高橋周平を覚醒させた「歩く修理工場」 指導歴30年、中日・立石充男巡回コーチの“教える力”

文春オンライン / 2019年5月16日 11時0分

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根尾昂にスローイングの指導を行う立石充男巡回野手コーチ

「修理工場ですわ」

 関西弁。柔和な笑顔。中日ドラゴンズの立石充男巡回野手コーチは常に明るい。

 1957年生まれ。大阪府出身。1975年のドラフト会議で初芝高校から南海ホークスの3位指名を受けて入団。内野手として活躍した。引退後は南海、中日、近鉄、阪神、楽天のほか、韓国や台湾でもコーチを務めるなど、指導歴は30年を越える。

阿部、福田、大島……伸び悩む選手たちへのアドバイス

 巡回野手コーチとは1軍と2軍を行ったり来たりしながら、野手に的確な助言をする役職だ。就任直後の去年の秋キャンプ、立石コーチは伸び悩むある選手に声をかけた。

「長所は長打力や。当てにいかんでええ」

 事実、右打ちなど細かい技術に走っていた。

「立石さんには『今の打ち方は自分の力の3割しか出ていない』と言われました」

 今年、プロ4年目で初の開幕スタメンを掴んだ阿部寿樹が振り返る。

「指摘はとにかくシンプルです。秋に受けたアドバイスは『開くな』と『残せ』の2つだけ。僕は体が開くので、球に力が伝わらなかったんです。もっと軸足に体重を残したまま、左の壁を意識して思い切り振れと」

 そこから試行錯誤が続いた。

「自分なりにアレンジしました。僕は右足に体重を残そうとすればするほど、かえって開いてしまう。だから、一旦はピッチャーの投げたボールに入って(向かって)行って、最後に『背筋で振る』という感覚。これだと、開かずにしっかり後ろに残って振れる。打球も飛ぶようになりました」

 選手の特徴や症状は千差万別。したがって、修復方法も多岐に渡る。福田永将は阿部と全く逆の指示を受けていた。

「僕は『前で打て』です。後ろに残しすぎて、差し込まれていたからです。打撃練習では150キロのボールを想定してタイミングを取れと。当然、バッティングピッチャーの投げる球は遅いですから、ずいぶん体の前で打つことになります。その球に泳ぐくらいで良いと」

 アドバイスの翌日、福田は東京ドームの巨人戦で逆転3ランを放った。

「インローのスライダーを体の前でさばけました。今までだったら、おそらく空振りか自打球だったと思います」

 4月11日。甲子園3連戦を控え、ナゴヤ球場で全体練習があった。その中に開幕から本来の力を発揮できず、悶々としながら、汗を流す選手がいた。

「ずっと違和感があったんです。ただ、それが何か分からないままでした」

 立石コーチが大島洋平のもとへ歩み寄った。

「頭と体幹がずれている」

 ハッとした竜の安打製造機はすぐに自らの引き出しを片っ端から開け始めた。原因さえ明確になれば、プロで10年のキャリアがある大島にはそれを克服する方法が複数ある。

「トップの位置にすんなり入れないから、スイングするときに軸がブレているということでした。結局、変えたのは構えです」

 まず、ピッチャー方向に向いていたバットのヘッドをやや3塁側へ傾けた。そして、左肩の前にあったグリップの位置を胸の前に変更。このゆったりとした力感のない構えにしたことで、スムーズにトップに入れ、ボールを見る時間を長くとれるようになったのだ。

「ピッチャーとの間が合ってきました」

 開幕からアドバイス前までの11試合は41打数10安打。2割4分4厘。構えを変えた阪神戦からは見事にヒットを量産した。

「周平さん、きっと今日から打ちますよ」

「(高橋)周平も頭と体幹がずれていた。振りに行くときに前かがみになって、左肩が突っ込む。それでは空振りで済むボールも当たってしまう。セカンドゴロの山や」

 5月6日の試合前、高橋を指導した。

「試合の打席では必死で技術は考えられない。形を意識して体に染み込ませるにはティーバッティングが一番」

 斜めや真横。高めや低め。速めや遅め。立石コーチの多種多様なトスを高橋は一心不乱にミートした。

「修理工場、いらっしゃいましたね。周平さん、きっと今日から打ちますよ」

 すでにメンテナンスの恩恵を受けていた京田陽太が笑った。その夜、3安打。翌日、4安打。キャプテンに笑顔が戻った。

 なぜここまで教えられるのか。

「ベンチよ」

 キョトンとする私に続けた。

「ベンチでレギュラーのプレーを見てたんですわ。あんな特等席はない」

 現役時代、立石コーチは目を皿のようにして、超一流選手の一挙手一投足を凝視した。あまりに熱心すぎて、試合前の敵チームの打撃練習をユニフォーム姿のまま見学したほどだ。

「ケージの後ろで見せてくださいと頼んだら、『よく見とけ』と言ってくれましたわ」

 落合博満はその一言だけを残して、黙々と美しく白球を打ち返した。

「落合さんはライト線の打球がスライスしない。よく見ると、軸足に根が生えているかと思うほどブレない。あと、右手の使い方が独特。打ち方は分かった。でも、できない。とてつもない練習量が必要だとも分かったんや」

 天才打者から具体的な言葉はなかった。だから、見て学んだ。盗んだ。

「引退間際に2軍の試合で広島市民球場のライトにホームランが打てたんですわ。あれは嬉しかった」

 助言する上での心構えを聞いた。

「選手を困らせないこと。できないことを言うても、あかん。良いときはこう、今はこう、だから、元に戻そうか、というのが基本」

 さらに続けた。

「あくまで長所を伸ばす。良いものを持っているからプロに入る。でも、厳しいプロの世界ではできない部分が目立つ。すると、いつの間にか良いものも消える。それが一番もったいない。中日にええ選手はいっぱいおるよ」

 歩く修理工場、立石コーチ。彼は今日もノックバット片手に笑顔で選手にそっと近づく。ベンチで蓄え続けたノウハウは今、生きている。

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(若狭 敬一)

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