン / 2019年2月26日 11時0分

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 昨年(2018年)、ゲームに関して世界的に大きな出来事が2つおこった。WHO(世界保健機関)による「ゲーム障害(gaming disorder)」のICD-11(国際疾病分類 第11版)への追加と、世界各国でのルートボックス(loot box:日本の「ガチャ」とほぼ類似の仕組み)への批判である。

 日本のゲーム系メディアでも、両者に関する数多くの記事が掲載された。最近では一般メディアにも記事が登場している。しかし、「ゲーム障害」という言葉からくるイメージが先行している感がぬぐえず、一般メディアの記事への、ゲーム産業関係者やゲーム好きからの批判も多い。ある意味、この記事も「ゲームが大好きな学者」からの反論記事の一つである。

 いくつかある批判記事の中でも、任天堂の「スプラトゥーン2」(2017年)をとりあげた「 「スプラトゥーン」の中毒性が極端に高い理由 」には数多くの反論があった(この記事へのゲーム系メディアから反論記事としては、「 ビデオゲームへの偏見とそれへの批判:東洋経済オンライン『スプラトゥーン』の「中毒性」ついて 」が詳しい)。

 最初に筆者(小山)の「スプラトゥーン」シリーズへの個人的な評価を書いておくと、「FPS/TPS対戦を、このほほえましさでソフトランディングさせたのはすごい」というものである。大傑作と言って良い。

3次元空間の中で闘う「戦争ごっこ」

「スプラトゥーン」シリーズはゲームジャンルとしてはTPS(Third Person Shooter)にあたる。

 米国や欧州ではFPSやTPSが定番ジャンルの一つである。これは、「お互いに銃を持ち、障害物に隠れたりしながら3次元空間の中で闘うゲーム」で、端的に言ってしまえば「戦争ごっこ」である。

 FPSやTPSはネット経由でチーム対チームで対戦できるものが多い。味方チーム内は音声チャットでプレイ中も会話できるが、熱くなって味方に対して「なんで失敗したんだ!」と乱暴な発言が出る人もいる。もっと言えば、負けたチームが海外の場合、ここでは書けないような民族ヘイトの発言まで出ることも珍しくない。こういったいかにもマッチョな雰囲気もあって、FPSやTPSは日本ではごく一部のマニアにしか遊ばれていなかった。

※ゲームに明るくない人向けに解説しておくと、TPSは3次元空間の中で様々な障害物に隠れたりしながら、銃で敵と闘うタイプのゲームの総称である。自分の操作キャラクターの背中が見えている(第三者視点)の場合TPSと呼び、操作キャラクターの視点(主観視点)の場合FPS(First Person Shooter)と呼ぶ。海外で人気のジャンルで、現在ではeSportsの競技タイトルとなるゲームも多い。

 任天堂は「スプラトゥーン」を「イカ同士がインクを撃ち合って陣取りをする」かわいい&ポップなゲームにすることで、幅広い層に受け入れられるようにした。「マリオ」を中心に良質な子供・家族向けを販売する任天堂の面目躍如である。スプラトゥーンのファン層は女性にも広まっており、筆者の研究室でも女子学生がPCの壁紙をスプラトゥーンにしていた。

「スプラトゥーン」シリーズが傑作であり、既存のマニア層以外の多くの人を引き付けたからこそ、批判記事も生まれたともいえる。しかし、これを「有名税」としてそのままにしておくのは、ゲーム産業やゲーム消費文化に悪影響を与えかねない。

 この記事では、既存のゲーム批判への反論記事よりもう少し原理原則の話をしてみたい。

1)ハマらないようなものはそもそも娯楽じゃない

 あなたの知り合いに、「勝負事になると熱くなりすぎるのでちょっと面倒」な人はいないだろうか? もしくは、「贔屓のプロ野球チーム(Jリーグチームも可)が負けた翌日は機嫌が悪い」人は? そういった人がいるからと言って、「野球(サッカー)が悪い」とまで思う人はほとんどいないはずだ。普通に、その人が難ありなのである。ゲームも同じではないか。

 そもそも論として、ゲームに限らず、小説でもマンガでも、もっと言えばスポーツ観戦でも、「熱中する」「ハマる」という感覚が全くないものは娯楽では無い。そして、「ハマる」のは大人も子供も同じである。そして、ハマると熱くなる。「スプラトゥーン2」にハマる人がいたとして、それはゲームのせいと短絡的に考えるのは疑問が多い。

 子供は欲望のコントロールに関するトレーニングがまだ不十分であるため、熱中しすぎる問題はある。それこそ筆者が子供のころからずっとある問題だが、任天堂は「みまもりSWITCH」というペアレンタルコントロール機能をちゃんと搭載している。よって、これについて任天堂を批判するのも筋違いだろう。

 批判記事ではスプラトゥーン2の対戦に負けてキレる大人を紹介しつつ、ゲーム依存症についての議論を展開していたが、このようにすぐキレる大人は、スプラトゥーン2でなく、囲碁や将棋で負けたときでもキレるような人ではないだろうか? そして、囲碁や将棋の対局で負けたときにキレた大人を見て、囲碁や将棋が悪いという人はいるだろうか?

 ゲームはメディアから頻繁に悪玉にされるが、国民全体の半数以上が遊んでいる(平成28年国民生活基礎調査)国民的娯楽である。それだけ多くの人が遊んでいる以上、決して異常な娯楽ではないことは理解していただきたい。また、それだけの人数がいるのだから、ゲームでの勝ち負けにすぐ熱くなる人を見かけてもおかしくない、ということも理解していただきたい。

2)金銭的・時間的支出は当たり前、問題はどこまで許容するか

もう一つ重要なのは、娯楽にハマると時間もお金もかかるということである。

 例えばサッカー観戦にハマった場合、ひいきのJリーグチームの主催試合を全部観戦するためにシーズンチケットを購入すればそれだけで数万円である。すべての主催試合を見に行くためにかかる時間も手間も相当なものだろう。アウェイの試合に「遠征」となるとこの数倍のお金が消費されることになる。また、日本代表のファンとなり、各国で行われるW杯予選の応援ツアーに参加するまで入れ込んだ場合、費用は数十万円はくだらないし、仕事は休暇を取ることになるだろう。

 これらと比べたときに、ゲームへの金銭的・時間的な支出は不健全なのだろうか。

 ゲームの場合、高額課金が問題視されることが多い。ここで問題となるゲームは、ゲーム内で課金アイテムが販売されているタイプのゲーム、もっと言えば、課金ガチャ(特にキャラクターを引くガチャ)で稼ぐビジネスモデルのゲームである。

 スマートフォンで行われているゲームが典型例だが、「課金ガチャでキャラクターをそろえ、バトルに勝利する」という基本構造は、日本のほとんどのスマホゲームに共通している。そしてゲーム内で恒常的に行われているキャンペーンやイベントで新登場するキャラクターが欲しくなるため、ガチャを大量に回して高額課金に至る、という仕組みも共通している。

課金ガチャではないタイプのゲームには、消費額に天井がある

 逆に言えば、これ以外のタイプのゲームに関しては、課金がそれほど問題にならない。

「ポケモンGO」が典型的だが、ゲーム内で自分の分身(アバター)を着飾るアイテムや、プレイ時間中に利用できる消費アイテムを課金している限り、課金額はそれほど大きなものにならない。アバターは1体しかないので飾るには限度があるし、着飾るアイテムは使い切りではないので同一アイテムの複数回の購入はない。消費アイテムもプレイ時間で使える以上は不要であるため、自然と歯止めがかかる。消費額に天井がある。月に数十万という金額にはならない。

 筆者の場合、妻ともどもポケモンGOのプレイヤーである。私がレベル31、妻がレベル39なので、それなりに遊んでいる方である。年間の課金額は夫婦合わせても3~4万円といったところである。この金額をどうとらえるかは個々人の判断となるが、「月に1回、友人と飲みに行く」趣味を持つ人の支出額よりも安いぐらいだろう。これで夫婦で散歩するきっかけや散歩中の楽しみが増えるなら、決して悪くない支出である。

 話を「スプラトゥーン2」に戻すが、「スプラトゥーン2」でお金を使う要素はもっと少ない。ゲームのパッケージ(5,980円+税)以外には、オンラインプレイを可能にするNintendo Switch Onlineの利用料として、月額300円を支払うだけである。課金ガチャ1回分程度の金額である。これは、スプラトゥーン2だけでなく、Switchの全ゲームのオンラインプレイのための費用で、いわばインフラ利用料である。ネットワーク対戦をしないなら払わなくても構わない。

ゲームの寿命を延ばすためのログインボーナス

 また、批判記事ではスプラトゥーン2ではプレイヤーのランクを上げるには実際にプレイすることが必要で、ログインボーナスや1日1回限りのガチャ的要素があり、常にゲームに縛り付けられることが批判されていた。しかし、これはむしろ任天堂のゲームの主対象が子供であり、任天堂が子供のプレイヤーに不利にならないよう配慮した結果と言える。

 子供はお小遣いが限られており、課金アイテムを買うのは容易ではない。また、次のゲームを買ってもらえるのは翌年の誕生日やクリスマスまで無い、ということも十分あり得る。その代わり、時間的な余裕は大人より多い。子供たちが公平感を持って遊べるように、課金アイテムによるブーストが出来なくなっている。また、ログインボーナスや1日1回限りの要素があるのは、子供たちがすぐに飽きてしまわないようにし、ゲームの寿命を延ばすためである。すぐに飽きてしまうようなものを、親が買ってくれるはずがない。

 従来のゲームでバンバン課金するような、いわゆる「ガチ勢」の大人から見たらじれったい「悪魔のようなシステム」も、子供の視点では優しいシステムなのである。主たるマーケティング対象でない人が商品の在り方に苦情を言っても、当事者からみたら「そんなことを言われても困る」となるだろう。

3)「取り返しがつかないダメージが出る」こと以外は自己責任でいいのでは?

 ここまでの議論をまとめると、次のようになる。

・「スプラトゥーン」シリーズは老若男女遊べる優れたゲームである
・子供のプレイヤーに配慮されており、ゲーム内で課金する要素はない
・ネットワーク接続と各種サービス(対戦、ログインボーナスなど)は飽きるまでの時間を延ばし、製品寿命を延ばすための工夫である

 また筆者の主張を1行で書くと、「娯楽がハマるのは当たり前。分別ある大人なら自己責任でやるべし」となる。

 とはいえ、筆者自身はなんでも自己責任と考えているわけではない。ゲームの課金ガチャに関しては批判的な立場である。

 過度に熱中しすぎる人が出るものには、何らかの形でその人の頭を冷却する仕組みが必要である。熱中する人が群がる株式市場の場合、個別の株価の変動幅には上限と下限(ストップ高とストップ安)が設定されている。また、通常の株価より思惑で大きく動く先物市場では、市場での取引そのものを停止するサーキットブレーカー制度も存在し、東日本大震災後には実際に取引を一時停止している。

「頭に血が上った状態で目の前に選択肢があると、取り返しがつかない選択をする可能性がある」ような場合は、何らかの制度的な仕組みがある方がいいだろう。

 ただし、ここでいう「取り返しがつかない選択」はかなり慎重に判断する必要があるだろう。個人的には、「健康や生命にかかわること」と「高額な支出にかかわること」では、何らかの形でクールダウンさせる仕組みは必要だと考えるが、そういったケース以外では、「スプラトゥーン」のようなゲームは健全な娯楽になりうることはもっと知られたほうがいいと思っている。

(小山 友介)

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