「目に見えない大切なもの」を撮る写真家が魅せられた、カミュの歴史と記憶

文春オンライン / 2019年4月20日 11時0分

写真

米田知子「アルベール・カミュとの対話」展示風景, 2019, ShugoArts

「たいせつなことは目に見えないんだよ」

 とは『星の王子さま』でサン=テグジュペリが書いた言葉だけれど、これをビジュアル表現で示してくれるのが米田知子である。

 新作が並ぶ個展「アルベール・カミュとの対話」を東京六本木のギャラリー、シュウゴアーツで開催中だ。

カミュの「生」が風景に溶け込んでいる

 画面にずっと目を留めて、その中でいつまでも逍遥していたい気分が続く。米田知子作品の前に立つと、いつもそんな特別な力が働いていることを感じる。

 今展で観られるどの作品にしたってそうだ。たとえば《絡まる − マルヌ会戦の塹壕跡に立つ木々》は、深く生える草地に築かれた細道の両側に、大樹が葉をたっぷり茂らせて立つ写真作品。カメラによって精細に写し取られた風景のディテール、要素が多そうに見えてじつはよく整理された画面の構図が、まずはひたすら美しい。

 でも、それだけじゃない。じっと見ていると、写っている場所や事物が抱え持っていた歴史や記憶が、画面からにじみ出てくるかのよう。今作ではタイトルが示すように、撮影地はどうやら北フランスのマルヌである。第一次世界大戦の際にフランス軍とドイツ軍が衝突した土地。しかも写っているのはかつて塹壕があったところで、戦闘の最前線だった場所とのこと。

 このマルヌが展名の「アルベール・カミュとの対話」とどうつながるのかといえば、20世紀フランスを代表する文学者アルベール・カミュの父親は、第一次世界大戦下のフランスで、従軍し命を落としているのである。

 つまりはこの作品、カミュの生き方や作品に流れる思想、感情を、ひとつの風景のなかに溶け込まさんとしているのだ。作品の裏側に詰め込まれた歴史や記憶にいったん気づいてしまえば、観る側の視線と心はそこから離れがたくなってしまう。それで観者の視線はいつまでも、いつまでも画面上をさ迷い続ける。

いつだって歴史と記憶がテーマ

 知りたいこと、明らかにしたいことがまずはあって、写真を通してそれを形にしていくのが米田知子の作品だ。それゆえ撮影や制作に入る前には、いつも綿密なリサーチがおこなわれる。問題の所在はどこにあるか、そのテーマにかんする歴史的な事実はどうなっているのか、コツコツと調べを進めて浮かび上がらせていく。膨大な文献や資料にあたるのは欠かせぬ作業で、ロンドンにアトリエを構えている米田にとって、大英図書館が大切な仕事場のひとつになっているのだそう。

 リサーチと思考を重ね、撮影をする前に自分のなかにしっかりと蓄積をつくっておく。すると、いざシャッターを押すときにそれらがおのずと噴出し、強いエネルギーを一枚の写真に込めることができるようなのだ。

 歴史と記憶は、創作を始めたころから変わらず米田知子の根本的なテーマであり続けている。ごく初期の作品『Topographical Analogy』は、家屋の壁に残った痕跡を写したものだった。現在も継続中の『Between Visible and Invisible』は、20世紀の著名人の筆跡を、彼らの眼鏡を通して眺めるという重厚かつ詩情あふれるシリーズ。『Scene』は世界各地の何気ない風景を写しているようにみえて、じつはそこが歴史的な事件の現場だったりする。

 作品の絵柄や雰囲気はシリーズごとに変われども、追い求めているテーマは見事に一貫している。今展で観られる新作群もまた同じだ。20世紀という激動の時代に生を享け、この世の不条理性を引き受けつつ「人間の存在と愛」をうたい上げたのがカミュである。この希代の文学者に米田知子は強く感応し、カミュにまつわる歴史と記憶をいまの時代に引きずり出し、白日の下に晒している。

 米田作品に宿った「目には見えないけれど、たしかにそこにある大切な何か」を、会場で感得してみたい。

写真=武藤滋生

(山内 宏泰)

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング