人生を変える片付けの“きっかけ”は「川島なお美さんの早すぎる死」だった

文春オンライン / 2019年8月6日 20時0分

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人生を変える片付け“前”の自宅 ©文藝春秋

 経済アナリストの枠から飛び出し、文化人タレントとして活躍中の勝間和代さん。忙しさのあまり汚部屋状態だった自宅を片付けたら人生が大激変! その体験から生まれた『 2週間で人生を取り戻す! 勝間式 汚部屋脱出プログラム 』の文庫化にあたり片付けの“きっかけ”を明かしてもらった。

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 人生を変える片付けを実行してから4年近くが経ちました。片付け前の、荒れていた自分の家や自分の人生は、もう遠い昔に感じます。それでも、2007年に会社を辞めて独立し、2009年に出版された『断る力』(文春新書)でブレイクしてから2012年頃までの間、忙しさのあまり自分の人生を見失っていったことを思い出すことがあります。

 部屋は心の鏡とも表現しますが、まさしく心の状態や、気持ちに余裕があるかどうかがそのまま、自宅の部屋の床やクローゼットの中や冷蔵庫に反映されます。

 お陰様で、“汚部屋”だった私の家はその後、一度もリバウンドしていません。いらなくなったものを新たに断捨離したり、逆に新しく必要になったものや惹かれたものを増やしたりして、どんどんと快適になっています。

 家に友人が遊びに来る頻度も月に数回まで増えました。広々と使えるようになったキッチンで私が料理を作り、それを広いダイニングテーブルで一緒に食べる。収納の稼働スペースが大きくなったので、自動麻雀卓や卓球台などもすぐに出せる状態でスタンバイしてあり、いつでも気楽に集まって遊ぶことができるからです。

仕事や時間の使い方も“片付け” を

 物の片付けが概ね終了した後、この考え方を時間管理やサービスにも応用すればいいんだということがわかり、仕事もなるべく絞り込むようになりました。自分にとって快適でない時間や仕事はどんどんと減らしています。

 特に大きかったのは悩んだ末に、2019年の2月を最後に原則としてテレビ出演をやめたことです。

 私自身が普段全くテレビを見ませんし、テレビに出ているということを楽しんでいないことは自覚していました。それでもなかなかやめる決断ができなかったのは、テレビに出ることで出演料がもらえる他、講演料が跳ね上がり、広告の仕事が来るなど、仕事上で明確な報酬面での見返りがあったからです。そして、なんといっても、会う人、会う人にテレビに出ているというだけで、なぜか日本ではちやほやされます。それは正直気分がいいものです。

 しかし、私にとってはテレビ出演の準備から出ている間を通して、楽しんでいないどころか、ストレスの連続でした。こんなにストレスを感じながら仕事をするのはどうもおかしい。 

「自分の必要とするものだけに囲まれるシンプルな暮らし」というものがどれほど快適かということを知ったからには、時間の使い方や仕事などの内容についても同じようにすべきだと考えたのです。

 この文庫本が刊行される少し前から、近藤麻理恵さんの、お片付けに関するドキュメンタリー番組がNetflixで配信され、世界中で大ブレイクしています。そのドキュメンタリーの中でも様々な家族が片付けを通じて自分の価値観や人生を取り戻す姿が描かれています。登場する家族の姿は、まるで数年前の自分を見るようです。非常に面白くて、私も全部見てしまいました。

 片付けた後、例えば私の場合は、これまでよりも自宅で調理をするようになったので、普段自分が作っている料理をブログやインスタで紹介したり、本にまとめたり、年に何回かは料理教室まで開くようになりました。

 片付けによって、食事を作ることがとても快適になりました。今では栄養バランスの取れた、野菜や食物繊維、たんぱく質が十分な食事を毎食、自分で作っています。食べることを大事にすることで体力や仕事の質、人間関係や生活の質まですべて変わるということも実感しました。私の人生を大きく変えたすべての出発点は、家を片付けたことです。

 家の片付けをするまでは自分にとって何が重要で、何が重要でないかということについて、きちんと考えることを先送りにしていたのだと痛感します。片付けというのは、まさしく自分の人生の優先順位をつけるための作業なのです。

片付けのきっかけは、なお美さんとの別れ

 単行本の執筆時には、時期がすぐすぎて書けなかったのですが、2015年の秋に家を片付けなければと私が強く志した背景には、親しい友人だった川島なお美さんの早すぎる死があります。

 なお美さんとは、夫の鎧塚俊彦さんとともにご夫婦でお付き合いをさせていただいていました。エンジン01のボランティア活動や、ゴルフでよくご一緒し、楽しい時間を過ごしました。なお美さんが、私が使っていたパターを気に入って、そのまま差し上げたこともあります。

 2015年9月になお美さんからメールが入りました。

「来月、とし(鎧塚さん)の誕生日パーティーをサプライズでやるから来てね」

 という内容でした。

 私は呑気に、

「もちろん行きます。仕事でちょっと遅れますけど、大丈夫ですか?」

 などと普段どおりの会話をしていました。まさかそのメールが生前のなお美さんとの最後の会話になるとは想像もしていませんでした。 

 その数週間後に突然の悲報が入ったのです。

片付けのきっかけになった鎧塚さんの言葉

 元々がんの手術の前後でも、ゴルフに一緒にでかけていて、

「もうみんな大丈夫なのに騒ぎすぎなのよ」

 と明るくおっしゃっていたので、私もそれを鵜呑みにしていました。

 なお美さんのお葬式を含め、その後短期間に何度も鎧塚さんにお会いする機会があったのですが、その時におっしゃっていたのが、

「自宅になお美のものが残りすぎて辛い。処分するのもとても大変だ」

 ということです。その時に私は、ほぼ同世代のなお美さんの死を通じて、死を初めて現実のものとして受け止め、

「確かに自分がいつ死ぬかもわからない。また、死後に自分のものがあまりにもたくさんありすぎると、遺族がその処分も大変になってしまう」

 ということを初めて自分事として感じ、片付けの重要性に気づいたのです。果たして今の自宅のまま自分が死ねるかというと、とてもこの状態で人を自分の家に入れることはできない、そうであれば、とにかく片付けなければ、と強く思うようになりました。

 そこに加えて、本書で書いたようなアップルウォッチによる動機付けや、お付き合いしかけた人との話などがあり、様々な複合要因に促され、とうとう重い腰を上げることができました。

 生前のなお美さんを自宅にお招き出来なかったのは心残りですが、きっと、あの明るい笑顔で、

「もう、そうだったの。私がきっかけだったの。それはよかったわねーーー」

 と言ってくれそうな気がします。

カミングアウトも“汚部屋脱出“の延長だった――勝間和代が語る「自分の人生を取り戻す」方法 へ続く

(勝間 和代)

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