小泉進次郎は「上」と「下」どちらの味方か? 参院選で地金があらわになる

文春オンライン / 2019年7月4日 6時0分

写真

©常井健一

 名匠ケン・ローチの映画「わたしは、ダニエル・ブレイク」は、普通の人の物語である。

 59歳の主人公ダニエルは、イギリスの草臥れた地方都市に住む腕利きの大工さん。最愛の妻を看取ると自分も心臓病にかかり、ドクターストップで失業してしまう。国の手当てに頼るため、近くの職業安定所に通い詰めるが、申請に使うパソコンがさっぱり操作できない。杓子定規の役人たちには冷たくあしらわれる。やがて身も心もボロボロになり――。

 先進国の勤勉な小市民が些細なつまずきをきっかけに困窮していく21世紀のリアルを活写した名作は、2016年にカンヌ映画祭の最高賞に輝いた。1時間40分に及ぶドラマは、まさに今の日本社会にも共通するテーマを扱っている。

「それで、誰に感情移入しましたか?」

 今年の正月休み、小泉進次郎はその悲劇を堪能したという。自身が主宰する読書会のメンバーから強く勧められたから、だそうだ。

「それで、誰に感情移入しましたか?」

 と、映画好きの私は訊いた。

「ボクはね……」

 ダニエルが一人暮らしするアパートの隣には、いかがわしい高級スニーカーを売りさばく半グレ風の少年が住む。職安で出会った貧しきシングルマザーは、見知らぬスーパーの店員にあっせんされるがままに場末の風俗店で働く。ダニエルをかばう人情派の役人は、鉄面皮の「ヒラメ上司」に目を付けられている。

 登場人物たちが抱える「闇」は、2000万円の貯蓄もままならない「普通の人」を取り巻く日本社会の人間模様とあまり変わらない。小泉進次郎にとっても地元の路地裏を歩いていれば、目の前に現れる日常風景だろう。

 小泉は思案顔で、終盤のこんなシーンを振り返った。

 ある日、ダニエルは「人」として扱われない境遇に苛立ち、職安の外壁にスプレーで落書きを始める。

〈オレは、ダニエル・ブレイクだ。飢える前に(不服の)申し立て日を決めろ。電話のクソなBGMを変えろ〉

「ヨレヨレ」を自分と重ね合わせたという

 大勢の通行人が大通りの向こう側から彼に喝采を送り、次々と携帯のカメラで撮影し出す。近寄ってきたヨレヨレのおじさんが「その通り! 最高だな!」と言って肩を抱く。そこに、パトカーがやってきて主人公を連行する。ヨレヨレは警官に目がけ、「Fワード」を連発する。

「偉そうな労働年金大臣も、バカな金持ち議員も、逮捕しろ! ダニエル・ブレイクには爵位を! 銅像を建てるべきだ!」

 小泉は多くの登場人物の中で「ヨレヨレ」を自分と重ね合わせたという。私は政権与党の厚生労働部会長として見上げた態度だと思ったが、少し意外だった。なぜなら、「ヨレヨレ」はこんな悪態もついていたからだ。

「おまえら警察も失業するぞ、保守党の得意な民営化でなっ」

「ピンチはチャンス」なる小泉流の努力信仰に煽られ

 小泉進次郎という政治家は、極東の島国でサッチャー的な民営化路線を突っ走った小泉純一郎の後継者であるということを忘れてはならない。

 39歳の私も属する「就職氷河期世代」の中には、いわれなき不遇を強いられた原因を「小泉構造改革」に求めようとする者は決して少なくない。小泉政権では消費増税を封印し、社会保障費の抑制に狂奔した。労働市場の規制緩和にも積極的で、若い非正規労働者が急増したところにリーマンショックが起こり、ワーキングプアが大量に生まれた。

 当時、「イラク人質事件」(2004年)をきっかけに流行った言葉が「自己責任」だ。世の中全体が「ピンチはチャンス」なる小泉流の努力信仰に煽られ、気づいた頃には「勝ち組」と「負け組」に分けられていた。運の良い者は改革と競争と自立を称賛し、適者生存の社会ダーウィニズムを謳歌した。一方、報われない者は貧困と孤独を個人で抱え込み、弱気な自分をひたすら責めた。

 実は、小泉も氷河期世代である。自分が通った高校や大学の同級生の中には、不安定雇用と低賃金が続き、貯蓄もままならない友人がたくさんいるはずだ。順風満帆に見えるエリート正社員でも、長時間労働に耐え忍ぶうちに、体か、心か、あるいは家族関係に「爆弾」を抱えている。

地元・横須賀市の人口減少は全国ワースト

 私が小泉と映画談義をした場所は、彼の地元・神奈川県横須賀市だった。明治時代から4代も続いてきた「小泉王国」に広がる風景は、ダニエル・ブレイクが暮らす世界そのものである。

 近年、大工場の撤退が相次ぎ、高齢化や都心回帰が人口流出に追い打ちをかけた。太平洋を望む住宅地には空き家が並び、駅前の商店街にはシャッターが目立つ。横須賀市の人口減少は全国ワースト(2013年1位、2015年2位、2016年8位)。住宅地の地価下落ランキングを見れば、東京圏のワースト10のうち、8か、9が「王国」の中に位置するような惨状だ。

 日本一疲弊した地方都市から国政に送り込まれたピカピカのプリンスは、今回の参院選でも全国を駆け回り、自民党候補者の応援に注力するという。しかも、演説のメインテーマを「老後2000万円問題」にするそうだ。

 令和元年のこんにち、多くの有権者が気にしているのは、憲法や外交、原発をめぐる「右」か「左」かという議論よりも、暮らしに直結するゼニカネの話である。今回の争点となるべくは、「消費税10%時代」に各候補者が社会の「上」か「下」か、どちらを向いて政治をするかという問題だと思う。

 だが、生活水準というものは千差万別で、「一億総中流」の時代はすでに終わっている。万人に通じる「普通」や「当たり前」を見出すことはとても難しい。ネット上では「2000万円」を巡り、同じ国民が敵と味方に分かれて感情的な言葉の応酬が繰り返されている。

一杯2500円もする高級ホテルのパーコ麺で「ラーメン懇談だ」

 彼は参院選の直前、報道陣を前にこう宣言した。

「だから、この年金を変えなければいけないんだということに目が向けられるチャンスが来たかもと思っています。参議院選挙もありますが、私は全国でそういう話もしていきたいなと思っています」

 生活者というものは、未来よりも明日を知りたがる。誰もが納得いく年金問題の落としどころをどこに見定め、地方の庶民たちにどんな言葉を投げかけるのか。父の構造改革の「痛み」をどう総括し、この国特有の歪みや不安を改善するような処方箋を示せるのか。

「ダニエル・ブレイク」に己を投影し、人には言いにくい生活の悩みを抱えながら、翳りゆく出版界の底辺でもがき苦しんでいる凡庸な物書きにとっては、今回の遊説は見ものだ。

 演説中、金にも力にも容姿にも恵まれた4世政治家の地金が露わになれば、地べたで暮らす人々は何を思うだろうか。一杯2500円もする高級ホテルのパーコ麺を若いエリートたちと嗜み、外向けには「ラーメン懇談だ」と吹聴しては庶民派ぶるあざとい一面を知るだけに、一抹の諦めを覚えている。

分厚いベールに包まれた「自民党のプリンス」の素顔を描く

 私はこれまで7度にわたり、同世代でもある小泉の全国行脚に密着してきた。そのうち6度は徒手空拳のフリーランスでありながら、無謀にも「完全密着」をしてきた。

 選挙期間中の約2週間、同じ電車や飛行機や船に勝手に乗り込み、移動中の車を後ろから追跡しては、彼の近くを同じスピードで歩き、同じ食べ物を胃袋に流し込む。自らの肉体を頼りに喜怒哀楽を疑似体験することで、分厚いベールに包まれた「自民党のプリンス」の素顔を描いてきた。

 なぜ、閣僚でも党幹部でもない「38歳」を追いかけようとするのか。それは、国政選挙となれば、60年以上の伝統と経験、そして元宿仁事務総長をトップとして220人ほどのスタッフを擁する巨大与党のすべてが「170センチちょっとの男」に注がれるからだ。

「小泉進次郎」を観察し続けることは、2020年代の自民党政治を想像する上で安倍晋三や菅義偉を追うよりも有意義だと思っている。

――ここまでは、従来、選挙密着を始める時に使い回してきた自己紹介の決まり文句である。

 しかし、今回はちょっと勝手が違いそうだ。

 最近懇談した全国紙の政治部に属するスクープ記者は、私に忠告した。

「今回、進次郎を追っても仕方がない。ろくな仕事をしていないでしょ。うちはあえて批判もしないよ。紙面を割くほどの政治家じゃないんだ」

一人だけ旗幟を鮮明にせず、ひたすら逃げ回った

 世論調査をすれば「次の総理にしたい人」のナンバーワンで、1年間に1億円もの政治資金を集めてしまう。私は政治ジャーナリズムの立派な監視対象でもあると思ってきたが、子育て雑誌を編集している妻にも「飽きた」と呆れられている。普段から出入りしているいくつかの媒体に持ち掛けても、これまでになく反応が悪い。すなわち、今日までに集めることができた取材費(旅費交通費が9割)も過去最少だ。

 やはり昨秋の自民党総裁選が背景にある。

 安倍晋三と石破茂が天下分け目の一騎打ちを演じる中、小泉は400人以上もいる自民党国会議員の中でたった一人だけ旗幟を鮮明にせず、ひたすら逃げ回った。あれを機に、彼のことを「戦わない政治家」だと見なした者は決して少なくない。我が子贔屓の父・純一郎でさえも「まだまだ」とこぼすようになった。その後も、勝負所で日和見な態度を続け、永田町からは怨嗟の声がひっきりなしに漏れてくる。

 そういう意味でも、この夏の全国ツアーに臨む小泉を取り巻く環境は、上り調子だったこれまでとはだいぶ異なる。

「24時間仕事バカ」なんてもはや絶滅危惧種だ

 私は懲りずに彼に注目している一人だが、今回は無理をしてまで密着しないことを決めた。

 全国約100か所を約2週間で回る「完全密着」には、どんなに切り詰めても交通費だけで100万円以上はかかる。青息吐息の出版界では、ありえないスケールの経費だ。「マスゴミ」と罵られる当事者の暮らしも楽でない。従来は複数の媒体から集めた予算で工面してきたが、今回は文春オンライン1媒体に絞った。1日1か所、なんとか回れそうな予算の範囲内で取材しようと思う。

 このダウンサイズ感は、今日のジャーナリズムを取り巻く現実を反映している。その上、「24時間仕事バカ」なんてもはや絶滅危惧種だ。2週間もの選挙期間中、雲の上に住む「1億円プレイヤー」の人気政治家のペースに合わせて家を空け、妻に「ワンオペ」を強いてきた自分の働き方を改めたい。いつものように家事や育児も(できる限り)分担しながら現場に赴こうと思う。

 後付けの理由かもしれないが、むしろそのほうが、地べたの目線から「プリンス」をつぶさに見ることができるんじゃないか。右でも左でも、親安倍でも反安倍でもない。小泉進次郎は「上」か「下」か、どちらの味方なのか。読者と同じ「普通の人」の側に立ったほうが、冷静に見極められるのではなかろうか。

 公示日の4日、小泉は朝9時台に滋賀県草津市で「第一声」を行い、秋田県に移動して県内3か所で演説をぶつ。私は家族と朝ごはんを食べた後、我が子を保育園に送り届けてから新幹線で秋田に向かう。

(文中一部敬称略)

写真=常井健一

※参院選の投開票日まで、常井氏が見た小泉進次郎氏の全国遊説ルポを不定期で掲載します。

(常井 健一)

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング