小泉進次郎の「年金2000万円」演説にロスジェネが感じたすきま風

文春オンライン / 2019年7月9日 11時0分

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©常井健一

小泉進次郎は「上」と「下」どちらの味方か? 参院選で地金があらわになる から続く

 秋田県横手市の食堂で出てくる焼きそばは、甘辛いソースで炒めた麺の上に目玉焼きが載り、福神漬けがそっと添えられている。B級グルメの聖地として名高い地方都市に、自民党厚生労働部会長の小泉進次郎が現れた。参院選が公示された7月4日、彼は夕方6時過ぎからの約15分間にわたり、自民党候補の応援のためにマイクを握った。

「先ほどみなさんと握手して回ってきた時に、いろんな声をかけていただきました。『こないだ秋田でやったオヤジさんの講演を聴きに行ったよ』と言った人もいたし、中には『ハズキルーペのお兄ちゃんを見に来たよ』と言われました。だけど、私の兄が、アレです。老けているからよく間違えられるけど、私が弟です」

2年前、小泉は飲み屋に深夜ふらっとやってきた

 こんなフレーズから幕を開けた令和の新「小泉劇場」。初日最後の会場となった場外馬券場の大駐車場には約400人の住民が詰めかけていた。

「今日、演説が終わったら来るよと聞いていたけど、来られなくなったと連絡があって」

 こちらの声の主は、市内にある居酒屋の男性店主。コンロに乗った焼き鳥に向かいながら、カウンターの私に呟いた。

 2年前の衆院選、小泉は同じ場所で演説をした際、横手焼きそばの名店として知られるその飲み屋に深夜ふらっとやってきた。店の入り口には、その時に撮った記念写真が飾られている。

 小泉は全国遊説の移動中にご当地のB級グルメを嗜むのが大好きだ。「選挙中のB級グルメはA級グルメに匹敵する」とも聞かされたことがある。私は当然、演説後に彼がその店に立ち寄り、横手焼きそばを頬張ると思い、試しに暖簾をくぐってみた。

マイクを握る前に必ず寄り道をする

「そういうわけで、たぶん今日は来ないと思うよ」

 店主は言った。

 木曜日の夜7時だというのに、有名店のカウンター席には私の他に2人。広い座敷には1組しかいなかった。私がおなかを満たしてから、30分後に店を出ると市役所に近い駅前の大通りには誰一人歩いていなかった。さっきまで近くの演説会で笑っていたあの大観衆は、一体どこに行ってしまったのだろうか――。

 小泉進次郎の全国行脚を密着取材していると、地方の現状を垣間見ることができる。

 小泉の演説は、初めに「ご当地ネタ」を披露して盛り上げることで知られているが、マイクを握る前に必ず寄り道をする。会場周辺の名所・名跡を訪ね、偉人の銅像や古い記念碑を眺め、展望台に上り、名物を食べ、ご当地飲料を飲み、現地の人と語らう。所要時間は5分から10分。党が用意する現地のデータ集を当てにせず、自分の五感を頼りに実感のみを声にしているのだ。道中での思わぬ出会いや景色が豊饒な言葉を生み、聴衆と政治との距離を縮めてきた。

「さっき車で、この伊万里の街を走りました。玉屋というデパートが閉まっている。商店街のシャッターも締まっている。人が歩いていない。全国いろんな所で見る景色だな。ちなみに私の神奈川県横須賀市でも、地域のデパートが数年前に閉鎖されました。当然かもしれませんね。今はね、インターネットで何でも買える。東京も地方も関係ない。ほしいものはスマホから手に入る。そういった現象はアメリカにもあります。世界的な現象かもしれません」(7月8日、佐賀県伊万里市)

バックパッカーの旅に通じるような牧歌的な移動

 自民党の演説会なのに、安倍政権の姿勢に批判めいた言動が飛び出すのも、そういう地道な努力から生まれた小泉演説の特徴だと思う。「アベノミクスの実感ありますか」、「突然の解散は腑に落ちないでしょ」、「軽減税率は必要ですか」などと問いかけ、野党的な発言を厭わない。

 昨年からしきりに唱える「これからの政治は人との違いを強みに変えられるかが大事」というフレーズは、多様性の重視を訴える立憲民主党代表の演説を聴いているかのような気分にもさせられる。そんな彼特有の立ち位置が圧倒的多数の無党派層に受け、国民目線に近い政治家というイメージが広がった。

 移動中のおもむきも、かつてはバックパッカーの旅に通じるような牧歌的なものだった。プラットフォームのベンチに座り、時には在来線の電車に飛び乗る。満員電車の中で立ちながら目的地に向かうこともあった。私は自然体の「近さ」こそがこの政治家の強みだと思ってきたが、人気の高まりとともにそれは「リスク」に変わったようだ。

 党本部は将来を担うホープを傷つけまいと、神経をすり減らしている。2017年の衆院選あたりから演説会場で大勢の警官を見ることも増えた。総理遊説のように会場周辺に物騒な鉄柵が張り巡らされるケースはまだ少ないが、以前と比べれば、小泉と聴衆との距離は遠のいた。小泉自身も「アポイント」のない場所を自由に闊歩したり、行きずりの老若男女とゆったりと語らったりすることも少なくなった。

「これだけ期日前投票の投票率が上がれば、最初の3日が勝負だ」

 選挙戦初日の夜も、小泉は横手の居酒屋には寄らず、逗留先の温泉旅館に向かったようだ。私は以前の取材中に聞いたこんなぼやきを思い出した。

「今まではできたのに、できないことが増えている。私の秘書、スタッフ、党職員などいろんな方が動かないと一人では動けなくなっている」

 人気者も楽ではない。

 小泉は公示後2日目、岩手県内の演説会場で「選挙のルールが変わった」と声を上げ、「これまでは選挙は最後の3日が勝負だと言われてきたが、これだけ期日前投票の投票率が上がれば、最初の3日が勝負だ」と訴えた。

 実際、前日に回った秋田県では、2年前の衆院選で期日前投票の投票率が31.93%となり、全投票者の半数以上が期日前を利用した。小泉も演説の中では必ずと言っていいほど「どうかこのまま投票所に行ってください」と勧めている。

 だが、この参院選の序盤戦を見る限り、過去の大型国政選挙よりも小泉が応援演説に立つ回数は少ない。公示直後の3日間でマイクを握った回数を前回の参院選と比べると、2016年は14回(5選挙区)だったが、今回は10か所(同前)。土日のスケジュールを比較すれば、前回は6選挙区の11回だったのに対し、4選挙区の7回にとどまる。

 候補者たちが空中戦に力を入れる選挙サンデーの7月7日でさえも、激戦区の大分県に向かって羽田空港を出発したのは11時。今までにないスロースタートだった。

パイプ椅子を並べた客席には空席が目立った

 全国津々浦々で語られる小泉進次郎の言葉を聴き続けて5日間、前回までと違う空気を感じる。同じ地点で演説した過去の様子と比べても、集客力が1~2割ほど落ちているように見えるのだ。

 6日土曜日、横浜みなとみらい地区のどまんなか、桜木町駅前で行われた街頭演説が象徴的だった。週末の夕方5時過ぎという「ゴールデンタイム」なのに、小泉を見に来た人は300人もいない。大勢の通行人が小泉の姿を見ても足を止めることもなく、目の前を通り過ぎていった。

 このことだけで「小泉人気に陰りがある」と言うつもりはない。自民党の楽勝ムードや告知不足も関係している。4人区の神奈川県選挙区は公明党現職も立っている地域なので、創価学会関係者の大動員も望めない。神奈川は小泉の地元だから、目新しくもないのだろう。

 だが、翌7日日曜日の夜7時から佐賀市内の体育館で行われた演説会でも、閑古鳥が鳴いていた。立候補している自民現職は有利な戦いを演じているものの、約500脚のパイプ椅子を並べた客席には開始時間を過ぎても空席が目立った。客席と演壇の間には200人ほどが座れる大きなござも敷かれていたが、腰を下ろしている人は30人ほどしかいなかった。

 演壇に立った小泉は、体育館に吹き抜ける「すきま風」を感じ取った。

「私、さっきから気になっているのは、ござと客席の間にある『空間』なんですよ。だから、私が動きますから、みなさんと距離があるのはいやですから、私が間に入って、みなさんに近いところからやらせていただきます」

 冒頭にそう切り出し、ござに上がり込んだ。そして、候補者と一緒に客席最前列の前に立ったのだ。そうすることで閑散とした会場を、四方八方からチャレンジャーを見つめる「リング」のようなスタイルに変えた。小泉が「みなさん、日曜日でもう遅い時間だから早く帰りたいでしょ」と、マイクで突っ込みを入れるほど疲れを見せていた聴衆たちの目が、一瞬で変わるのがわかった。

「なんかギラギラ感がなくなっちゃった」

 小泉は30分間にも及ぶ長い演説の中、さっきまで会場に漂っていた不思議なムードの理由をこう説いた。

「今回の選挙は率直に言って盛り上がりに欠けていると思います。もしかしたら衆院選とダブルかな(と思われていた)。ダブルじゃなくなったら、世の中は参院選までなくなったような雰囲気になってしまった」

 だが、ある地方で複数の遊説先に毎回現れる追っかけファンはこうも漏らす。

「最近、友達に『これからシンジローを見に行く』と話しても、『あの人、何かやった?』と言われてしまう。なんかギラギラ感がなくなっちゃった。余裕のない感じと焦りが顔に出るところが魅力だったのに、なんて言うんだろう、芸能人みたいな作り笑顔が上手になって、普通になっちゃった」

 今回の遊説では年金問題に時間を割いている。

 1か所でマイクを持つのは、これまで通り約15分。話せるネタは2、3本がいいところだ。

「今日は投票を決めかねている人に、まず年金の話をしに来ました。『2000万円足りない』と言う前に今の年金はどのような制度か。これがほとんど知られていない」

 ここから「授業」が始まる。

「これ、知ってる人?」と聴衆に挙手をさせる

「今の年金は何歳でもらえるか、自分で決められる制度です。これ、知っている人?」

 だいたいの会場では、半分以下の聴衆が手を上げる。

「見て下さい。知っている方は、ほとんどいないでしょう」

 そして、次の質問。

「60歳から年金をもらうという選択をした場合、65歳からもらうよりも年金の額が(月額)30%カット。そして、70歳からもらう場合は42%アップ。これ、知っている人?」

 やはり半分以下である。

「これは、答えが決まっているんです。年金というのは10年に1回のサイクルで政治の課題となっているのに、制度を十分にみなさんに知らせていなかったことです。知らないことが不安の原因になるんです」

 聴衆に挙手をさせるのは、話に引き込むための高度な技術なのかもしれない。だが、どこか学校の授業を彷彿とさせる。お勉強が苦手な私には、聴衆を見下ろしながら語る小泉が一段高い教壇に立つ「センセイ」に見えた。

 小泉が来る演説会には、老若男女がバランスよく集まる。だが、そこで年金問題に話題を絞ってしまうと、会場の残り半分を占める若者や子育て世代は小泉の演説の中から「自分」を見つけることは難しい。どの会場でも、小泉の問いかけに「半数以下」しか手が上がらないのは当然だ。私のようなフリーランスや立場の低い非正規雇用者は、いくら改革が進もうが自分たちには恩恵がないと、端から諦めている。

「70歳までもらうの我慢しろと言われたって……」

 私は「ピンと来なくて申し訳ありません」とセンセイに謝る気持ちで聴いていたら、秋田県内の会場で隣に立っていた身なりの良い高齢女性2人が囁き合っていた。

「あらやだ。そのくらい、知ってるわよ。みんな手を上げないだけ」

「そうよね。もらえるお金のことなんだから」

 岩手県内の会場では、年金受給者だという女性が演説終了後、私に声をかけてきた。

「70歳までもらうの我慢しろと言われたって、そうはいきませんよね。だって、人間はいつ死ぬかわからないの。増えた分を取り返せる時まで生きられるかどうかもわからないじゃない」

 小泉は「マスコミが報じない大事なことがあります」とした上で、受け取り年齢の話を切り出すが、それは大衆的な雑誌でも散々取り上げられてきたテーマでもある。

 実は、2019年に入ってから、老後の生活防衛や遺産相続にまつわる本が爆発的に売れているのだ。

「週刊現代」では数か月にわたって大特集を掲載したところ、完売する号が続出した。それらをまとめた別冊を発売すると、瞬く間に20万部が売り場から消えた。「2000万円問題」が起こるずっと前から、年金制度を熱心に学習している市井の年金受給者世代は決して少なくない。

 高齢者のサイレントマジョリティーは、「みなさん、知らないでしょ」と言われる以前にゼニカネの話には敏感で、難しい制度のことも意外にわかっている。聴衆の反応を見ていると、私はそう感じた。だからこそ、小泉が自ら手掛けた改革案を持ち出せば、細かい数字が聞こえてきても拍手をする人が出てくる。

参議院で多数派を握って法律を通さなければ……

「1つ目のポイントは、70歳以上でも『年金、まだ待てるよ』という人がいた場合、それを実現できるように選択の幅を上に延ばしていく。私は先ほど『70歳で42%増える』と言いました。これは1年繰り越すごとに年金の額は8%(正確には「8.4%」)上がるという仕組みです。だから、70歳まで待って42%上がるということは、71歳まで1歳待つと65歳からもらうよりも年金額はなんと1.5倍になるんです。そういう形で、長く働いている方にも選択肢を増やしていくのが、1つ目。

 そして2つ目の改革のポイントは、働きながらある程度の稼ぎがあって年金をもらうと年金額が下がる。それをだんだんやめていきます。働いて稼ぎがあったら年金はカットする制度を続けていくのは、人生100年時代、長く働く時代に働くことを阻害する。そんな制度は誰も幸せにならないという考えの下で、やめていきます。

 そして3つ目、会社で働いている人は厚生年金。農家、漁師、林業家の方、個人事業主の方は国民年金。働いている方の中には『国民年金だけ』という方がいるんです。そういう方のことを考えたら、ひとりでも多くの方が厚生年金に入っていけるようにすることで、将来の無年金、低年金を防いでいく。これが3つ目。

 この3つを実現するには、衆議院だけではできない。参議院で多数派を握って法律を通さなければ、今の言ったことは実現できません。この選挙区での勝利が、全国的に自民と公明が多数派を握れるか、実現するかに直結するんです」

 うなずく人が多いのは、2つ目の改革だ。いわゆる在職老齢年金制度の問題である。月給と年金の合計が一定金額(60~64歳は28万円、65歳以上は47万円)を超えたら、超過分の半額相当の厚生年金が減らされてしまう。小泉が中心となって若手議員でつくる改革チームは3年に及ぶ議論の末にその見直し案を提示した。すると、6月に発表された安倍政権の経済財政運営の基本方針(骨太の方針)に採用されたそうだ。

「政治家が不安をゼロにすることはできません」

 小泉はその実績をアピールした上で、必ずこのネタを出す。

「ちなみに私や国会議員は国民年金しかありません。議員年金はありません。私のオヤジが総理だった頃に廃止されたから」

 その瞬間、どの会場でもどっと笑いが起こる。そしてこう締めくくる。

「私はもう、『百年安心』とは言いません。100年後のことはわかりません。そして不安がゼロになるとも言いません。なぜなら、政治家が不安をゼロにすることはできません。でも不安を少なくすることだったらできる」

 不都合な事実を詳らかにする正直な態度にも聞こえる。

 だが、かつて小泉は「22世紀へ。人口減少を強みに変える、新たな社会モデルを目指して」と銘打って社会保障改革の青写真を示したこともある。当時はよく、「政治家が22世紀を語ったのは初めて」と胸を張っていたが、こんどは「100年後のことがわかりません」と言い出してしまう。

 どうしたものか――。

写真=常井健一

聴衆に歩み寄る小泉進次郎スピーチの真骨頂は「土と緑」にあった へ続く

(常井 健一)

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