「個性ってなに?」最小限の線と色で問いかける”人間たる条件”とは

文春オンライン / 2019年7月13日 11時0分

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 ほんのすこしの線と色面だけを用いて、人物や風景が描き出されている。その様子が、なんとも瑞々しくて個性豊かに目に映る。

 現代英国のアートシーンで大人気のアーティストといえばこの人、ジュリアン・オピーである。東京オペラシティアートギャラリーで、大規模個展「ジュリアン・オピー」が始まった。

「らしさ」はどこにあるのか?

 ジュリアン・オピーは1980年代から、現代アート界で作品を世に問うてきた。最初に広く知られるようになったのは、黒々とした線で輪郭を描き、目鼻を単なるドットで表現したごくシンプルな肖像画のシリーズ。漫画やアニメだって、なかなかそこまでデフォルメしないんじゃないか? そう言いたくなるほど究極まで単純化が為されているのに、人の顔であると容易に認識できるのはもちろんのこと、モデルとなった人物の人柄までありありと感じられるのが不思議でしかたない。

 近年の作は顔のアップではなく、全身を横向きで捉えることが多くなった。人体を最小限の要素で描くのは変わらず、いやむしろ線はよりシンプルになって、顔は単に丸い輪郭のみとなってきた。それでも髪型、体格、身のこなしなどから、その人らしさはたっぷり醸し出されている。

 オピーはここで、彼が彼である理由や、何をもってして人は彼女は彼女であると認識しているのかを探っているかのよう。線と色を最小限に絞ることで、「らしさ」の源泉とか、私が私でいられる条件は何かを浮き彫りにしているのだ。

 ふだん私たちは、人間とは深遠なものであると信じたい一心から、オリジナルな思考や親から受け継いだ身体的特徴、人生を経る中で培った顔つき・表情に、一人ひとりの尊くてかけがえのない個性が宿るものと思い込んでいる。

 でも、案外そうじゃない。人がそれぞれ異なるのはたしかだけれど、違いなんてじつはごくわずかだ。歩くときの姿勢とか顔の輪郭、せいぜいそういったささやかな「しるし」によって、人は人を認識しているに過ぎないんじゃないか。

「らしさ」なんてそんなものさ、「差」なんてとるに足らないことだ。ジュリアン・オピーのそんなメッセージが、会場にいるとわかりやすく伝わってくる。

日本文化との高い親和性

 とるに足らないものやその差異に目を向けて、最小限の要素で表現をするのがジュリアン・オピー流。これが私たちの胸によく響くのは、そうした手法が日本の美の歴史と親和性が高いからでもある。古来日本では、17文字で情景を表す俳句や、31文字で人の感情や「もののあはれ」を体現させる短歌、たった3畳の部屋に小宇宙を形成する茶の湯、壮大な眺めを他のものに見立てながら凝縮する日本庭園と、小さくまとめるのが得意で大好きだった。そのことを、オピー作品が改めて教えてくれるのだ。

 抽象表現になるギリギリ手前で踏みとどまって、人が人である要件を教えてくれる絵画や立体作品が、会場には所狭しと並んでいる。親しみやすさとおかしみに満ちたオピーの独自な世界を、ぜひ体感されたい。

(山内 宏泰)

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