働く女子はなぜ報われないのか? 上野千鶴子氏×濱口桂一郎氏が大激論

文春オンライン / 2019年4月16日 6時0分

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濱口桂一郎さん(左)と上野千鶴子さん(右)

4月12日に社会学者の上野千鶴子さんが東京大学の入学式で述べた 祝辞 が話題になりました。祝辞で「頑張ってもそれが公正に報われない社会があなたたちを待っています」と述べた上野さんが、女性の労働環境や、日本型雇用について労働研究者・濱口桂一郎さんと話し合った対談を紹介します(初公開日:2016年2月2日/本の話WEB掲載)

『 働く女子の運命 』を上梓した濱口桂一郎さんは、労働省出身で日本型雇用研究の第一人者。これまで『若者と労働 「入社」の仕組みから解きほぐす』(中公新書ラクレ)や『日本の雇用と中高年』(ちくま新書)で労働問題に鋭く切り込んできた濱口さんが、次に選んだテーマは「日本型雇用と女性の活躍」。

 ジェンダー研究の権威・上野千鶴子・東京大学名誉教授と行ったこの対談では、行政マンならではの組織の視点を持つ濱口さんと、女性の辛苦を知り尽くした上野さんとの大激論が繰り広げられました。 日本型雇用の問題とは? 欧米との違いは? 男性並みに働くことが解なのか? 悩めるあなたへのヒントが満載です。


「世の中真っ暗になった」と学生から手紙をもらった

上野 さっそく拝読しましたが、論理的でエビデンスがあって、説得力がありますね。私が書いた帯の推薦コメント通り「そうか、やっぱり、そうだったんだ。ニッポンの企業が女を使わない/使えない理由が腑に落ちた。」というのが、掛け値なしの感想です。

濱口 ありがとうございます。これまで女性問題は、労使問題の中でも特殊な分野と見られてきて、普通の議論の俎上に上がってきませんでした。けれど、今まで自分の本(『若者と労働』『日本の雇用と中高年』)を読んだ人へ、「同じ武器で女性の労働問題も語れるんだぞ」と言いたかった。それが執筆の動機でした。

上野 ただ、タイトルにある「運命」という言葉には、女性の労働環境は今後も変えられないようなイメージがあります。働く女子の話をするとどうしても暗くなるんですよ。

 ある大学教員が一年生のゼミの指定文献に私の『 女たちのサバイバル作戦 』(文春新書)を選んだら、「希望を持って大学に入って最初に読まされた本がこれで世の中真っ暗になった」という手紙を学生さんからいただきました。今の政権も、「一億総活躍」なんて言っていますけど、要するに「活用されて捨てられて」というのが現実ではありませんか。

日本型雇用の出発点は「生活給」思想だ

濱口 タイトルの"運命"には、それだけ難しい問題なのだ、というメッセージを込めたつもりです。欧米では「ポジティブ・アクション」などによって女性の社会進出が進んでいます。しかし、それを日本に導入してもうまく行かなかった。それは、背後に堅固な日本型雇用システムがあるからなんですね。

上野 個人の意識の問題ではなく、構造の問題なのだ、ということは誰かが言わなければならないことでした。この本は明快に「日本型雇用が諸悪の根源」とはっきりおっしゃいました。これにはまったく同意します。

濱口 日本型雇用の特徴のひとつに、給与は「男が家族の生活を成り立たせる」ためのものだという、「生活給」という考え方があります。これが女子の労働と深くかかわってきた。そこでこのテーマから話を始めたいと思います。

日本でだけ「生活給」が定着してしまったワケ

上野 濱口さんがおっしゃる生活給は「家族給」とも言いますね。これまでの日本の労働の議論では、長時間労働をやめろ、というところまでは合意できているのに、家族給を否定する人はほとんどいなかった。

濱口 逆に言うと、欧米でも家族給モデルを議論した時期もありましたが、それが根付くことがなかったのです。そこで、なぜ欧米で根付かなかったのか、と考えると実に面白いんですね。欧米には中世以来のギルドの伝統を引く職業別組合があって、「職務給」の考え方が牢固として存在していました。だから仕事の中身抜きの家族給は受け入れられなかった。ところが、日本でまともに賃金制度を作る際には、初めから生活給の思想が流れ込んできて、職務給の伝統がなかった日本では、それが確立してしまったわけです。

上野 後発近代化のおかげで「男性稼ぎ主モデル」を作っちゃったわけですね。

日本型雇用はアメリカ生まれ

濱口 私の問題意識は、性別役割分業は世界共通に存在していたのに、なぜ日本だけ差別が残ったのか、ということにあります。昔のイギリスの給料は、同じ仕事なのに「女だから3分の2」なんてこともありました。でもそれをダメだ、という社会のムードが出来てきたら、意外とスムーズに男女平等が実現されていった。それは根強い職務給思想があったからこそなんですね。日本にはそれが欠けていたわけです。

上野 梅棹忠夫さんは「武家社会の伝統」「俸給性」が「生活給」にも関係していると仰っていますが。

濱口 それもあるかもしれませんが、むしろ日本型雇用というのは新しいシステムなのではないでしょうか。明治時代の日本は労働力の流動性は高かったのに、固定的になってきたのは戦時体制期と戦後なのです。

上野 日本型雇用はアメリカ生まれなのに、それが定着したのが戦後日本だと言われています。高度成長期に会社に隷属する「社畜」である夫と、家庭の中に閉じこもった「家畜」である妻によるガラパゴスが出来上がった。

濱口 でも、欧米が変わったのも1970~80年代でした。実は日本でも、60~70年代には「生活給から職務給へ」と政府や経営側が努力していた時代がありました。しかし、同時に日本経済が予想以上の発展を遂げたため、それまでのシステムもすばらしいんだという話になってしまった。ジャパン・アズ・ナンバーワンともてはやされた結果、「生活給と日本型雇用はすばらしい」ということになってしまったんです。

組合が女子に不利なシステムを推した過去

上野 そのとおり、過去の成功体験が改革を遅らせました。日本型雇用の三点セットが「年功序列」「終身雇用」そして「企業内組合」ですから、こうした労働環境は「労使の共犯」ということになりますね。

濱口 「共犯」という言葉を私は使いませんが、実はこの本のメインテーマの一つにもなっているのが、「生活給は企業内組合が積極的に進めてきた」という事実です。経営側は、60年代までは欧米型の職務給にしよう、と言っていたんですが、男性社員で作られる組合が主体となって、女子に不利なシステムを推し進めていったんです。

上野 50年代から60年代にかけて「生活給」に最も賛成していたのが労働組合でしたからね。春闘で「かあちゃんが働かなくてもすむ賃金をとうちゃんに!」と要求してきたくらいですから。労働組合は女性の敵です(笑)。

濱口 左派の中でも、共産党だけはいまだに悔い改めていませんね(笑)。

優遇されてきた若い男性も切り捨ての対象に

上野 オイルショックからバブル期までの「失われた20年」も、労使協調による社内リストラだけで乗り切ってしまったから、構造自体は何も変化していません。そのツケが今になって回ってきている。政治家も、労働者も、経営者も、これまでの成功体験に目がくらんだままなのですね。

濱口 オイルショック時には男性正社員を守った一方で、パートやアルバイトから優先的にバサバサ切って、難を逃れた企業も多くありました。

上野 でも当時問題にならなかったのは、婚姻と人口の状況が違っていて、家族というバッファーの厚みが違っていたからです。婚姻率が高く、婚姻の安定性が高く、出生率もそこそこ高かった。今はそのバッファーが失われつつあるから、問題となってきたんです。

濱口 その場合も、まず問題とされているのは「男の雇用」なんです。1995年に発表された『新時代の「日本的経営」』がその契機なのですが、日経連は「若い男だからといって安心するなよ」というメッセージを発信しました。

 ここではっきりさせておきたいのは、日本の若者は――ただし男性ですが――欧米と比べて採用において信じられないくらいの「良い目」を見てきたということなんです。大学を卒業したというだけで、何の職業訓練も受けていない若者が、全員正社員として採用されてきた。欧米では、大学を卒業した直後はほとんどの人が失業状態。そこから一生懸命職業訓練を受けたりトライアル雇用を経て、「私はこういうことができます」とアピールして企業に入り込んでいく。

 日本の若者たちは今、かつての「信じられないくらいの良い目」から「そこそこの良い目」になってしまったことで、若者がこんなにひどい目に遭っているという議論がもてはやされる時代になっていますが、それもあくまで男性だけなんです。

上野 学生は「良い目にあってきた」とおっしゃいますが、大学側から言えば「よけいな智恵をつけないで白紙の状態で送り出してくれ」と言ってきたのは誰なんでしょう。いわゆる就職氷河期世代から見ると労働環境は激変していますが、女性の目から見ると何も変わっていません。女はずっと差別されていましたから。

濱口 日本企業が変わる動機は、いつも男の扱いからなんですよ。

「合理的」な判断が不平等な社会を維持してしまう

上野 川口章さんの『ジェンダー経済格差』に恐ろしいことが書いてあります。差別型企業と平等型企業を比べると後者の方が前者に比べて経常利益率が高いという実証データが出ている。なら経済合理性から考えて差別型企業が内部改革をして平等型企業へ移行すればいいようなものだが、その可能性は無い、と答えておられます。なぜなら「動機が無いから」という。これを濱口さんはどう思われますか?

濱口 この本の一番言いたいところはそこなんです。「女性が活躍する社会」という政府のスローガンレベルの話であれば、日本の制度も欧米に比べてちょっと遅れている程度なんです。

 それが「企業」となるとどうか。企業に意志があるわけではなく、所詮は人の集まりに過ぎません。労働問題も、その時々に人事部がその企業にとって「合理的」な判断をしているに違いない。その結果、不平等な社会が維持されてしまうんです。

上野 局所最適でも全体が不合理という状況ですね。こういう近視眼的な「合理性」はいつまで続くのでしょう? 次の変革はいつ起きるでしょうか。

濱口 これも女性についてではないでしょう。おそらくコストの高い中高年に対して、「今まで通り正社員の扱いをしてもらえると思うなよ」という変革が起きると思います。新卒採用を絞ってきたぶん、バブルより前に入れた高コストの男たちの行き場がなくなっています。団塊世代が引退するまでは企業もじっと我慢してきましたが、そろそろ仕組みを変えなければならないときに来ていると感じているでしょう。

上野 リクルートキャリアの海老原嗣生さんは「35歳までバリバリ働いて、その後は出世を選ぶか、賃金カーブは低くてもワークライフバランスを取るか選択させる」という雇用形態を提案しておられます。海老原さんはずいぶん濱口さんの影響を受けられているようですが(笑)。

 ただ、海老原さんの高齢出産説には驚きました。彼の理屈では、働く女性は35歳まで子どもを持たないほうがよい、ということになりますね。最近の「卵子は老化する」から出産適齢期に早く産んでほしいという政府のキャンペーンとは正反対です。

濱口 そこは私も懐疑的です。しかし、システム改革を主導するのは女性問題より先に中高年問題をどうするかでしょう。女性が高齢出産しないで済むモデルを実現するためには、教育システム自体を職業中心型に変えなければならなくなりますからね。人文系の大学教授たちが猛反対します。

日本はメリトクラシー(能力主義)社会ではない

上野 最近の女子学生は実学・資格志向になっています。でも結局、日本はメリトクラシー(能力主義)社会ではない。そこにもギャップが生れています。

濱口 むしろ企業は学生に何でも書き込める“真っ白なキャンバス"を求めています。そして明確な評価軸はないまま、職場のみんなが「あいつはデキる!」と判を押した人間が出世するというシステムです。

上野 やっぱり。ジェンダー研究の用語で言うと「ホモソーシャル(男性同士の絆)」な集団ですね。これでは女性は入っていけない。

濱口 “スカートをはいたオッサン"だったら来いよ、ということですね。女性が同じ行動様式をしてくれるならウェルカムで、表向きは男女平等になっているんです。ただし、それが「無限定モデル」、つまり仕事も、転勤も、労働時間も“無限定"、つまり会社の言うなりに働かなくてはならないシステムをベースとしているので、女性たちはドロップアウトしていってしまう。

 総合職はいまだに男性優位のシステムです。無制限に使えるから、企業は使いやすい。その構造を変えるというのは、企業にとってものすごく不便になります。なのでそこには手をつけないで、一般職をバラして非正規化するのがよかったわけです。

 新卒で男をみんな正社員で入れるのをやめるとともに、無限定雇用に女も入れることになっただけで、女性の立場は副次的に変化するんです。

上野 男並みにがんばれるのはレアな女だけです。育休世代以降、無限定的な働き方が女性の活躍を阻んでいる。さらに問題なのは、女の中で分断が起きていることだと思います。すでに女性労働者の6割が非正規です。しかし、世間の関心が向いているのは、管理職になった女性や成功した起業家のようなごく一部の女ばかり。

"スカートをはいたオッサン"はレアだけど人口の数パーセントはいるでしょう。「202030(*)」でいう30%は無理ですけれどね。そのレアな女たちに「私にはできたのに、どうしてあなたたちにはできないの?」といわれちゃ、普通の女性はたまりません。

*……社会のあらゆる分野において、2020年までに指導的地位に女性が占める割合を少なくとも30%程度とする政府目標

「全社員 島耕作」な会社は幸せか?

上野 女の働き方が変わるのはいつなのでしょうか? 男性中高年問題が解決すると、自動的に変わっていくと思われますか?

濱口 昔は、(そういう言葉はありませんでしたが)男は総合職、女は一般職、と明確に分かれていました。それが90年代に少し緩み、一方で一般職が非正規化していきました。けれど、一周回ってきてみて改めて、「無限定じゃない一般職ってそんなに悪くなかったんじゃないか」、とも考えられるようになった。そこそこの雇用の安定がありながら、いわばB級正社員として生きていく道が残されていたというわけですね。「一般職」が、女性差別を糊塗するために作られたという歴史には問題がありますが。

上野 最初からB級正社員の道しかないのですか。先日、女子学生が「がんばったのにエリア限定正社員しかゲットできなかった」と嘆いておりました。意欲も能力もある女性たちが、「アスピレーション(達成欲求ことやる気)のクーリングダウン(冷却)効果」によって潰されていく、この現状をどうご覧になりますか?

濱口 私はむしろ逆だと思っています。学校を卒業して何千人と入った「平社員 島耕作」が、全員「社長 島耕作」を夢見るよう、社会からも無理やり過剰にヒートアップさせられていたことこそ問題だった。グローバル社員とかごく一部が「島耕作」をやればいいのであって、他の人はローカルで良いのではないでしょうか。

上野 ミスター・リゲインの時代は終わったと。ならば女性だけでなく、男性も正気を取り戻すべきですね。

意識は現実の変化から10年遅れる

濱口 人間の意識は現実の変化から10年くらい遅れるものです。ジャパン・アズ・ナンバーワンの時代のズレが90年代に露呈して、ようやく次は万人エリートモデルを崩すときが来るんじゃないでしょうか。

上野 私も意識は現実の後を追うと思っています。超高齢社会では、ワークライフバランスは長いタイムスパンで考えなければなりません。男性は生涯の最後に仕事中心ライフを送ってきたツケを払っていますよね。孤独死とか、子どもに嫌われるとか、妻に熟年離婚されるとか。無理に無理を重ねてきていますから。

濱口 そういう考え方もあります。ただ、変わるか変わらないかの主語が企業である限り、結局イニシアティブを持っているのは先程も言いましたように人事部の一人ひとりなんです。そして彼らの職務は会社員のプライベートや老後まで考えることではないんです。

 そういう意味では、私は労働専門家なので、退職後の生活のことまでは分析していません。この本は現状分析がメインで、その問題への答えがあるわけではない。とりあえず企業は「スカートをはいた男になれ」というスタンスで待ち構えているということをしっかりと認識してほしいと思っているのです。

上野 ジェンダー研究者は幸せを研究するものなので、そうはいきません。それはどの立場にいる女性に対しても同じです。『「育休世代」のジレンマ』(光文社新書)を書いた中野円佳さんは私の教え子なんですが、彼女は、「上野さんたちは勝ち組女に厳しいけれど、勝ち組女にも涙がある」って言うんですよ。私は女性たちの怨嗟を聞いているわけですから、彼女たちの幸せを願いたいのです。

(「本の話」編集部/本の話)

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