部屋には人工芝が……日本一のホークスグッズコレクターのお部屋拝見

文春オンライン / 2019年5月30日 11時0分

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安田さんとホークスグッズで溢れた部屋

 今回の主役は、昭和21年生まれ、御年72歳の安田さん。数多のホークスファンを取材してきた著者が知る限りで、一番のホークスコレクターである。

 ホークスのグッズの種類はおそらく12球団ナンバーワンだ。新作が発売されると大行列。限定品となれば即完売。本拠地ヤフオクドームでの開催となるとグッズ売り場は人が行き来出来ないほど賑わう。

 だが、安田さんはお金では買えない物に価値を見いだし、それらを収集することに執念を燃やしている。

 自宅の一室がホークス部屋だ。そこを“ミュージアム”と呼び、愛(め)でている。

 収まりきれないコレクションの数に家族は呆れているらしいが、安田さんは「ミュージアムはずっと展示物が同じだと飽きられるから常に収集していかないといけない、だから大変なんですよ」とあくまで我が道を貫く。ちなみにではあるが、この“ミュージアム”の一般公開は一切していない(笑)。

ホークスコレクターになったきっかけ

 安田さんがホークスコレクターになったのはホークス福岡移転元年の1989年のことだった。そもそも帽子を集めるのが好きだったが、ホークスが福岡に来てからは様々な物を収集するようになった。

 かつて本拠地だった平和台球場にはいつも満員の観衆がつめかけた。そのたびに大入り袋が配られた。それが始まりだ。安田さんは大入り袋を全て大切に保管している。
 

 また、当時の事を聞くと今では考えられない話が飛び出した。

「今みたいに警備も厳重じゃなかったし、普通に挨拶をしていたら野球場のどこまでも入って行けたんですよ(笑)。誰にも呼びとめられることもなく選手サロンまで入れたこともあって、しかも子供の手を引いていたから選手からも話しかけられて、一緒に写真を撮ってもらったりもして。時代が寛容で良かったですよねぇ」

 大のホークスファンになった安田さん。ただ、彼が応援したのはユニフォームを着て戦う選手たちだけではない。背広やジャージ姿で戦う人たちも熱心に応援したのだ。

「ライオンズが福岡を離れてしまって10年ぐらいは、プロ野球球団が我が街にない寂しさを感じた県民が多かった。私もその一人でした。そんな想いから、福岡に来てくれたホークスのフロントや裏方スタッフを特に応援していたんですよ」

 そのうち、だんだん顔見知りになって交流が深まった。スタッフにしか配られない物を譲ってもらうなんてことが増えてきた。

「今じゃそんな不審者は通報されちゃいますよね(笑)。だけど選手が活躍できるのはフロントと球団スタッフの御蔭ですから、常に労いたかったというのが本心です。でも、だんだん私の我儘をきいてくれるようになってきたというのもありました(笑)」

 そのお宝の数々は、あまりにも状態が良く大切に保管されている。なので、筆者も平和台球場に通った幼少期を思い出しながらついつい物色してしまった。

 確かに時間が経てば思い出の付加価値も生まれるし、それを見ただけで話題が広がるのは間違いない。上記写真の一番小さな旗は弁当の中で使われていたものだ。

 今でも地下鉄の駅などに置いてある試合日程表も、歴代の物がきちんとファイリングされていた。表紙は全く一緒でも裏面のスポンサー企業が違うだけで収集の対象になっている。ここでも球団を支えるスタッフ側を労う精神が安田さんの中にはあるのだろう。

床には福岡ドームで使われていた人工芝も

 ホークスが平和台球場を去ったのが1992年。

 そして1997年に完全閉鎖されて、その後取り壊された。昭和の名残も少なくなっていく切なさを多くのプロ野球ファンが感じていた。

 安田さんは平和台球場の取り壊しの日に現場に行き、球場の破片も収集したという。

 また、本拠地を福岡ドーム(現ヤフオクドーム)に移してからのホークスは常勝軍団への階段を着実に昇っていった。平和台時代は想像が出来ない強さと破壊力が備わり、1999年にダイエーホークスとしての初優勝を飾ったのは我々福岡県民にとって忘れる事の出来ない歓喜の瞬間だった。

 その時の安田さん。スーパー「ダイエー」の優勝セールが終わる頃に店頭に出向くと頭を下げて、破棄するであろう優勝セールの案内に使った印刷物を引き取って来たのだ。今回は“ミュージアム”からさすがに引っ張りだせなかったが、初優勝の時に福岡屈指の繁華街である天神のビルにぶら下がっていた20メートル以上もある垂れ幕もロール状で保管されていたのには驚かされた。

 ただ、それ以上に驚いたのは床に敷いてある人工芝だ。福岡ドームが開業した1993年からONシリーズを戦った2000年まで、実際に福岡ドームで使われていたものなのだ。

 その当時、人工芝の張り替えをするという情報を聞きつけてさっそく球団に連絡。しかし、時すでに遅し。神奈川県の陸上競技場への転用が決まっていたという。
それでも「なんとかならないかとお願いをした」ところ、余った数枚を譲り受けることができたそうだ。なかなかここまで食い下がるコレクターはいないのではないかと思う(笑)。

球団スタッフの温かみを感じるコレクション

 最後に、安田さんが特に好きなコレクションだというのが、球団が作ったポスターだ。

「試合結果が出てから翌日の試合には球場のアチコチに貼られているんですよ。きっと夜通しデザイン案とか構成とかを球団スタッフが試行錯誤して作成されたであろうポスターには温かみすら感じるじゃないですか」

 ここでも裏方スタッフの気持ちを汲むのが安田さんの素敵なところだ。

 もちろん、このコレクションも掲載期間が終わったら球団に連絡をして頭を下げて譲り受けたものである。

 ソフトバンクへと親会社が変わった現在に至るまで、ホークスの足跡を辿ればとてつもない人数の球団スタッフとその想いが関わっている。プロ野球選手をファンが応援するのは当たり前の姿。ただ、その状況を作り上げていく上で不可欠な存在である「支える人たち」を安田さんは今でも応援し、労い続けている。

「ホークスが優勝した時は、スタッフの方に一番最初に“おめでとうございます”と言うのが習慣になってしまいました(笑)」

 時代は遷り変わり令和元年になった今シーズンもヤフオクドームで配られる無料のグッズを収集し続けている。

 もう一度言うが、この“ミュージアム”は一般公開されているわけではない。

 ただ、安田さん自慢のコレクションはホークスファン垂涎のアイテムがずらり揃う。2020年春にヤフオクドーム敷地内にオープンする「E・ZO FUKUOKA」(イーゾ フクオカ)で移転再開する「王貞治ベースボールミュージアム」で展示されれば、みんな大喜びすること間違いなしだ。これまでとは逆に球団スタッフが一生懸命アイテムの提供をお願いすれば、その時は間違いなく安田さんが差し出すに違いないだろう(笑)。

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(加藤 淳也)

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