高島忠夫、病と闘い88歳で死去 妻・寿美花代が「自宅老老介護」を選んだ理由

文春オンライン / 2019年7月14日 11時0分

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左から政宏、寿美、忠夫、政伸(06年に番組で共演)

「来る日が来たかなぁ。あの家の思い出は一杯あるよ。奥さんが家庭に尽くしてくれて、2人の息子も立派に育った。兄貴にとって幸せな人生やったと思います」

 澄み切った表情で語るのは、6月26日、老衰のため亡くなった俳優・高島忠夫(享年88)の実弟、弘之氏。最期を看取ったのは、妻の寿美花代(87)だった。

◆ ◆ ◆

 高島家の知人が明かす。

「忠夫さんは2年ほど前から寝たきり状態でした。寿美さんも最近は体調が優れない日が多く、ヘルパーさんが毎週3人交代で世話をしていた。2人の息子も撮影の合間を縫ってお見舞いに行く日々でした。忠夫さんは昨年10月頃にも何度か救急車で搬送され、寿美さんも覚悟していたようです」

 次男の政宏(53)も昨年11月、「週刊文春」に両親の様子をこう語っていた。

「高齢なので、家でゆっくりしているというのが正直なところ。1カ月くらい前に父の足のむくみが酷く、病院に行ったらすっかりむくみも取れ、今はそうめんを食べていますよ(笑)」

 ミュージカル俳優として活躍していた忠夫が、宝塚のトップスターだった寿美と結婚したのは63年のこと。生後5カ月の長男が家政婦に殺害される不幸な事件を経て、誕生したのが政宏・政伸兄弟だ。忠夫と寿美は揃って、70年から96年まで料理番組『ごちそうさま』の司会を務めるなど“おしどり夫婦”としてお茶の間に親しまれた。

68歳でうつ病に、レギュラー番組全て降板

 ところが――。

「忠夫は98年、68歳でうつ病と診断され、レギュラー番組を全て降板しました。高島一家はバブル絶頂期だった87年から89年にかけて都内一等地に9部屋と福岡市内に一部屋のマンションを購入していますが、00年と01年に全て売却しています。その後の生活費や治療費を捻出したのでしょう」(芸能関係者)

 以降、20年以上続く闘病生活を支えたのが、妻の寿美だった。うつ病の介護をしていた時の様子を、冒頭の弘之氏が明かす。

「僕らの母親も70代でうつになったんです。兄貴がうつ病になった2年後、その母が92歳で亡くなった。兄貴に母の死を知らせれば、うつが進行する恐れがある。だから、寿美さんは病状が回復した01年頃まで隠し通したんだよ」

介護うつになりながらも、自宅での“老老介護”を貫いた理由

 忠夫は03年頃に一時芸能界に復帰するが、今度はパーキンソン病が進行。再び表舞台から姿を消すことになる。10年には不整脈を患い、心臓にペースメーカーを入れる手術も行った。

「住んでいる家が一番なんでねぇ。出来る限り、病院には入れたくない」

 13年6月放映の『カスペ! ~独占密着!真実の高島ファミリー~』(フジテレビ系)で、寿美は自宅での“老老介護”を選んだ理由をそう語っている。

「30代の頃に糖尿病も患った忠夫ですが、番組では、寿美が毎日インスリン注射を打つ様子が紹介されていました。昼は好きなものを食べさせる一方、朝夕は総カロリー量から逆算し、メニューを考えていたといいます。時には1日25錠もの薬を服用させることもあった、と。毎晩のマッサージも欠かさないなど、本当に献身的に介護していました」(芸能記者)

 寿美は当時、81歳。心身への負担も大きかったはず。番組でも、介護うつになったと明かしていた。

 それでも忠夫を病院には入れなかった寿美。2人にとって、世田谷区の閑静な住宅街に構える自宅は、家族の歴史が詰まった“大切な場所”だったからだ。

20回近く重ねた自宅の増改築

 結婚3年前の60年、約410平米の土地を購入した忠夫。そこに建つ“母屋”とは別に、82年には隣接する約315平米の土地も購入し、“離れ”を増築。この年、高額納税者番付でもタレント部門の7位(納税額は約1億円)に入るなど、芸能界での地位を不動のものにしていた。

 忠夫は以降も自宅の増改築を重ねているのだが、その理由を週刊文春「『家』の履歴書」(97年11月6日号)でこう明かしている。

〈最初の家から20回近く増改築してます。でもいかにも建て増ししたって感じにするんです、わざと。何故かと言うと、自分で見て「ああ、ここは『細うで繁盛記』で建てた。ここからは『ごちそうさま』(略)」とわかるように。こうやって頑張って家族食わしてきたんやなぁとわかるようにね。(略)それと、元の家をあえて残してあるのは……、最初の子を亡くして……。そういう場合は家の屋根に止まると言われてるから、それを鉄筋のツルンとした屋上にしたら、(長男が)跨ぐ屋根がないじゃないかと。(略)移るとしたら、家内が先に死んで子供たちが家出た時です〉

亡くなる41日前、土地の一部を政宏に生前贈与していた

 この家を“移る”日が来ることはなかったが、亡くなる41日前の5月16日、忠夫はある行動を取っていた。自身が所有する土地の持分の10万分の450を政宏に生前贈与していたのだ。“離れ”の土地も同じ日、ごく一部を生前贈与している。

「この辺りは坪単価180万円を下らない。高島家は土地だけで約4億円の価値がある。生前贈与から3年以内に贈与した方が亡くなった場合は贈与税の控除が適用されません。ただ、分割することで土地の評価額が下がるケースは多い。節税対策で、徐々に分割相続していくつもりだったのかもしれません」(税理士)

 成人してからも長らく実家暮らしだった政宏は93年、主演した映画『ゴジラvsメカゴジラ』で親子共演。劇中、忠夫演じる精神開発センター所長が、政宏演じるゴジラ部隊の隊員に「頼りなさそうだなぁ」とボヤくシーンがあった。

「この『頼りないなぁ』は高島さんのアドリブで、ユーモアセンスと明るさが一言に詰まっていました。親じゃないと言えない台詞ですね」(同作品プロデューサーの富山省吾氏)

 その政宏は現在、都心のマンションに、妻で女優のシルビア・グラブと2人暮らし。推定1億円超のこのマンションもまた、2人が結婚した翌年の06年に忠夫が購入した財産の一つだ。

 マンションから出てきた政宏氏に声をかけた。

――自宅をお継ぎに?

「そうですね。もう昔から、家は兄貴って言われていて」

――生前贈与で少し譲り受けた形ですか?

「そこまでの気持ちにはなっていませんが(笑)」

 一方、三男の政伸(52)は12年、忠夫に代わり、高島プロダクションの代表取締役に就任している。15年には14歳年下の一般女性と再婚。17年8月に初孫が誕生すると、忠夫は大きな声で「嬉しいよ」と喜びを見せていた。

思い出の詰まった家で過ごした忠夫の晩年

 それから2年弱――。

 忠夫は亡くなる直前まで、鬱蒼と茂る木々に囲まれた庭を望みながら、大好きなジャズなどを聴いていたという。

 前出の弘之氏が振り返る。

「あの家には兄貴が800万円で買ったハモンドオルガンやピアノがあって、高倉健さんや美空ひばりさんが遊びに来たこともあった。庭にトランポリンを置いて、政宏やうちの娘(ヴァイオリニストの高嶋ちさ子)たちがピョンピョン跳んでたね。あの悪ガキたちは俳優にはなれないと言われていたけど、ちゃんと育ったから。寿美さんが偉いよ」

 愛する家族と過ごした家で天国へと旅立った。

(「週刊文春」編集部/週刊文春 2019年7月11日号)

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