朝日新聞が持ち上げた韓国の“青年弁護士”が、徴用工裁判で反日活動家になるまで

文春オンライン / 2019年5月29日 6時0分

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朝日新聞2005年8月15日朝刊より

「文在寅大統領は徴用工にお金を渡せ!」被害者団体の訴えが韓国社会で黙殺されている から続く

〈「日本は進んで出来る協力を断らないで欲しい」と訴えつつ、韓国側にも「日本に不可能な要求をすべきではない」とくぎを刺す。「すべては被害者と正義、そして韓日の健全な未来のため。闘う相手は日本ではない。時間だ」〉

 2005年8月15日の朝日新聞の(ひと)欄で、その勇ましい発言を紹介されたのは韓国人弁護士のチェ・ポンテ氏(崔鳳泰)だった。

〈「大統領より被害者の方が上だと思い、つい政府も敵に回してしまう」と笑う。〉

 記事では正義を貫く好漢としてチェ・ポンテ氏を特集していた。この記事を執筆しているのは、朝日新聞の慰安婦報道などで活躍した市川速水記者(現・編集委員)だ。

「在野で被害者のために働く」と公言していたが……

 それから十数年、正義を貫く好漢は日本企業に刃を向け、日韓関係を史上最高レベルまで悪化させた仕掛け人の一人としてその名を知られるようになる――。

 チェ・ポンテ氏は、韓国・大邱(テグ)出身でソウル大学校法科大学を卒業している。東京大学に留学経験がある日本通でもある。

 彼が一躍有名になったのは、盧武鉉政権下で発足した強制動員被害真相糾明委員会の事務局長に任命されてからだった。

「日帝強占下強制動員被害真相糾明等に関する特別法に基づき設置された真相糾命委員会では、被害実態の調査、被害者、遺族の認定などに取組んだ。盧武鉉、小泉会談で決まった日本に残る民間徴用犠牲者の遺骨返還問題の際にはチェ・ポンテ氏も事務局長として日本にたびたび来日し、遺骨収集などの交渉で手腕を発揮していました」(ソウル特派員)

 政府委員の立場として当時から強制動員や徴用工問題に取組んでいた。

「当時のチェ・ポンテは被害者を助けていたし、多くの会議を開くなど尽力をしていた。『私は公務員よりも、在野で被害者のために働く』と公言していました」(韓国紙記者)

「いろんな裁判を起こすために花火をあげる節がある」

 被害者のために奮闘するその姿は、薬害エイズ問題で名を上げた若かりし頃の菅直人氏(元厚生労働大臣・元総理大臣)を彷彿させるものがある。実際に朝日新聞も、チェ・ポンテ氏の若さと情熱に溢れる姿を紙面で絶賛していた。

 しかし彼は、弁護士としては毀誉褒貶のあるタイプだったようだ。

「クレバーなタイプなので説得力のある話をするのですが、一方で山っ気も強い。『裁判は勝たないとだめですよ』が口癖で、いろんな裁判を起こすために花火をあげる節がある。在韓被爆者のため、原爆を落とした米国相手に補償を求めるつもりだ、などと話していたこともあります」(チェ・ポンテ氏を知る人物)

「文在寅の選挙応援をしているとも聞きました」

 真相糾明委員会事務局長を辞した後、チェ・ポンテ氏はその馬脚を現すようになる。

「真相糾明法のもとで行われた戦争被害者補償は不十分な内容になりそうだと分かったときのことでした。元事務局長のチェ・ポンテに『おかしいじゃないか』とみなが訴えたところ、『韓国政府が決めたことだから仕方ない』と取り合おうとしない。その後、文在寅の選挙応援をしているとも聞きました。結局、彼は権力に弱い日和見主義者なのです」(遺族会会員)

 あるときチェ・ポンテ氏は、自身の別荘に戦争被害者遺族を集め、こう演説をしたという。

「これで補償は終わりではありません。まだ個人請求権は残っています。みんなで共済組合を作るのです。そのためには、100万ウォン(約10万円)を出資してください。元本は保証いたします。これから多くの裁判を行うためにお金が必要なのです」

 別荘には銀行員が立ち会っており、徴収された金額の処理を行っていた。呼びかけに応じ、おおよそ100人の被害者や遺族が出資を行ったという。

 参加した遺族の一人である金祐河氏(仮名)が証言する。

「大事な家族を戦争で失ったわけですから、私たち遺族は政府から支給された2000万ウォン(約200万円)の補償金では少ないと感じていました。そうした想いをチェ・ポンテ氏は利用したのです。私たちが2000万ウォンのお金を持っていることも彼は知っていた。だから『そのお金の一部を出資して裁判でもっとお金を得ましょう』ともちかけてきたのです。ところが、いくら裁判をしても負けてばかり。これは詐欺じゃないか、と返金を求める声が殺到したのです」

謙虚に話していた青年弁護士は、いつしか反日活動家へと変貌していた

 日本政府や韓国企業、そして日本企業などに裁判を乱発するようになったチェ・ポンテ氏。その節操のない行動に対して、次第に懐疑的な視線が注がれるようになっていく。

「彼の持論は、戦後補償問題は『2プラス2』で解決すべきだ、というものでした。つまり韓国政府と韓国企業、そして日本政府と日本企業、この四者協議で取組むべきだというのです。彼は政府委員をしていたわけだし、その腹案を実現すると期待されていました。ところが、チェ・ポンテはそんな持論はどこ吹く風とばかりに、あたり構わず裁判を乱発し始めた。どこが2プラス2なんだ、と呆れ返る声が出始めたのです」(チェ・ポンテの元支援者)

 2018年11月、韓国大法院は三菱重工業に対して元徴用工らへの損害賠償を命じた判決を出した。この原告代理人を務めたのが、チェ・ポンテ氏だった。

 彼は今年3月には徴用工問題を国連に持ち込むと語り、「人権の観点から同社と徴用政策を進めた日本政府の責任を浮き彫りにし、同社が判決を無視できない環境を作る」とメディアに答えている。朝日新聞に「日本に不可能な要求をすべきではない」と謙虚に話していた青年弁護士は、いつしか反日活動家へと変貌していた。

「光州でも勤労女子挺身隊が損害賠償裁判を起こしています。この裁判の仕掛け人はチェ・ポンテに近い人物です。

 韓国国内では徴用工問題を『日本によって奴隷にされた人達』と喧伝し“反日”感情を煽ります。しかし、徴用工の真偽を確認するのは難しい作業なのです。物証がない場合は、韓国では隣人2人の証言があれば事実と認められています。そんな大雑把な事実認定がまかり通ってしまう。三菱重工業裁判の勝利によって、日韓の葛藤だけを増やす裁判が激増する事態になっているのです」(同前)

日韓関係を悪化させたことについてどう考えるのか

 徴用工裁判の判決は、決して遺族に対して福音にはなっていない。ごく一部の被害者だけが救済されるという格差を生むばかりではなく、日韓関係が悪化したことで2プラス2協議の実現は夢物語と化している。多くの被害者・遺族にとっては希望が遠のく事態になっているのだ。

 そのスタンドプレーを非難する声に対して、チェ・ポンテ氏はこうメディアで弁明している。

「春が来る前には、冷え込みの厳しい日もある。日韓間はやや冷え込んでいるかもしれませんが、被害者が救済される春がすぐそこまで来ている、というのが私の認識です」

 はたして徴用工裁判の真意はどこにあるのか。チェ・ポンテ氏を電話で直撃した。

――裁判で日韓関係を悪化させたことについてどう考えるのか。

「(原告が)三菱重工業によって人権侵害を受けたにもかかわらず、現在まで救済されていないので、人権救済をすべき状況になって訴訟を起こしたのだ」

――テグ地域で文在寅の選挙支援を行っていたのは事実か。

「当時、文在寅弁護士が民主陣営から候補に出たので、自分なりに支援はしました」

日韓請求権協定を否定するのか

――太平洋戦争の遺族から裁判のために出資金を集めたのは事実か。

「その当時、被害者たちが(太平洋戦争被害者遺族らが)自分たちの権利を主張するためには、力を合わせなければならなかったため、100万ウォンずつ出資して共済組合を作りました。訴訟をするためにお金を集めたという話は正しくない間違った話です。出資金はすべて返還していった状況である」

――日韓条約で決められた日韓請求権協定を否定するのか。

「(日韓基本条約を結んだ)1965年当時は、冷戦体制の下で韓日関係を設定したので、実質的に被害者の救済に対してはきちんとできていない。そういう状況で被害者たちを救済することが今後の韓日関係を正しくする(きちんと作る)土台になると私たちは思います。韓日関係を未来志向的にするために、その間に解決しなかった課題を解決することなのに……」

 取材のなかで彼は、繰り返し日韓基本条約を否定する言葉を繰り返した。しかし被害者を救済することができなかったという意味では、真相糾明委員会事務局長として実務に携わっていた彼自身にも一定の責任があったはずだ。

 チェ・ポンテ氏らが煽る徴用工問題の過熱化や、日韓基本条約の否定は国交の否定にも繋がりかねない危険な思想だ。

 彼の元支援者は、こう寂しそうに呟いた。

「チェ・ポンテ氏は被害者を利用して有名になり、実力を得た男です。その過程を見ていると、彼は自分が有名になるためにパフォーマンスをしているとしか思えないのです」

 いったい誰のための裁判なのか――。

徴用工裁判の女闘士は、韓国で「遺族会の裏切り者」と批判されていた へ続く

(赤石 晋一郎)

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