さすが倉本聰。ただの続篇ではなかった。――亀和田武「テレビ健康診断」

文春オンライン / 2019年5月8日 6時0分

写真

主人公を演じる石坂浩二 ©文藝春秋

 これって、ありか! テレビ朝日、昼の帯ドラ『やすらぎの郷(さと)』は、私たちに衝撃を与えた。大御所、倉本聰が脚本を手がけ、往年の人気俳優を惜しげもなく起用したドラマに、メディアは騒然となった。

 シニア・ドラマという鉱脈を掘りあてた、あの“やすらぎの世界”が、再び帰ってきた。今回の『やすらぎの刻(とき)~道』は一年間に渡って放映される。テレビ局の度量の大きさに驚く。

 初回を観て、前作との微妙なテイストの違いに気づく。倉本聰の分身ともいえる、主人公の脚本家、菊村栄(石坂浩二)の「このごろ、毎晩のように同じ夢をみる。いつか見たことのある山あいの道だ」という呟きで、ドラマは始まる。

 まだ夜明け前に目覚め、いまみた夢をベッドで静かに反芻する老脚本家。この冒頭シーンだけで、ドラマの内省的なトーンが伝わる。さすが倉本聰、ただの続篇にはしない。

 とはいえ、やすらぎの郷を包む空気は変わっていない。“お嬢”こと白川冴子(浅丘ルリ子)と水谷マヤ(加賀まりこ)のコンビは二年前より若く見える。元気で下世話な好奇心は衰え知らずだ。親子よりも齢(とし)の離れた彼女(常盤貴子)に去られたマロ(ミッキー・カーチス)も、いまだ現役でビンビンの毎日だ。

 そんなとき、菊村は部屋の隅から、十年前にボツになった『機(はた)の音』のシナリオを見つける。南アルプスを望む養蚕の村と、満蒙(まんもう)開拓団の悲劇を描いた渾身の一篇だった。その作品世界と夜毎みる山あいの一本道の夢とが重なった。

 そうか、ロケハンで訪れた山梨の寒村の景色と一本道が、自分の原風景だったのか。この日から菊村は、『機の音』を改稿する作業に没頭する。

 タイトルは『道』。昭和十一年の山梨が舞台だ。主人公は十三歳の少年、根来公平(風間俊介)。桑畑に囲まれ養蚕で生きる貧しい農家の四男坊だ。公平が暮らす村の景色や、家族構成に、菊村は思いを馳せる。

 すごいだろ。今回の『やすらぎ』は、菊村が描くシナリオ世界の『道』と、現実に彼が生きる『やすらぎの郷』の、二つの世界が交互に登場する意欲作だった。やや前衛めかした小説には、よくある設定だ。しかしテレビ、それも昼の帯ドラでやってのけるとは。

 幼いときから運に見放され、「俺はついてない」が口癖だった少年が、丸っきり性格が正反対の陽気な美少女に出会ったら、どうなるか。そう、第八話にして一気にドラマは動く。

 公平の家に引きとられた浅井しの(清野菜名)を目にした瞬間、少年の心はときめく。希望とは無縁だった少年が溌剌とした少女に恋をする。初恋。そして貧困と戦争に翻弄される青春。これからの一年、たっぷり楽しませてもらおう。

INFORMATION

『やすらぎの刻~道』
テレビ朝日系 月~金 12:30~12:50
https://www.tv-asahi.co.jp/yasuraginotoki/

(亀和田 武/週刊文春 2019年5月2・9日号)

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング