“日本一腰の低いJクラブ社長”森島寛晃「2カ月で名刺1000枚配りましたわ」

文春オンライン / 2019年3月15日 17時0分

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セレッソ大阪の新社長・森島寛晃さん

 Jリーグ開幕以前の1991年にセレッソ大阪の前身ヤンマーに入社し、2008年の引退後もクラブひと筋で歩んできた森島寛晃氏。昨年12月セレッソ大阪の新社長に就任した。レジェンドがクラブの経営者になるのは日本では異例のこと。

「じつは一度は社長就任を断っていた」という森島氏。長居にある社長室を訪ね、新しい仕事の日々について聞いた。(全2回/ 2回目へ続く )

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もう1000枚前後、名刺交換しました

――森島さんと言えば丸刈りのヘアスタイル。でも、ちょっと伸びてきていますね。社長になって、丸刈りはやめようと?

「いや、ちゃうんですよ。行く時間がちょっとなくて、散髪に行けてないんでね。このようにボサボサなんですわ」

――やはり社長業は大変なんですね。

「昨年末に就任して、今は行政、スポンサー、ホームタウンを中心に挨拶回りをさせてもらっています。それでも開幕した今も、全部回り切れていないので、早くみなさんにご挨拶しないといけないな、と思っています」

――社長室の机に名刺ケースが置かれていますが、もうどれくらい名刺交換されたのですか?

「どれぐらいでしょうね。毎回、300枚ずつ会社に頼んでいるんですけど、1000枚は超えていると思います。でも(社長が)言うことが嘘やったらアカン。1000枚前後ということにしておいてください」

――配った方全員の顔と名前を覚えるのは大変だと思うのですが。

「いやあ、大変です。僕、学校でも歴史とか覚えるのが苦手やったんですよ。でも今は名刺管理のアプリがあるんでね、ちょっとそこは助かっています」

社長就任の打診を一度断った理由

――就任の経緯から聞かせてください。昨年10月に社長就任の打診を受けて、一度はお断りになったとか。

「現役時代、ヤンマー、セレッソ大阪ひと筋でプレーして、引退してからもずっとこのクラブにいます。アンバサダーのときは現場を離れて行政や企業の方とかかわることが多くなって、スクールのほうでは子供たちと触れ合うことも含めて新しい経験をさせてもらった。

 でもそこから現場に近いチーム統括部に入って3年間。現場に戻っていくポジションやなと思っていたし、もちろん将来的にはセレッソで監督になることを目標にしていましたから……。もちろん光栄ですし、有難いお話ですよ。でもサッカーばかり見てきた立場としては(社長と言われても)全然ピンと来ないし、チームをしっかりコントロールしていく仕事にやり甲斐も感じていたので最初は丁重にお断りしたんです」

――しかし1カ月ほど話し合いを続けていくなかで、引き受けることになりました。

「だいぶ悩みましたよ、そりゃあ。でも何回か話をして(自分に対する)会社の思いというのにも強いものを感じましたし、いろんな方にも相談したうえで気持ちを(就任の方向に)固めていきました。やるって決めたら、やるしかないわけですから」

――奥さまの反応はどうでしたか?

「(社長の)打診は、かなりびっくりしていましたよ。僕が監督になることを楽しみにしていたところもありましたから。でも僕が決断すると思っていたのか、腹が据わっていた感じはありましたね」

――社長は「クラブ全体の監督」と捉えることもできるんじゃないかと思うのですが。

「いやいや、やっぱり財政、事業などすべてをひっくるめて、見ていかなきゃいけないんで、いろんなことを勉強していく必要があります。ただ、急にやれと言われてもやれるもんじゃない。全社員の力を借りていきながら、やっていくということ。社員のみなさんが仕事をやりやすいように、僕が邪魔にならないようにしないとダメですわ(笑)」

“日本一腰の低いJリーガー”から“日本一腰の低いJクラブ社長”へ

――挨拶回りに、力を入れている理由を教えてください。

「アンバサダー時代に自分の人脈が広がったなっていう実感があって、(社長になって)今一度、多くの方にご挨拶をさせてもらって『セレッソを応援してください』『セレッソを盛り上げてください』とお願いすることが自分の役割の一歩目やなと思っていますから。(ホームタウンの)大阪市24区すべてを回っていきたいし、キックオフパーティーのときに(同じくホームタウンの)堺市の副市長さんから『堺に来られるのを楽しみにしてます』と言われたんで、早くいかないといけませんね。そういう自分の行動から1人でも多く、スタジアムに足を運んでもらえたら、有難いです。実際、ある区からは一緒に地域の活動をしていきたいという声もいただいています。ホームタウンと一緒になって、盛り上がっていければいいなって考えています」

――“日本一腰の低いJリーガー”から“日本一腰の低いJクラブ社長”を目指していくわけですね。

「そうですね、挨拶と言いますか、お願いして回っているわけですからね(笑)。僕が今、一番やれる仕事というのは、応援してもらえる数を増やしていくってことですから」

今は体を動かすと言ったら、挨拶回りか、駅の階段ぐらい

――さすがにフットワークが軽いですね。

「開幕の1週間前、御堂筋にある銀行さんを回って、8社ぐらいですかね。御堂筋は結構歩くところが長いので、1万歩以上は歩いたはずです。今、体を動かすと言ったら、こうやって挨拶回りで歩くか、駅の階段ぐらい。エスカレーターは極力、乗らないようにしているんですけど、考えごとをしていて気づいたらエスカレーターに乗ってしまっていたこともありましたね(笑)」

――散髪に行けないほど、プライベートの時間はないですか?

「ないと言うよりも、何だか落ち着かないんですよ。家にいても、何だかんだと考えることが多くなりました。今まで頭使うことなんて、ヘディングぐらいでしたから」

――小学6年生の娘さんがいらっしゃいますが、家族サービスもなかなかできないですね。

「娘ももうすぐ中学ですから、父親とどこかに一緒にみたいなこともあまりないですよ。ちょっと言い合いになっても、娘にはもう負けますね。男1人で、妻と娘の女性2人を相手にしますから完全に数的不利です。まあ1対1でも勝てないですけどね(笑)。とはいえ家族には支えてもらっています」

みんなの邪魔にならないように、はい(笑)

――挨拶回りが多いから、社長室にはほとんどいらっしゃらないですか?

「いや、そんなこともないですよ。ここで会議とか打ち合わせ、来客もありますから。ただ、ここ(社長室)でデーンと座る、企業の社長さんの一般的なイメージとはまったく違います。社長室を出て社員のみなさんと一緒のところに僕のデスクもありますんで、なるべくそっちにいたいですね」」

――みんなの顔が見えるように。

「というよりも、みんなの邪魔にならないように、はい(笑)。みんなの顔も見られますし、挨拶もできる。やっぱり挨拶という部分は僕自身、大切にしていることなので」

――社員のみなさんに対しても、腰が低いですね。

「みんな頑張って、しっかり仕事をしてくれていますから」

――社長業になって1日のスケジュールも変わったと思うのですが。

「やっぱり夜のお付き合いが増えたというのはあります。アンバサダー時代はそこそこありましたけど、選手時代やチーム統括部のときはあんまりなかったんで、そこは明らかに変わりましたね。ただ、人のつながりって凄く大事だとは思っているので、声を掛けていただけるところには極力顔を出したい。全部が全部は無理ですけど、可能な限り。顔を出すことによって、セレッソをPRできますから」

――クラブのレジェンドで、日本代表としてワールドカップにも出ています。会合に出席されたら、かなり喜ばれるのではありませんか?

「喜んでいただけたら嬉しいですよ。でもね、ちゃんとホームスタジアムに来てもらうところまでつなげていかないと。だから必ず言うようにはしていますよ。“みなさん、ぜひ足を運んでください”と」

――社長になってもプレー同様、アグレッシブですね。

「セレッソのためにみなさんが頑張っているわけですから、僕がやれることは一生懸命やっていかないと」

――インタビュー中ずっと背筋をピンと伸ばされていますが、どうぞリラックスしてください。

「いや、責任ある立場ですし、自分に“しっかりしなさい”という意味でいつも(背筋を)伸ばすようにしているんです。僕、どうしても気を緩めてしまうところがありますから。僕のことは構わないんで、どうぞインタビューを続けてください!」

(#2に続く)
写真=山元茂樹/文藝春秋

◆#2 セレッソひと筋30年 森島寛晃社長の目標「阪神タイガースぐらい愛されたいんです」
https://bunshun.jp/articles/-/11073

(二宮 寿朗)

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