大企業のブックスマート(学校秀才)が優れた社長にならない理由

文春オンライン / 2019年7月13日 5時30分

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©平松市聖

「大企業のなかで、経営者を目指す理由はあるのでしょうか?」――ベストセラー『 天才を殺す凡人 』著者の北野唯我氏からの疑問に対して、『 社長の条件 』(経団連・中西宏明会長との共著)で社長2.0像を提示した冨山和彦氏の答えとは。

◆◆◆

ジャパン・アズ・ナンバーワンの時代、天才タイプは求められなかった

冨山 『 社長の条件 』でも強調していることですが、今はっきりしているのは、従来の延長線上で行なっている事業を守ったり、延長させたり、というのは社長本来の使命ではない、ということです。

 これからは、どんな事業をやっていてもほぼ例外なく、不連続で異質な競合企業が現れます。GAFAなどがまさにそうですね。この不連続で異質なるものに、どう対峙し競争していくか。それが今後の社長の仕事になりますから、そういう能力がないのであれば、社長をやるのは厳しいですね。

北野 冨山さんから見て、いつくらいから状況が変わっていった印象ですか。

冨山 30年くらい前でしょうね。ちょうど僕がスタンフォード大留学から帰ってきた頃。「ジャパン・アズ・ナンバーワン」の時代で、日米貿易摩擦が激化していた。

 ただし、日本が勝ってきたモデルというのは、基本的にオペレーショナル・エクセレンスの領域なんです。自動車にしても、ヘンリー・フォードが作って、GMが洗練させたモデルを、日本の自動車会社がさらに改善・改良した。

 しかも当時は賃金が安かったので、「安かろう、良かろう」ができた。安くていいものを大量に輸出するモデルでもって、アメリカの既存産業を置き換えていったわけです。

 結局は、改良型イノベーションなんですよ。それで世界一になり、時価総額で世界10位のうち、7社が日本の会社、なんてことになったんです。というのも、同質的で連続的な組織集団が連続で改善・改良するというのが、有効な時代だったからです。

北野 僕は『 天才を殺す凡人 』のなかで、組織が必要とする能力を大きく3つに分けて定義しましたが(天才=創造性、秀才=再現性、凡人=共感性)、そのなかの再現性にあたりますね。

大企業の内部から、優れた社長を輩出できない理由

冨山 そう。再現性の勝負だから、天才なんかいないほうがよかった。日本の転機は、歴史的な不連続な事件が2つ立て続けに起きたことに起因します。ひとつは、ベルリンの壁崩壊と天安門事件。この結果、東欧圏と中国圏という、巨大な人口と人的資源を持っている経済圏が入ってきた。

 もうひとつは、デジタルトランスフォーメーションです。インターネット革命が起きて以降、幅広い世界で不連続な変化が起き、破壊的イノベーションの時代に入った。

 こうして新興国から破壊的な競争相手が出てきたり、産業的イノベーターも出てくるようになって、改良・改善を旨とした同質的で連続的な日本のモデルは、行き詰まってしまったんです。

北野 日本の社長のレベルは、上がったのか、下がったのか、どうなんでしょうか。

冨山 その議論は難しくて、結局わかりやすくいえば、種目が変わったんですよ。野球をやっていたのが、サッカーに変わったようなものなんです。野球がいくらうまくても、サッカーでは通用しない。なのに、野球モデルの社長で30年間引っ張ろうとしたことが、敗因なんです。

北野 わかりやすいですね。僕が最近思うのは「大企業の中で、経営者を目指す理由がない問題」というものです。もともと僕は高校時代に社会起業家として活動していたのですが、そこで得た「人間へのリアルな嗅覚」が経営をする上で一番役に立っている。大人に騙されそうになったり、手のひらを返されまくったり、人間ってこんなもんだな、ということがわかる経験をしていました。

 それで就職で大手広告代理店に入って、経営企画に配属されたんですが、経営戦略会議みたいな場に出てびっくりしたんです。その年、初めて会社が赤字になったんですが、危機感を訴えていた役員は一人だけで、あとは平然としていたんです。

 こんなことでいいのか、と思いましたが、冷静に考えてみるとそれもそうだな、と思いました。なぜなら、彼らは起業家ではないし、順当に出世してきた人たち。それぞれみんな、自分のシマがあって、そこは安泰なんです。しかも、もう役員ですから、いわば上がりポスト。新しいリスクなんてテイクする必要がない。あ、こんなもんなんだなぁ、とこのとき思ったんです。

 だから今も思うのは、そもそも若い人は経営者を社内から目指すインセンティブが少ないんじゃないかと。めちゃくちゃ大変だし、給料もたくさんもらえるわけじゃない。

人間観察という意味では、大企業は格好な場所ではある

冨山 大企業に入るということと、社長を目指すということは、矛盾した話かもしれませんね。

北野 やっぱりそうなんですね。社長が足りないと言われつつも、僕がもし本当に大きな会社の社長とかやるなら、絶対、ベンチャーか、投資ファンドなどを経て、外から行くだろうなと思うわけです。社内からは行かない。

冨山 もちろん、社内にしばらくいてもいいんですよ。北野さんがしてきた経験は大事。ベンチャーと大企業は本質的に違うというけど、僕に言わせるとまったく本質は同じで、人間というのはつまり、インセンティブと性格の奴隷なんです。

 それがシチュエーションによって違っているだけで、大企業なら大企業のインセンティブと性格で正直に生きようとするし、ベンチャーも同様。現象は違って見えるけど、メカニズムは同じ。

 大組織の現場の人は、実際どういう本音で、どういうインセンティブなり、どういう動機づけで仕事をするのか、しないのか、何もしないのか。大事なことは、そういうことをちゃんと目撃することです。

 大企業の経営をもし将来するなら、そういう通過体験をしておくことは意味がある。その意味で、観察する時間として大組織にいてもいいと思います。

 ただ、これは必修科目のひとつに過ぎなくて、それだけではやっぱり卒業、修了できない。一番本質的なのは、組織集団を率いる経験をすることです。自分が実際に権力を持って、行使してみて、それが有効にできるか。こういうときは、どうすればいいのか。

 誰かを連れてきたほうがいいのか、経済的インセンティブを与えたほうがいいのか、あるいは何か高らかにナイスなビジョンを語ったほうがいいのか、それはやってみないとわからない。その経験がモノをいう。

 だから、ベンチャーを経営するのもいいし、中小企業でやってみてもいい。グローバル大企業なら、海外で外国人を使わないといけないからそれもいい。外国人に使われる経験をしてもいい。そういう経験を経て、まずはCOOやらCFOみたいなナンバー2になってからトップになるというのが、一番成功する可能性が高いんじゃないかな。

北野 それは何歳くらいまでにしておけばいいですか。

ブックスマート(学校秀才)か、ストリートスマート(叩き上げの達人)か

冨山 ちゃんといいパスを描ければ、40代までには、大抵の会社の社長はできるはず。

北野 大企業でも、経営人材を育てる、ということをよく言っていますよね。ただ、ビジネスモデル上、経営人材が育ちにくい事業もありますよね。たとえば、広告代理店はPL型のビジネスです。売上と売上総利益ぐらいしか見る必要がない。だけど、経営は、BSやキャシュフローも見る必要がある。だから、会社で出世しても、本当に経営者になれたのかというと、きっとなれないという感覚がものすごくありました。

 28歳くらいからスタートアップに来て役員をやっていますけど、今の方が何十倍も学びが多いと感じています。

冨山 日本の会社では、オペレーショナル・エクセレンスを実現できることが出世の条件だったから、みなそれに適応してきました。いわばサッカーの監督が必要なのに、野球で結果を出せ、みたいなことをやっているわけ。その意味で、今、会社で出世している人が果たしてどんな人なのか、シビアに見極めたほうがいいでしょうね。

北野 ビジネスの世界においては、ブックスマート(学校秀才)がよいのか、それともストリートスマート(叩き上げの達人)がよいのか、という議論があります。いまのお話の流れからすると、ストリートスマートならではの、生きていくための力みたいな経験が、大事なのでしょうか。カネボウ、ダイエー、JALなど多くの再生案件を手がけられてきた冨山さんも、相当な修羅場を経験なさってきたかと思うのですが。

冨山 ブックスマートは、ストリートスマートの戦いを避けるんです。でも、厳しい経験は若い頃にやっておいたほうがいい。それなりの地位を得ると、失うものが出てきてしまいますから。辛酸にも耐えられなくなる。中年になってからでは遅い。

 結局、両方大事なんです。どっちが欠けても難しい。だから、若いうちにストリートスマートな経験をしておくことは、とても大事だと思いますよ。

 構成=上阪徹/写真=平松市聖

 

なぜ日本の会社では“天才タイプ”が殺されてしまうのか? へ続く

(冨山 和彦,北野 唯我)

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